悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方

ばつ森⚡️8/22新刊

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リスティアーナ女王国編

24 とある旅人の覚悟

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「……おいおいおいおい。どういうことだよ」

 ライナスは柱の影で呆然と立ちすくんでいた。
 少し離れた場所には、明らかに暗黒竜と話をしているエマの恋人の姿がある。
 必死で気配を殺してはいるが、自分の存在など気がつかれているかもしれないとライナスの額に汗が浮かぶ。ライナスは自分の心臓がドクドクと嫌な音を響かせているのを感じていた。
 リスティアーナ女王国の忘れられた砂漠には暗黒竜がいるらしいという、うさんくさい情報をアントンがライナスに教えたのは今朝のことだった。
 アントンは昔から遺跡や歴史が好きで、旅が始まってからもいつも変なところに行きたがる癖がある。
 そんな幻の遺跡があるのなら行きたいと思ったんだろうが、暗黒竜だなんていう神話上のモンスターが実在するはずもなかった。そもそもどこにあるかもわからない遺跡なんて無理だろ、とライナスが言うと不敵な笑みを浮かべたアントンが変な魔導具を取り出した。
 どうしてもその遺跡に行きたくて、情報屋に頼って見つけてきたらしい。
 アントンがおどろおどろしい真っ黒な竜が口に咥えた水晶を見て虚ろな気持ちになったが、アントンが目をキラキラ輝かせて力説してくるので断れなかった。――が。

(あれが……そもそもの間違いだった……!)
 
 ライナスはぐっと拳を握りしめながら、顔を顰めた。
 アントンの持っている魔導具の水晶の中には黒い方位磁針のようなものが入っていて、その針の指し示す方向に、半信半疑で二人が馬を走らせていたときだった。
 そこまでは、いつもと変わらない普通の旅だったのだ。
 延々と続く砂漠に不安を覚えそろそろ引き返そうと二人が思い始めたころ、二人は砂漠のど真ん中を迷いなく突っ切る馬の足跡を見つけたのだ。
 そして、二人はその足跡をたどってこの神殿までたどり着いた。
 巨大な蟻地獄のように凹んだ砂面の中、階段が続いており、悪魔のような装飾の施された門が口をひらいているのが見えて、さすがのライナスも背筋が凍るような思いだった。だが、あんな砂漠のど真ん中であんな怪しい門を見つけてしまった以上、ライナスは行かざるを得なかった。
 自分の実力が、暗黒竜相手に通用するのかどうかはわからなかった。だが、そこへと向かっていた馬の足跡があったのだから、放置できるわけなかった。
 突然、目の前に姿を現した謎の遺跡にアントンの目はキラキラと輝いていた。
 モンスターが蔓延っている、いつ終わるかもわからないような真っ黒な回廊が続く中、二人はモンスターの屍を築きながら突き進んだ。血の匂いが染みついたかのような罠だらけのひどい通路を、ランプ片手にしばらく歩いたところで小さな灯りが見えたのだ。
 駆け足で近づくと、そこには聖なる神殿であるかのような雰囲気をまとった空間が広がっていたのだった。

(モンスターの巣窟は超えたと思ったけど……)

 ライナスたちを待ち受けていたのはサンドスコーピオンの山だった。なんとかその戦いを終えたあと、その空間には静寂が広がっていた。
 そこにはモンスターもいない様子だったため、遺跡の探索をしたいとアントンが言い出したのを聞いて、ライナスはげんなりした。
 アントンが遺跡だの歴史だの言い出すときは、何時間もかかるのだ。
 さすがに暗黒竜の神殿と呼ばれるような場所で別行動はまずいだろうとライナスは思ったが、アントンがそんなに遠くまでは行かないからと食い下がるので、しぶしぶそれを許したのだった。
 
 だが、なにか気配がするような気がして歩いていたところで、ライナスは足を止めた。柱の影に身を隠し、目の先に捉えた巨大な存在を信じられない気持ちで凝視した。
 燻した鋼鉄できているかのような外殻、禍々しいオーラを纏いその凶悪さは伝わってくるというのに、その黄金色の瞳には理知的な光が灯っているかのように見えた。その巨体は大きさもさることながら、悠久の時をも感じさせ、ライナスは震えた。
 ライナスが見据えたその先には――巨大な黒い竜が眠っていたのだった。
 口から思わず驚きがこぼれた。
 
「嘘だろ……」

 そう呟いたライナスの驚きも冷めやらんうちに、更なる衝撃の光景が飛び込んできたのはそのときだった。
 一人の男が眠る暗黒竜にゆっくりと近づくのが見えたのだ。そして、聞こえたのだ。
 ――深く響く声が。

「闇の王……世界を手に入れるときが来ましたか」

(――――――え?)

 その声が自分の耳に届いた瞬間――ライナスは逃げ出した。
 圧倒的な不利を理解したからだった。相手は暗黒竜だけではなく、おそらくは『魔王』である。混乱の中アントンと約束した場所まで、音もなくひた走った。

(まずい、まずい、まずい――!)

 魔の森に足を踏み入れたとき、魔王いるかなーなどと軽口を叩いていたが、ライナスは自分に欠けているものを理解していた。だからこそ、アントンだってあんなに慌てて、と言っていたのだから。
 わかっている。いずれは――そう、いずれは魔王と対峙するために自分はいる。だが――。

(それはまだ今じゃない……!)
 
 そう思いながらひた走るライナスを見つけたアントンは目を丸くした。
 アントンも約束の場所に向かい慌てて走っていたのに、いつも気だるそうに構えているライナスが明らかに焦っているのを見て驚いたのだ。一目散に走っていくライナスに近づき、アントンは声をかけた。

「ど、どうしたの……!? ライナスもなんかあった???」
「あ、アントン。い、今……い、いや――待って……待って」
「え???」
「いや……待って。な、なんでもない……」

 すっかり青ざめてしまったライナスが約束していた場所を通り過ぎても足を止めず、入口を目指していることにアントンは気がついた。
 その様子から弾き出される状況は一つだった。アントンは裏返った声で叫んだ。

「も、もしかしテッ……暗コクリゅウッほんとニにいたの!?」
 
 ライナスはアントンに本当のことを言うべきなのか、冷や汗をかきながら考えていた。

(暗黒竜……たしかにそれもまずい。だけど、問題はエマの恋人が魔王なのかってこと……)

 もしもあの男が本物の魔王で、暗黒竜と共に世界を滅ぼそうと企んでいるのであれば、単独で行動していたときに討伐してしまえばよかった……と、ライナスは眉間に皺を寄せた。だが、あのときはただエマのことが気になってしかたなかったことを思い出し、ライナスはさらに眉間の皺を深めた。
 あの時点では、まだ魔王がどうこうだなんてわかっていなかったので、ただライナスは混乱しているのだった。
 不可解なことが多すぎるとライナスは思った。
 どうして自分があんなにも腹を立てていたのかということもそうだけど、あんな純真そうな様子でありながらエマは魔王の手下だったんだろうか……と考えてから、羞恥と深い悲しみが混ざったかのようなおかしな感覚がライナスの胸を刺しぬいた。
 胸を圧迫される不快感を感じながらもライナスは考えた。

(本当に魔王? でもじゃあ、どうしてドラゴンイールを倒したんだ……? モンスターが仲間というわけではないのか?)

 隣でアントンがなにか喚いているのが聞こえていたが、ライナスはそれどころではなかった。
 ていうか――

(た、食べてたし……)

 ライナスの顔が引き攣る。なにがなんだかさっぱりわからない、とライナスは思った。
 とにかく明らかに暗黒竜と思しきモンスターが『闇の王』と呼んだのだから、あの男が魔王で間違いはないとライナスは思った。
 でも、じゃあ――

(……エマは?)
 
 あの男の隣にエマの姿はなかった。
 この前も別行動をしていたようだったしまたどこかで待っているのかもしれない、とライナスは思う。なんのためにあの男と一緒にいる、どうしてここにはいない、エマはなにを考えて俺に剣を教わろうとしたんだろう、どこにいるのか、魔王と暗黒竜のことなんて忘れて、ライナスの頭の中はすっかりエマのことでいっぱいだった。

(あんな無垢なやつが魔王と一緒にいるなんて、どう考えてもおかしい。なにか理由があるんだ)

 ライナスの思考がその考えに行き着くのはすぐだった。
 いまだになにか興奮気味に喚いているアントンに、ライナスは尋ねた。

「魔王って……やっぱり強いのかな」
「え! まあ……本当かはわからないけど、ヴァールストレーム王国の救世の神子が消息を断ったっていう話だし……」

 深刻な顔をしているライナスの様子を窺いながら、アントンはぼそぼそと口にした。
 ライナスが続けた。 
 
「ていうかエマはなんなんだろう。妖精が一緒にいるくらいだ。悪いやつじゃないんだろ?」
「ええ? 今度はエマさん?? ライナス、ほんとどうしたの? エマさんはたしかに妖精みたいな人だったけど、妖精なんてそんなこと言い出して……ほんと、どうしちゃったわけ? ライナス」

 なにがあったの! と、いつものようにギャーギャー喚いているアントンの言葉を、いつものように右から左へ流しながら、ライナスの頭の中にピコンと一つの考えが浮かんだ。
 今回も前回もエマはあの魔王と思しき男と行動していなかった。エマの前ではモンスターを倒し、冒険者づらを装っているだけなのではないかという考えが。
 そしてライナスは気がついた――

「……もしかして、エマは知らないんじゃ……」

 あんなぽやっとした男のことである。知らずに魔王にいいように丸め込まれている可能性のほうが高い……いや、その可能性しかないとライナスは思った。
 さっきまで自分の胸の中を占拠していた鬱々とした感情が、光に照らされたかのように一気にぱああっと霧散していく。そして、パタパタとライナスの速度はだんだんと遅くなり、そしてついに立ち止まった。
 アントンは頭の上に疑問符を浮かべながら、首をかしげてライナスの言葉を待つ。きっとこの幼馴染は、自分がいない間になにかとんでもないものを見たに違いないと確信していた。

「なあ……俺って魔王に勝てるのかな」
「――……そのために選ばれてるはずだよ」

 ライナスは、アントンの声が心なしか震えているような気がした。
 きっと今の状態では魔王に勝てないということを理解しているのだとライナスは思った。だけど――

(今まで……って思ってた)

 アントンと二人、路地裏でゴミを漁ってた幼少期をライナスは過ごしてきた。親切な人に孤児院に入れてもらえてからも、ライナスもアントンも過酷な状況でなんとか生きてきたのだ。
 ライナスがずる賢くなったのも、アントンがライナスに従う姿勢を崩さないのも、それぞれの生きるための処世術であると言える。
 だけどここにきて、ライナスははじめて実感が湧いてくるのを感じていた。

(…………助けてあげないと)

 エマはきっと騙されている。あんな森の奥で出会うことができたのは本当に運命だったのかもしれない、とライナスは思った。
 純粋でなにも知らずに騙されているのだ。
 魔王に匿われているのはどこかの姫かなんかだとライナスは思っていた。でも、今、ようやく自分の目的が視界いっぱいに鮮明に浮かんでいた。
 そっか。俺が――

(俺が、なんだから……)
 
 そして、キッと目の前を睨み、ライナスは悔しそうに拳を握りしめた。
 エマの恋人のことを同じくらいの実力の持ち主だと思ったのは間違いだったと認識を改め、さらに暗黒竜と手を組む様子だった男のことを思い、ライナスは自分の実力不足を痛感していた。

「早く……を見つけないといけない」

 そう思ったとき――どこからか話し声が聞こえてきたのだ。
 アントンがビクッと肩を震わせるのが目に入った。だけど、ライナスは思った。
 あれ――この声って……

 
 
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