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リスティアーナ女王国編
14 悪役主従と冒険者・中
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(まさか……僕に隠された剣の才能が!?)
僕は思わず両手を口に当てた。そして、すぐにキッと気を引きしめた。
しっかりと剣を向き合っていますよというアピールをするため、シャツの袖をめくり髪をいつもより上のほうで括り直すと、僕はもう一度剣を構えた。じっと見つめられている視線を感じ、若干のやりにくさを感じながらも僕は大きく剣を振り下ろした。
シュッシュッと音を立てて剣を振り下ろしているというのに、男は相変わらず間伸びした声で訊いた。
「なあ、名前はー?」
「今は集中してるんだ。話しかけないでくれ」
そして、僕の華麗なる剣さばきにかつ目せよ。という意気込みで僕はブンブンと剣を振り回した。
僕はずっと次期王妃として育てられてきたため、他の貴族の子息たちのように剣の手ほどきを受けてきたわけではない。
むしろ、アームストロング団長のようになりたいと語ったあとから、教師たちには筋力が過剰につくことは避けるようにと言われてしまったくらいだ。
もし、この剣の達人(かもしれない)男がなにか僕に光るものがあると思っているのであれば、今こそ自分の剣に立ち向かうときである。
だが、真剣に素振りをしている僕の近くで、二人は水を飲んで休憩しているらしく、ひそひそと話す声が聞こえる。
「ふふ、ライナスが無下にされてるの珍しいね」
「お前なんで嬉しそうなんだよ。そう言われると……ちょっと燃えるけど」
「えッ」
なんの話をしているのかはよくわからないが、さすがに近くで会話されると気が散る。きょろきょろと辺りを見回し、少し離れようと思っていると、後ろからパシッと手を取られた。
驚いて振り返ると、ライナスと呼ばれていた男が丸太に座ったまま、僕のことを見上げながら言った。
「ねえ、名前……教えてよ。剣のこと教えてあげるから」
僕が突然手を取られてあわあわしていると「ね? 交換」と首をかしげながらライナスと呼ばれた男が言った。まるで女性と会話しているときのテオのように、甘い表情を浮かべている彼を見て、きらめく聡明な頭脳を持つ僕は気がついた。
(ついに――きた! これは、やはり僕の隠された剣の才能を見込んで、弟子入りの誘いをかけてきている!)
やはり――王妃教育で抑圧されていただけで、僕にはきっとすごい剣の才能があるに違いない。
しかし、焦ってはいけない。僕はまだ才能があると思われているだけで、剣の腕があると認められたわけではない。剣の達人に弟子入りできるかどうかという、非常に不安定な状況にある。
(弟子入り……したい!)
僕は明るい未来に思いを馳せた。
ケイトがいない間に僕の剣の腕前がぐーんと成長していたら、ケイトだって「エマ様、オレのことを守って」と僕に、よよよとしなだれかかってくるかもしれない。そして僕の強さに畏れをなして、「エマ様、かっこいいです」と頬を染めて、僕の腕の中に飛び込んでくるかもしれない。
――だが、僕はもう酸いも甘いも経験し尽くした、成熟した十九歳である。
知らない人間と僕が接触するのをケイトが心配していることも、怒ると魔王のような顔になるケイトの様子も、きちんと把握している。えらい。そして、こういうときのために、僕には危険察知要員までも配置されている!
僕はバッと勢いよく振り返り、妖精王に目をやった。
妖精王は「どっちだ……どっちが世界平和につながる……」とわけのわからないことをブツブツとつぶやきながら、死んだ魚のような目をしていた。
――ん?
妖精王は一体どうしてしまったのか、ゼルコルデ・ハクレール三世♀の影でいまだに膝を抱えて丸まっている様子を見て、僕は首をかしげた。だが、僕が呆然と、危険察知のフラグが上がるのを待っている間に、手の甲をすりっと硬い指に撫でられた。
「ね、だめ?」
その距離の近さに、体に直接触れらる経験の少ない僕は、ピクッと小さく震えてしまった。
平民の距離感が近いのは知っていたが、いくら僕の剣の才能を見込んでいるにしても、こんなにも簡単に人肌に触れるのかと驚く。
妖精王の様子がおかしいのは気になったが、弟子になろうとしているのだから名前くらいは教えなくてはならないだろう。
「エマにゅ……あ、エマ。エマだ」
「エマ? かわいい名前だね。俺はライナスね、こっちが幼なじみのアントン」
冴わたる叡智によって機転を効かせた僕は、偽名……そう、偽名! を使うことを思いついた。剣の達人……いや、もはや師匠とお呼びしてもいいかもしれない。師匠には悪いが、なんせ素性がバレてはまずい身なのだ。慌てて考えたせいでただの愛称になってしまったことには、目をつぶってほしい。
にかっと少年ぽくライナスが笑うのを見て、随分と人懐こい男なんだなと思う。
だが、名前を教えたのだから、ぜひとも剣を教えてもらいたい。だってそう言ってた。
一瞬、ケイトにがめついと言われたことが頭をよぎったが、交換条件は交換条件である。その言われようは非常に不本意ではあるが、今こそそのがめつさを発揮すべきときである。
僕が、弟子入りさせてください、と口をひらこうとしたそのときだった。
ライナスが「よっ」と言いながら丸太から立ち上がり、置いてあった大剣を構えた。
そして、両足を前後にひらき、大きく大剣を上げたかと思うと――。
大剣を振り下ろす、ブオンという大きな音と共に、風が巻き起こり、森中の木々がぶわあっとさざめいた。
僕の長い髪がびゅっと勢いよく後ろへ流される。
「…………ッッ」
僕は息を呑んだ。
きっと達人に違いないとは思っていたが、剣の素振りだけで森を揺るがすとは、一体この男はどれだけ強いんだろうか。
ケイトも不思議な型の剣筋でうちの騎士たちを倒し、僕の従者として爺に推薦されたわけだが、基本的にケイトは魔法を使って戦う。騎士たちを見かけたことはもちろん何度もあったが、そのどんな騎士たちよりも目の前にいる男のほうが強いことは明らかだった。
なぜか嫌そうな顔をしている妖精王とアントンを不思議に思いながらも、僕は目を丸くしたまま、ライナスのことを見た。
陽の光を前にしたライナスが、僕に背を向けたまま「素振りっていうのはさー」と間伸びした声で言うのが聞こえた。
そして、僕のことを振り返りながら、にこっと笑って言った。
「こうやってやるんだよ、エマ」
僕は思わず両手を口に当てた。そして、すぐにキッと気を引きしめた。
しっかりと剣を向き合っていますよというアピールをするため、シャツの袖をめくり髪をいつもより上のほうで括り直すと、僕はもう一度剣を構えた。じっと見つめられている視線を感じ、若干のやりにくさを感じながらも僕は大きく剣を振り下ろした。
シュッシュッと音を立てて剣を振り下ろしているというのに、男は相変わらず間伸びした声で訊いた。
「なあ、名前はー?」
「今は集中してるんだ。話しかけないでくれ」
そして、僕の華麗なる剣さばきにかつ目せよ。という意気込みで僕はブンブンと剣を振り回した。
僕はずっと次期王妃として育てられてきたため、他の貴族の子息たちのように剣の手ほどきを受けてきたわけではない。
むしろ、アームストロング団長のようになりたいと語ったあとから、教師たちには筋力が過剰につくことは避けるようにと言われてしまったくらいだ。
もし、この剣の達人(かもしれない)男がなにか僕に光るものがあると思っているのであれば、今こそ自分の剣に立ち向かうときである。
だが、真剣に素振りをしている僕の近くで、二人は水を飲んで休憩しているらしく、ひそひそと話す声が聞こえる。
「ふふ、ライナスが無下にされてるの珍しいね」
「お前なんで嬉しそうなんだよ。そう言われると……ちょっと燃えるけど」
「えッ」
なんの話をしているのかはよくわからないが、さすがに近くで会話されると気が散る。きょろきょろと辺りを見回し、少し離れようと思っていると、後ろからパシッと手を取られた。
驚いて振り返ると、ライナスと呼ばれていた男が丸太に座ったまま、僕のことを見上げながら言った。
「ねえ、名前……教えてよ。剣のこと教えてあげるから」
僕が突然手を取られてあわあわしていると「ね? 交換」と首をかしげながらライナスと呼ばれた男が言った。まるで女性と会話しているときのテオのように、甘い表情を浮かべている彼を見て、きらめく聡明な頭脳を持つ僕は気がついた。
(ついに――きた! これは、やはり僕の隠された剣の才能を見込んで、弟子入りの誘いをかけてきている!)
やはり――王妃教育で抑圧されていただけで、僕にはきっとすごい剣の才能があるに違いない。
しかし、焦ってはいけない。僕はまだ才能があると思われているだけで、剣の腕があると認められたわけではない。剣の達人に弟子入りできるかどうかという、非常に不安定な状況にある。
(弟子入り……したい!)
僕は明るい未来に思いを馳せた。
ケイトがいない間に僕の剣の腕前がぐーんと成長していたら、ケイトだって「エマ様、オレのことを守って」と僕に、よよよとしなだれかかってくるかもしれない。そして僕の強さに畏れをなして、「エマ様、かっこいいです」と頬を染めて、僕の腕の中に飛び込んでくるかもしれない。
――だが、僕はもう酸いも甘いも経験し尽くした、成熟した十九歳である。
知らない人間と僕が接触するのをケイトが心配していることも、怒ると魔王のような顔になるケイトの様子も、きちんと把握している。えらい。そして、こういうときのために、僕には危険察知要員までも配置されている!
僕はバッと勢いよく振り返り、妖精王に目をやった。
妖精王は「どっちだ……どっちが世界平和につながる……」とわけのわからないことをブツブツとつぶやきながら、死んだ魚のような目をしていた。
――ん?
妖精王は一体どうしてしまったのか、ゼルコルデ・ハクレール三世♀の影でいまだに膝を抱えて丸まっている様子を見て、僕は首をかしげた。だが、僕が呆然と、危険察知のフラグが上がるのを待っている間に、手の甲をすりっと硬い指に撫でられた。
「ね、だめ?」
その距離の近さに、体に直接触れらる経験の少ない僕は、ピクッと小さく震えてしまった。
平民の距離感が近いのは知っていたが、いくら僕の剣の才能を見込んでいるにしても、こんなにも簡単に人肌に触れるのかと驚く。
妖精王の様子がおかしいのは気になったが、弟子になろうとしているのだから名前くらいは教えなくてはならないだろう。
「エマにゅ……あ、エマ。エマだ」
「エマ? かわいい名前だね。俺はライナスね、こっちが幼なじみのアントン」
冴わたる叡智によって機転を効かせた僕は、偽名……そう、偽名! を使うことを思いついた。剣の達人……いや、もはや師匠とお呼びしてもいいかもしれない。師匠には悪いが、なんせ素性がバレてはまずい身なのだ。慌てて考えたせいでただの愛称になってしまったことには、目をつぶってほしい。
にかっと少年ぽくライナスが笑うのを見て、随分と人懐こい男なんだなと思う。
だが、名前を教えたのだから、ぜひとも剣を教えてもらいたい。だってそう言ってた。
一瞬、ケイトにがめついと言われたことが頭をよぎったが、交換条件は交換条件である。その言われようは非常に不本意ではあるが、今こそそのがめつさを発揮すべきときである。
僕が、弟子入りさせてください、と口をひらこうとしたそのときだった。
ライナスが「よっ」と言いながら丸太から立ち上がり、置いてあった大剣を構えた。
そして、両足を前後にひらき、大きく大剣を上げたかと思うと――。
大剣を振り下ろす、ブオンという大きな音と共に、風が巻き起こり、森中の木々がぶわあっとさざめいた。
僕の長い髪がびゅっと勢いよく後ろへ流される。
「…………ッッ」
僕は息を呑んだ。
きっと達人に違いないとは思っていたが、剣の素振りだけで森を揺るがすとは、一体この男はどれだけ強いんだろうか。
ケイトも不思議な型の剣筋でうちの騎士たちを倒し、僕の従者として爺に推薦されたわけだが、基本的にケイトは魔法を使って戦う。騎士たちを見かけたことはもちろん何度もあったが、そのどんな騎士たちよりも目の前にいる男のほうが強いことは明らかだった。
なぜか嫌そうな顔をしている妖精王とアントンを不思議に思いながらも、僕は目を丸くしたまま、ライナスのことを見た。
陽の光を前にしたライナスが、僕に背を向けたまま「素振りっていうのはさー」と間伸びした声で言うのが聞こえた。
そして、僕のことを振り返りながら、にこっと笑って言った。
「こうやってやるんだよ、エマ」
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