悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方

ばつ森⚡️8/22新刊

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リスティアーナ女王国編

17 悪役主従と沼・後

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「エマ様、なんでそんな不機嫌なんですか?」
「なんで僕が上機嫌でいると思うんだ」
「えッ」

 明らかに「ご馳走の前なのに?」と顔に書かれているケイトを、僕は虚ろな気持ちで見つめた。

 あのあと――、例のごとくサンダーを連発する僕を横目に、ケイトはどこからか巨大な黒い串を生成した。
 はじめに喉元を刺されたドラゴンイールが、全身全霊で暴れたせいで、僕は沼の水でびっしょりになった。濡れながらも半泣きでサンダーを打っていたが、ケイトはドラゴンイールに次々と的確に攻撃をして、見事な螺旋状の串刺しにした。
 途中から僕は、あれ……厨房でコックのジョンが見事な手つきでイールを捌いているのを見ていたんだったかな? という、先ほどとは別の意味で夢見ているような心地になっていた。
 もうもはや、ケイトのなんでもありな闇魔法にツッコミは入れるまい。僕は『魔王だから』という免罪符を片手に、悟りの境地にたどり着いた。

 そして今、完全にこうして火で焼くことを想定した形に串刺しになっているドラゴンイールが、ケイトが言っていた通りにただの『夕飯』になっていくのを、僕は呆然として見つめていた。沼の岸にある木がまばらな場所の岩に座りながら、僕は小さくため息をついた。
 辺りは再び静寂を取り戻し、幻想的な雰囲気の湿地帯にぱちぱちと薪が燃える音だけが響く。

「大体、こんな僕たちの何倍もあるイールを全部丸焼きにしてどうするつもりなんだ」
「そうですね。さすがに何日も保存することはできないんで、できるだけ食べるしかないですよ。頑張りましょう」

 爽やかな笑顔で「丸焼きじゃなくて蒲焼きですよ」と力説しながら、ドラゴンイールになにかのソースをかけ続けているケイトを見て、僕の口から再度ため息が洩れる。たしかにいい匂いはするが、そんなソースまで用意していたとは思わなかった。
 木の枝分かれたした部分に巨大な串を上手にひっかけ、いくつもの薪を作って焼いていく様子は、もはやここが魔王への生贄の祭壇かと思われるほどの光景である。それを見ながら僕は思った。

(魔王に供えるなら、魚がいいと教えてやりたいくらいだ……)

 だが、そこまで考えたところで、もしも魔王崇拝の人間たちが山ほどの魚介類を生贄の祭壇に供えるようになってしまったら、ケイトは本当にそこに魔王として居座るかもしれない……と、気がついて僕は戦慄した。
 だが、生贄として美しい人間が捧げられるよりは魚を獲ってもらったほうが、かなり平和な気がする。
 僕が頭を抱えているとケイトが言った。

「蒲焼き嫌いでしたか?」
「いや……食べたことないから、わからないけど」

 ちなみにドラゴンイールは人間や動物を襲うが、この沼に生えている美しい藻だけを食べているそうなので、安心感はある。藻だけを食べてこんなに大きくなるのはすごいが、まさかモンスターが人間を食べるかどうかという事実を、こんな視点で考察してホッとする日が来るとは思わなかった。
 香ばしい匂いが辺りに広がっていくのを感じながら、以前ケイトがイカ飯を作っていたときの香りに似ているなと思い、もはや僕はモンスターの食事記録をつけるべきなのではないかと考えていた。
 だけど――

(はあ……またサンダーしか打てなかった)

 どうやったら咄嗟の戦闘に冷静に立ち向かえるようになるだろうか、と僕は項垂れた。そもそもケイトはどうして事前に教えてくれないんだろうと思い、僕の口から悲しい気持ちがこぼれ落ちた。
 
「もう少しくらい……ケイトに頼られたい」
「え? 頼りにしてますよ」
「モンスター倒しに行くなら、先に教えてくれたって……」
「だってエマ様、先に教えたら怖がるじゃないですか」

 そうだけど。でも、こうして度重なる凶悪なモンスターとの戦闘を経てきた僕は、ケイトがドラゴンイールに挑むと言えば反対はするだろうが、覚悟を決めるくらいはできる気がした。
 僕がへこたれていることを察知したのか、岩の上に腰をおろしていた僕の頭に、ちゅ、とケイトが唇を落としながら言った。

「エマ様は生きていてくれるだけで、俺のためになってます」

 生きているだけでという言葉に、僕の胸はちくっと針で刺されたみたいな痛みを感じた。ケイトの優しい気持ちはわかるのだ。でもそれはとても耳障りのいい言葉で、優しい言葉のようでいて、僕の望んでいる言葉ではなかった。
 僕の不満が解消されていないことが伝わったのか、困ったような顔でケイトが笑う。

「……とにかく、一緒に食べません? 結構がんばって焼いてみたんですけど」

 ケイトがよく焼けた部分を小さく切って、皿の上に乗せて僕に渡してきた。"小さく切って"と思ったが、目の前にしてみたら僕の頭くらいの塊で、ちょっと笑ってしまった。
 カバ焼きという食べ物は、なぜカバ焼きと呼ばれているのかまったく理解できないが、ケイトはイカ飯のときと同様に「やっぱり形状が……」とぼやいていた。
 ふわふわの白い身は湯気を立てていて、焦げたような甘いような不思議な匂いのするソースがかかっていて、すごくおいしそうだった。僕はいつものケイトの真似をして、食べ物を前に手をあわせた。

「いただきます。すごくおいしそうだよ、ケイト」
「はい、食べましょう」
 
 今度こそ、本当に小さく切って口へ運ぶと、ケイトがかけてくれた甘辛いソースとしっかりとした身がよく合っていて、おいしかった。焦げさえも外皮をパリッとさせて香りを引き立てているようで、はじめての味に僕は目を瞬かせた。

「おいしい……!」
 
 じっと不安そうに僕のことを見つめていたケイトの顔が、ふわっと綻ぶのが見えた。その幸せそうな顔を見て、僕もやっぱり幸せな気持ちになった。
 蒲焼きというのは炊いた米の上に乗せて食べるらしい。ケイトがわざわざ飯盒で米を炊いてくれて、米に汁の味が染み込んでいてまたおいしかった。
 また新たなる恐怖体験を積み重ねることになってしまった僕は、もう倒れそうなほど疲労していたが、冗談みたいにどんどんケイトの腹に収まっていくドラゴンイールを見ながら、そのうちケイトが食べ物を保存する闇魔法を編み出すに違いないと思った。
 それから、ケイトがおいしそうにご飯を食べてるのを見るのが好きだなと思いながら、笑みをこぼした。

(嬉しそうな顔。いっか……これはこれで)

 そんなことを思っていると、ケイトがもぐもぐと口を動かしながら言った。

「エマ様、明日はレツィオーネ行きましょう」
「おお! 本当か!」

 そんなあたたかな時間を過ごしていた僕は、少し離れた葦の茂みで交わされている会話など知る由もなかった。

 
     ◇ ◇ ◇

 
「…………ら、ライナス……あ、あの人……ドラゴンイールをあんなにも的確に串刺しに?? た、食べるために?!」
「あれが、エマの恋人か……」
 
 違うよそこじゃないよおお、と半泣きになるアントンとは正反対に、ライナスの顔は無表情だった。
 ライナスが戦ったとしても、一撃とはいかなくても数撃で倒すことはできただろうAランクのモンスターである。だけど、あの形状にすることを目的にして戦っていたというのは『倒す』という次元を超えているなとライナスは思った。
 エマニュエルが言った綺麗事に腹を立てたライナスは、一体どんなふうに恋人を過ごしているのか確認してやろうとあとをつけることにしたのだった。仕切りに反対するアントンを押し切って、二人の動向を見ていたライナスであったが、二人の目的地を知ってため息をついた。

(まさか……同じ依頼を受けてたとはな)

 絶対に倒せるわけがないから結局姿を現さないとダメだろうなと思っていたライナスだったが、どうやらエマの恋人は自分に近しいレベルの力を持つ冒険者であるようだと気がついた。
 そして、そんなにも強い男のために自分も強くなりたいとエマが言っていたのを思い出し、ライナスは近くに生えていた葦の葉を意味もなく引きちぎった。
 剣を教えているときのエマは、なにも知りませんみたいな無垢な人間のように見えた。
 自分の仕掛ける一挙一動に、生娘のように反応するのがかわいいなとさえ思っていたのに、なんでこんなに腹が立つのかとライナスは眉間の皺を深めた。
 そもそも、ドラゴンイールを倒す前の甘ったるい二人の雰囲気を見てしまったせいで、余計に胃がムカムカとしているような気がした。

(なんだよ、あんな愛し合ってるみたいな顔。イラつく……)

 昼間はなにも知らないみたいな顔してたくせに、エマニュエルの顔つきが夜めいていた気がして、ライナスの中に不快感のようなものが募っていく。
 他人の恋愛など放っておけばいいのに、どうして自分はこんな葦の茂みに身を隠しているんだと虚ろな気持ちを振り払うように、ライナスは首を横に振った。そして、こんなにも胃がキリキリするのはもしかして腹が減っているからなのではないか、とライナスは徐々に思い始めた。
 ていうか――

「なあ、ドラゴンイールって食えんの? すげーいい匂いすんだけど!」
「それは……そうかもしれないけど……」
「俺、鶏やだなー」
「ちょっとおッ!」

 
 
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