悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方

ばつ森⚡️8/22新刊

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リスティアーナ女王国編

28 悪役主従とバターナイフ・前

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「ゆ、勇者……!」
 
 妖精王が僕の周りをくるっと回ったあと、僕と妖精王はどこかの森の中に姿を現した。おそらく妖精王が僕を逃げさせてくれたに違いない。
 ドンドンと太鼓を叩くような音を心臓が奏でる。いろんな思考が怒涛のように押し寄せてきた。全速力で走ったあとのような荒い息を吐きながら、僕は地面に膝をついた。思考はまったくまとまる気配を見せないが、事態の深刻度だけはわかっていた。

「……まずい」
「そうね。魔王の弱点がぽやんと歩いてるのがバレたわね」
「なんだって? ケイトの弱点がぽやんと??」
「恋人だってバレちゃったわねってこと」

 妖精王が言い直すのを聞き、やっぱり僕はケイトの弱点にしかなれないんだろうかと悲しい気持ちになる。
 でもたしかにその通りだった。かすり傷であんなにうろたえるケイトのことだ。僕の顔に傷でもつけば、僕が倒れる前にケイトの精神がやられてしまう。

(勇者……)
 
 絶対的な正義の味方であり幼いころからも憧れでしかなかった相手に、あんな目で見られる日が来るだなんて思ってもみなかった。ずっと友好的に接してくれていたライナスの瞳に浮かんでいたのは、あからさまな失望だった。
 どうしたって考えてしまう。
 ただ好きになった人がケイトだったというだけで、自分の恋路がとても過酷なものであることを知る。
 でも、ケイトのことを好きになったことに後悔なんてなかった。ケイトと一緒に旅してきたいろんな場所の光景を思い出す。怖いことも楽しいことも、僕の人生の中で一番輝いていた時間は、全部、ケイトと一緒のときだった。
 僕のことを見守る優しい眼差し、嫌なことばっかり言ってくる減らない口も、たまに少年のように笑うところも、少し照れながら遠回しに愛を伝えてくるところも――過剰に心配してくるところですらも。

「……好き」

 勇者という、魔王と正反対の場所に位置する相手を見たことで、今までただ純粋に思っていた『ケイトを守りたい』という気持ちが形をなしていく。魔王という肩書きを持ってしまったというだけで、ずっと普通の人間であったはずのケイトは敵意を向けられる立場にある。
 それはどれだけ不安なことだろう。

(なのに僕は、ケイトを傷つけて……)
 
 本当は僕が強くあればよかった。
 でも弱いことを棚にあげてケイトの言いように怒って涙するなんて、努力が足りないだけだった。傷ついたからって、人を傷つけ返してはいけない。ケイトが安心するのならば、僕はちゃんと実力が伴うまで守られていればよかったのかもしれない。
 ケイトは僕が生きてるだけでケイトの役に立ってると言っていたのに、僕は自分のことしか考えられなくてそれすらも否定してしまった。
 
(ああ、そうか僕は……力だけじゃなくて心だって)

 好きな人を守れる強さがあったらよかったのに。最後に見たケイトの悲しそうな顔を思い出し、喉がつまったような焼けるような痛みを感じた。
 そして思った気持ちはぽろりと口から洩れた。

「守らなきゃ、ケイトのこと。仲直りしないと……」
「実力はともあれ、あなたがそういう気持ちでいるのは悪くないと思うわ」

 妖精王が小さくそうつぶやくのが聞こえ、その言葉に背中を押してもらったような気がした。
 ライナスを顔を合わせたことは幸運だったはずだ。まったくの初対面同士よりも、言葉が通じる可能性が高い。
 ケイトとケンカするきっかけにはなってしまったけど、それでもあのとき会えてよかった。
 ライナスは普通の人がそうであるように、ケイトを悪いものとしか捉えていなかった。どうしたら争いを回避することができるだろうか。このまま行けば、いずれケイトとライナスが戦うことになってしまう。
 仲よく……仲よく……勇者と魔王が仲よくなる方法……

「魚の鍋でも一緒につつけば……!」
「一旦、魚から離れましょうか」

 あったかくておいしいものを一緒に食べたら大概大丈夫だと、母上が言っていたのだ。
 ライナスもケイトも喜ばせることのできる魚を取ることでもできれば……! だが、そこまで考えたときに僕はふと思い出した。そういえば妖精王は――

「あれ? そういえば妖精王は勇者のお助け役だったのでは?」
「そうなのよ。あなただけじゃなくて私の身の振り方の問題でもあるのよ……」

 嫌そうな顔になった妖精王がそう言うのを聞きながら、さっき思いっきり蹴飛ばしていたがなと僕は思った。
 あの蹴りはすごかった。
 人間が一人吹っ飛び、柱にめり込むところを僕は人生ではじめて見た。そして、さらにその飛ばされた相手は勇者であり、飛ばした相手は手のひらサイズの妖精王だったのだ。僕は思った。

「妖精王が魔王なのでは?」
「うるさいわよ」
「かなり重い蹴りだった。妖精というのだからもっと、ふわっとキラッと敵をやっつけるものだと思っていた。武闘派だとは」
「武闘派ではない」
 
 妖精王のことを今まで守るべきお年寄りの一人として考えていたが、武闘派のおばあさんであることを心に刻みつけた瞬間だった。僕がうんうんと頷いていると、妖精王が盛大なため息をつきながら言葉を続けた。

「まあ、必ずしも勇者を導くわけでもない。今回は魔王も悪いやつでもなさそうだもの」
「でもライナスは、妖精王が見えるんだろ? その、ライナスだって悪いやつではないんだよな……」
「そうね。基本的に魂が濁っていると妖精は見えないわ。悪い人間が妖精を捕まえるときは子供を利用するくらいで。あの勇者も外側への出方はともかく、魂は綺麗よ。サザランド連邦で神託があったみたいね。決して強いだけで選ばれてるわけではないわ」

 サザランド連邦で信託が降ったのか……と僕は目を瞬かせた。
 陛下たちからサザランド連邦の動きがおかしいとは聞いていたが、すでに勇者が選出され、すでにリスティアーナ女王国内の討伐に動いているということだろうか。

「ライナスはケイトのことを、倒しに来るんだろうか……」
「どうかしら……まあ、あなたを奪おうとするかもしれないけど、あまり情報を与えられていないように見えたわね」
「僕を奪う?? ケイトから??」

 僕は元からケイトのものでしかないのに、なんでライナスが僕を奪う必要があるんだろう。

「あなたは……なんていうか、心の隙間を埋めるのがうまいわ」
「は???」
「勇者も魔王も紙一重ってやつね」
 
 妖精王の言ってることはよくわからないが、ライナスが僕を捕まえようとしていたことは僕にだってわかる。
 かすり傷ひとつで気が動転する魔王なのだ。僕を捕まえて目の前で剣でもちらつかせれば、ケイトは簡単に膝を折るだろう。剣どころかバターナイフをちらつかせただけで、ケイトは真っ青になって震えだすかもしれない。
 妖精王がさっき言っていた「ケイトの危うさ」がようやく少し理解できたような気がした。
 本当に大変なことになってしまった。
 ケイトと喧嘩をしただけでも僕にとっては天地がひっくり返ってしまうほどの一大事であったというのに、その上、勇者の登場に、僕の存在をバラしてしまうという大失態つきだった。
 僕はついさっきまで「勇者を倒そう」だなんて口にしながら、たくましいヒゲ猛者になることを決意していたというのに。

(本物の勇者を目の前にしたら、なにもできなかった……)
 
 そして、このヒゲ猛者と何度も脳内で繰り返しているうちに、なんだかモサモサしたヒゲの猛者になろうとしているような気がしてきて、未来予想図すらもぶれてきていた。僕が今この時点でたくましいヒゲの猛者であればと悔やみながら、一体そんなにも頼れる漢になれるのはいつの日だろうかと考えたとき、僕はふと気がついた。
 ――ってあれ??

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