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リスティアーナ女王国編
25 悪役主従と理想
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「ぐぶっ……ひぐっ」
「……どうすんのよ。ていうかあなた顔綺麗なのに、泣き方がひどいわね」
しばらく神殿の中をめちゃくちゃな方向に走り抜けたあと出口の方向もわからなくなってしまい、僕は途方に暮れていた。まるでなにもかもを失ってしまったようで、迷子のような心細さが胸を締めつけた。
「もう……ケイトなんて、洞窟で大量の魚を供えられていればいいんだ」
「ごめん。よくわからないわ」
「僕はその魚の隣に並ぶつもりはまったくないッ!」
「伝わってこないわね」
走りながら泣き続けるだなんて二度としたくないと思っていた。ケイトと一緒にいればなにも怖いことなどないと思ったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろうと後悔ばかりが胸に浮かぶ。
僕が生き返ったことはきっとケイトにとってもよかったはずだった。だけど僕が思っている以上に、あのことはケイトに深い傷を負わせてしまったらしい。自分に責任があるとはいえ、戦闘の負傷ですらないただのかすり傷であの様子では、共に戦うなど夢のまた夢だ。
僕はくっと拳を握りしめながら、自分の非常に深刻な生物学的な欠陥を思い、涙を浮かべながら叫んだ。
「僕は、魚じゃないんだッ!!!」
「…………」
魚度合いで言うと、妖精王やケイトのほうがよっぽど死んだ魚のような目をしている。姫や令嬢ならともかく、もはや僕のことをまな板の上に裸で横たわっている魚のようにケイトが思っていたらどうしようと、僕は悲しい気持ちでいっぱいだった。
「僕をカバ焼きにでもするつもりなんだろうか……それともイカ飯」
「とりあえずイカではなさそうだから、そういう意味で食べる気ではないのでは?」
「だが現状、僕はまな板の上のイカくらい役立たずだと思われている気がする」
「イカはそれでもうねうね動いてそうだけど」
妖精王のなんの慰めにもならない言葉を聞きながら、僕がイカだったかもしれないと思うほどに、僕の視界は海の底に沈んでしまったかのようになっていた。でもさっき、妖精王がケイトに僕のことを追わないように言ってくれたこともちゃんと僕には聞こえていた。
「ありがとう……妖精王」
「え、あ、ああ。まあ、そういうところがあなたの美徳よね」
ちょっとうろたえた妖精王がそう口にするのを聞きながら、僕は本当にこれからどうしようかと頭を抱えていた。
どうしたらケイトを安心させられるだろうかという疑問の答えは常に二択である。
僕が妖精になってしまうほどに妖精たちと一緒に妖精の森で戯れてケイトの帰りを待つか、あるいは僕が雨の日も雪の日も剣を振るい筋骨隆々としたたくましいヒゲの剣の達人になるかどちらかである。
その二択しかあり得なかった。
ヒゲつきなのは第二騎士団のアームストロング隊長のヒゲが男らしくてかっこいいなと憧れているためである。
僕ががっくりと肩を落としぽろぽろと涙を流すのを見て、さすがの妖精王も心配になったのか、項垂れている僕の頭をさすってくれているようだった。小さい手がさわさわと僕の頭の上を動くのを感じて、きゅうっと胸が切なくなった。
僕はまた妖精王に心配をかけてしまっているのだ……度が過ぎているとはいえ、同じようにケイトにも心配をかけてしまっている。僕は唇を噛みしめながら勢いよく顔を上げた――ら、その表紙にバインと妖精王にぶつかってしまった。
「もう、たくましいヒゲの男になるしかない!」
「ったあ! って、どうしてその結論になった……!」
ずいぶん遠くからそんな声が聞こえて、自分が頭を上げたせいで妖精王が吹っ飛ばされてしまったことに気がついた。ふらふらと飛びながら戻ってくる妖精王を見て申しわけない気持ちになった僕が「すまない」と謝ると、妖精王は怒ったままドスンと僕の肩に腰を下ろした。
だが、僕が妖精になってしまえばケイトが臭くて近づくこともできないだろうから、結局は一択である。
ヒゲづらの剣士になることしか、もう考えられなかった。
僕が筋骨隆々としたたくましいヒゲの猛者になれば、さすがのケイトもかすり傷ひとつであんなに青ざめたりはしないだろう。体の傷は剣士の勲章とニカッと白い歯を見せて笑う僕を見て、きっと安心して僕の豊かな胸筋に頬を寄せてくるはずだった。
そうとなれば僕は修行に出るしかない。
僕が一人でうんうんと頷いているのを見て、妖精王が再び死んだ魚のような目になっていることには気がつかなかった。
だが、その前に気になることがひとつある。
「暗黒竜は本当にいるんだな? ケイトに危害を加えたりすることはないのか」
「……切り替え早いわね。多分ないでしょうね。魔王の精神がしっかりしていれば、会話もできるしどうにかなるでしょう……」
妖精王が嫌そうな顔でそう言うのを聞いて、僕はほっと息を漏らした。
ケイトはちょっとおかしくなっているが、でも僕が愛しているこの世界のことをどうこうするような真似をケイトがするわけはなかった。僕がそう安心していると、妖精王が意外なことを口にした。
「闇堕ちしなければいいけど……」
「どういうことだ」
「魔王はあなたのことが大切なのよ。だからあなたが元気に生きてることが、世界平和の大前提だわ。それはちょっと危険よ」
妖精王の深刻な顔を見て、僕はうろたえた。
だが、そんなまさか。僕だってもう二度と死にたくはない……いや、おじいさんになれば死ぬときも来るだろうが、僕だって死にたくはない。しかし、僕がたとえなにかの理由で命を落としてしまうことがあったとしても、ケイトがこの世界になにか悪いことをする魔王になるとは思えなかった。
僕は妖精王の意味することがわからずに、首をかしげた。
「二度目はおそらく、耐えられないでしょうね。あの様子じゃ。一度目だってギリギリだったはずよ」
「……ケイトは、そんなことしないよ」
「それはッ」
「ケイトはそんなことしないよ、妖精王。だけど僕だってケイトを悲しませないことには賛成だ」
妖精王はなにか言いたそうにしていたが、僕には確信があった。
僕が死んだせいで世界が滅びるのならば、もうとっくに世界は滅びているはずなのだから。妖精王の心配は杞憂だ。
でも、この世界の平和よりもケイトの心の平穏のために、生贄と捧げられたイカだと思われている僕には、筋骨隆々としたヒゲづらの猛者への進化が求められていた。
(もはや一刻の猶予もない……!)
そして、たくましいヒゲの猛者へと進化した僕は、ケイトが憂うものすべてをぶちのめし、その豊かな胸筋にケイトの顔を擦りつけさせるのだという決意に燃えた。そう、ケイトが憂うものすべてを、その胸筋でバインと吹っ飛ばしてやるのだ。
僕は妖精王に向かってこの決意を伝えた。
「勇者を倒そう」
「完全にモンスター視点」
後ろから足音が聞こえてきたのは、そのときだった。
「…………エマ?」
「……どうすんのよ。ていうかあなた顔綺麗なのに、泣き方がひどいわね」
しばらく神殿の中をめちゃくちゃな方向に走り抜けたあと出口の方向もわからなくなってしまい、僕は途方に暮れていた。まるでなにもかもを失ってしまったようで、迷子のような心細さが胸を締めつけた。
「もう……ケイトなんて、洞窟で大量の魚を供えられていればいいんだ」
「ごめん。よくわからないわ」
「僕はその魚の隣に並ぶつもりはまったくないッ!」
「伝わってこないわね」
走りながら泣き続けるだなんて二度としたくないと思っていた。ケイトと一緒にいればなにも怖いことなどないと思ったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろうと後悔ばかりが胸に浮かぶ。
僕が生き返ったことはきっとケイトにとってもよかったはずだった。だけど僕が思っている以上に、あのことはケイトに深い傷を負わせてしまったらしい。自分に責任があるとはいえ、戦闘の負傷ですらないただのかすり傷であの様子では、共に戦うなど夢のまた夢だ。
僕はくっと拳を握りしめながら、自分の非常に深刻な生物学的な欠陥を思い、涙を浮かべながら叫んだ。
「僕は、魚じゃないんだッ!!!」
「…………」
魚度合いで言うと、妖精王やケイトのほうがよっぽど死んだ魚のような目をしている。姫や令嬢ならともかく、もはや僕のことをまな板の上に裸で横たわっている魚のようにケイトが思っていたらどうしようと、僕は悲しい気持ちでいっぱいだった。
「僕をカバ焼きにでもするつもりなんだろうか……それともイカ飯」
「とりあえずイカではなさそうだから、そういう意味で食べる気ではないのでは?」
「だが現状、僕はまな板の上のイカくらい役立たずだと思われている気がする」
「イカはそれでもうねうね動いてそうだけど」
妖精王のなんの慰めにもならない言葉を聞きながら、僕がイカだったかもしれないと思うほどに、僕の視界は海の底に沈んでしまったかのようになっていた。でもさっき、妖精王がケイトに僕のことを追わないように言ってくれたこともちゃんと僕には聞こえていた。
「ありがとう……妖精王」
「え、あ、ああ。まあ、そういうところがあなたの美徳よね」
ちょっとうろたえた妖精王がそう口にするのを聞きながら、僕は本当にこれからどうしようかと頭を抱えていた。
どうしたらケイトを安心させられるだろうかという疑問の答えは常に二択である。
僕が妖精になってしまうほどに妖精たちと一緒に妖精の森で戯れてケイトの帰りを待つか、あるいは僕が雨の日も雪の日も剣を振るい筋骨隆々としたたくましいヒゲの剣の達人になるかどちらかである。
その二択しかあり得なかった。
ヒゲつきなのは第二騎士団のアームストロング隊長のヒゲが男らしくてかっこいいなと憧れているためである。
僕ががっくりと肩を落としぽろぽろと涙を流すのを見て、さすがの妖精王も心配になったのか、項垂れている僕の頭をさすってくれているようだった。小さい手がさわさわと僕の頭の上を動くのを感じて、きゅうっと胸が切なくなった。
僕はまた妖精王に心配をかけてしまっているのだ……度が過ぎているとはいえ、同じようにケイトにも心配をかけてしまっている。僕は唇を噛みしめながら勢いよく顔を上げた――ら、その表紙にバインと妖精王にぶつかってしまった。
「もう、たくましいヒゲの男になるしかない!」
「ったあ! って、どうしてその結論になった……!」
ずいぶん遠くからそんな声が聞こえて、自分が頭を上げたせいで妖精王が吹っ飛ばされてしまったことに気がついた。ふらふらと飛びながら戻ってくる妖精王を見て申しわけない気持ちになった僕が「すまない」と謝ると、妖精王は怒ったままドスンと僕の肩に腰を下ろした。
だが、僕が妖精になってしまえばケイトが臭くて近づくこともできないだろうから、結局は一択である。
ヒゲづらの剣士になることしか、もう考えられなかった。
僕が筋骨隆々としたたくましいヒゲの猛者になれば、さすがのケイトもかすり傷ひとつであんなに青ざめたりはしないだろう。体の傷は剣士の勲章とニカッと白い歯を見せて笑う僕を見て、きっと安心して僕の豊かな胸筋に頬を寄せてくるはずだった。
そうとなれば僕は修行に出るしかない。
僕が一人でうんうんと頷いているのを見て、妖精王が再び死んだ魚のような目になっていることには気がつかなかった。
だが、その前に気になることがひとつある。
「暗黒竜は本当にいるんだな? ケイトに危害を加えたりすることはないのか」
「……切り替え早いわね。多分ないでしょうね。魔王の精神がしっかりしていれば、会話もできるしどうにかなるでしょう……」
妖精王が嫌そうな顔でそう言うのを聞いて、僕はほっと息を漏らした。
ケイトはちょっとおかしくなっているが、でも僕が愛しているこの世界のことをどうこうするような真似をケイトがするわけはなかった。僕がそう安心していると、妖精王が意外なことを口にした。
「闇堕ちしなければいいけど……」
「どういうことだ」
「魔王はあなたのことが大切なのよ。だからあなたが元気に生きてることが、世界平和の大前提だわ。それはちょっと危険よ」
妖精王の深刻な顔を見て、僕はうろたえた。
だが、そんなまさか。僕だってもう二度と死にたくはない……いや、おじいさんになれば死ぬときも来るだろうが、僕だって死にたくはない。しかし、僕がたとえなにかの理由で命を落としてしまうことがあったとしても、ケイトがこの世界になにか悪いことをする魔王になるとは思えなかった。
僕は妖精王の意味することがわからずに、首をかしげた。
「二度目はおそらく、耐えられないでしょうね。あの様子じゃ。一度目だってギリギリだったはずよ」
「……ケイトは、そんなことしないよ」
「それはッ」
「ケイトはそんなことしないよ、妖精王。だけど僕だってケイトを悲しませないことには賛成だ」
妖精王はなにか言いたそうにしていたが、僕には確信があった。
僕が死んだせいで世界が滅びるのならば、もうとっくに世界は滅びているはずなのだから。妖精王の心配は杞憂だ。
でも、この世界の平和よりもケイトの心の平穏のために、生贄と捧げられたイカだと思われている僕には、筋骨隆々としたヒゲづらの猛者への進化が求められていた。
(もはや一刻の猶予もない……!)
そして、たくましいヒゲの猛者へと進化した僕は、ケイトが憂うものすべてをぶちのめし、その豊かな胸筋にケイトの顔を擦りつけさせるのだという決意に燃えた。そう、ケイトが憂うものすべてを、その胸筋でバインと吹っ飛ばしてやるのだ。
僕は妖精王に向かってこの決意を伝えた。
「勇者を倒そう」
「完全にモンスター視点」
後ろから足音が聞こえてきたのは、そのときだった。
「…………エマ?」
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