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因縁の対決 ヴェルト 対 ルード
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「お前は……」
「ヴェルト殿!」
「ヴェルトさま!」
水晶の光る地下空間を駆けていると、大きな部屋へと行き当たる。そこでディアノーラが大男と戦っていた。
アデライアも無事だし、どうにか追い付けたらしい。時間を稼いでくれたディアノーラには感謝だな。
俺は黒曜腕駆を発動させたまま、部屋の中へと足を踏み入れる。
「ヴェルトだと……! お前が黒狼会のボスにして、過去から時を渡ってきた群狼武風の傭兵か……!」
「そういうお前はルードだな。こんな場所でよりにもよってルードという名前とは……因果なものだな」
ルードは何も武器らしき物を持っていなかった。だが全身はかなり鍛えてあるし、例えエルクォーツが無くても相当な実力を持っているのだろう。
部屋に残る戦闘の痕跡から、剣を持つディアノーラに対し素手で対応していた事が伺える。
その事実だけでも、こいつが油断のならない男だという事は分かる。相手が俺たちでなければだが。
「ヴェルト殿……! 来てくれたか……!」
「悪い、遅くなった。本当なら今日、俺が貴族院に衛士として後から合流しようと思っていたんだが……」
「こうして来てくれたのだ、感謝こそすれ文句などない」
ディアノーラも格上相手によくここまで粘ってくれた。選手交代とばかりに俺は足を前に進める。
「……どうして俺たちが群狼武風だと知っている?」
「総裁とその協力者が調べておったのだ。しかしこの時代に本物の群狼武風と会えるとはな……! この幸運に女神に感謝を捧げたいくらいよ!」
ルードは群狼武風という点に執着めいた感情を覗かせる。気になった俺は問いかけてみた。
「なんだ、群狼武風に憧れでもあるのか?」
「ふ……裂閃爪鷲。お前ならこの名、覚えがあるのではないか?」
「……ほう」
裂閃爪鷲。覚えがあるも何も、俺たち群狼武風が最後に戦った相手だ。
その名がルードという名を持つこいつから出るとは。どうやら偶然ではないらしい。
「改めて名乗らせてもらおうか。俺は閃刺鉄鷲、七殺星の頂点。壊腕のルード。ルードという名は七殺星の頂点が代々襲名する名よ」
「……閃刺鉄鷲の奴らが身に刻んでいる紋様。あれはかつての裂閃爪鷲の奴らが身に付けていた紋様と似通っていた。まさか閃刺鉄鷲というのは……」
「流石に理解が早いな! そうだ、閃刺鉄鷲は元をたどれば、裂閃爪鷲にルーツを持つ! かつて群狼武風を滅ぼしたもう1つの伝説の傭兵団、裂閃爪鷲になぁ!」
群狼武風を滅ぼした、というところにディアノーラは反応を示す。
「なんだと……!? そんな傭兵団が……!?」
「そうだ! かつて幻魔歴において、群狼武風を上回る最強の傭兵団が存在していたのだ! だというのに、敗者の分際で群狼武風は今の世に英雄として名を残している……! 敗北者が後の世で名誉が回復されているのを見て、お前はどういう気持ちだったんだ!? 惨めさを感じたか!? それとも分不相応な評価がされていて、気持ちよく感じていたか!?」
ルードが何か叫んでいたが、俺は話半分で聞いていた。
しかしそうか。まさか裂閃爪鷲の残党がこんな形で今の世に残っていたとはな。
裂閃爪鷲の雇い主だったノンヴァード王国は一族郎党滅んだし、きっと生き残りたちも大々的に腕を振るう事は難しかったはずだ。魔法の祝福の件といい、王家とかなり距離が近かっただろうしな。
表舞台で活躍するのは難しい、しかし実力は確か。そうやって紆余曲折を経て、暗殺なんて裏稼業を中心にした組織に再編されていったんだろう。
それが今ではエル=グナーデと繋がり、エルクォーツという神秘と、その高い戦闘能力が合わさった訳か。
「姫の前で群狼武風の敗北を知らされた気持ちはどうだ!? この俺はかつてお前たちを滅ぼした……」
「はははは……」
だめだ、思わず笑いが出てしまった。話半分に聞いていたのに、こいつはいちいち俺を笑わせにくるのだ。
「……何がおかしい? 姫の前で恥をかかされ、おかしくなったか?」
「いやいや……道化もここまでくると、滑稽さと哀れさを通り越して何も感じなくなるもんだと思ってな」
「道化だと……?」
闇稼業で食っていくしかない裂閃爪鷲は、かなり落ちぶれたと言っていいだろう。当の本人たちはその高いプライドから、現実を簡単には受け入れられなかったはずだ。
何せかつては大陸の覇者であるノンヴァード王国で、魔法の祝福を受けていたのだから。
俺もあの時代に生きていたから分かる。平民で……それも傭兵で名を上げるというのは、当時からすれば新たな英雄の誕生に等しい行為だった。
さらに貴族にしか授かれない魔法の祝福まで得られたのだ。英雄譚としてはこれ以上ないだろう。
だからこそ闇稼業に落ちた裂閃爪鷲の残党たちは、そのプライドだけは保っていたはずだ。俺たちはかつて、群狼武風を滅ぼしたんだ……などと言ってな。
そういうありもしない過去の栄光を引き継ぎ、閃刺鉄鷲は今日まで自分たちは由緒正しい組織なのだと信じてきたのだろう。
「何も知らない奴は幸せだな。群狼武風はその戦力を十分残した状態で、団長の指示により王都決戦の前に解散していた。ノンヴァードとの最終決戦に付き合ったのは、団長を含む一部の酔狂もんだけだ。そもそも群狼武風が戦場で、裂閃爪鷲に負けた事は1度もねぇ。そして俺は。数々の戦場で裂閃爪鷲の隊長格を討ち、この地でルードをも討った」
「……なに?」
もっとも、あの時のルードはローガとの戦いで深手を負っていたが。
「かつてルードを討ったこの地で、またこうして俺の前にルードと名乗る奴が姿を見せたんだ。これが笑えずにいられるか……?」
まったく。どんな喜劇だよ。演劇の三流作家でも、もう少しましな台本を書くだろう。
しかし裂閃爪鷲の奴らもしつこいな。こうして再び俺たちの前に立ちふさがるというのなら。何度でも叩き潰してやる……!
「お前が俺に……俺たちにとって因縁のある奴だという事は認めてやる。そしてその因縁故に、お前はここで死ぬことになる」
「ふん……お前が何と言おうと、群狼武風など過去の存在。邪魔するというのなら、ただ砕いて進むのみ……!」
ルードの全身が青い輝きで包まれる。全身に強い神秘の気配が満ちている。おそらくは本気なのだろう。
俺も2本の剣を現出させると、それを両手で握って構える。それを見てルードはニヤリと笑った。
「久しぶりに本気を出せそうだな……! ゆくぞ、過去の亡霊よ!」
速い……!
ルードは一瞬で距離を詰めると、流れる様な連撃で拳を突き出してくる。俺はそれを躱しつつ剣を振るうが、ルードは時に刀身の腹に直接触れながらそれを捌いていた。
剣士相手に相当な戦闘経験を積んできているな……!
「かああああ!!」
ルードの動きがさらに速くなる。正直、俺とほぼ同等の動きだ。俺も体術を組み込みながら攻撃するが、互いに直撃は遠い。むしろ。
(完璧に間合いを詰められている……! こいつ、うまいな……!)
相手の武器が何であれ、自分の拳の間合いを維持し、常に全力を出せる位置取りを心掛けてやがる。
この体術技能でまとわりつかれては、剣ではかえってやりづらい……! しかも……!
(こいつの一撃……! 僅かだが黒曜腕駆の防御を抜いてきやがる……!)
腰の入った直撃は受けていないものの、その拳は確かに俺の肉体にまで衝撃が伝播していた。
俺の黒曜腕駆は魔法に対しても高い防御力を誇るが、こういう打撃にはどうしても影響を受ける。体幹もずらされるし、不意の一撃を受けては転ぶこともあるのだ。
だがルードの表情も真剣だ。本気を出しているのは間違いないのだろう。
お互い無駄口を叩く事なく、戦いを続ける。俺も途中から剣を手放し、拳で応対する。
そうして互いに広い空間を十分に使いながら、体術の応酬を繰り返していた。
■
「アデライア様……!」
「ディアノーラ」
ヴェルトとルードの戦いが始まり、ディアノーラはすぐにアデライアの側へと移動した。そしてその赤く腫れた頬に軽く触れる。
腫れはそこまでひどいものではなかったが、アデライアの白い肌ではよく目立っていた。
「申し訳ございません。またしてもこうして御身を危険に晒してしまいました……」
「……いいえ、良いのです。それよりも来てくれて感謝いたします。大聖堂の方は……」
「私はリリアーナ殿の言葉に甘え、アデライア様を追ってきたのです。ここにヴェルト殿も姿を現したという事は、良い方に決着がついたのでしょう」
そうとしか考えられなかった。それにヴェルトがこのタイミング姿を現したという事実。あらかじめ貴族院に、衛士として向かっていたという話は本当なのだろう。
ヴェルトとルードの話は興味深いものではあったが、その2人の戦いはもはやディアノーラの目でも追い切れていなかった。
(ルードの本気は私が思っていたよりも上だった。例え相打ち覚悟であっても、分の悪い賭けになっていただろう)
部屋を縦横無尽に駆け巡り、互いに激突を繰り返している。ディアノーラとてまだ修行中の身だという自覚はあるが、2人の立つ戦いの舞台に上がれる日は遠いと感じていた。
「ヴェルトさまは……優勢、なのですか……?」
「もはや私の目でも分かりません。しかし、負けるという事はないでしょう」
それは確信であった。そもそもルードは本気を出していると分かるが、ヴェルトが本気を出しているのかディアノーラでは分からないのだ。顔が隠れているせいもあるが。
「あ……」
両者が中空で激突する。互いに拳を胴体に当て、そして大きく距離を取っていた。
■
「……正直、ここまでやるとは思わなかったぞ」
「それは俺も同じよ。だがその甲冑。我が拳によるダメージはしっかりと通っているようだな……!」
その通りだ。こと体術において、こいつはこれまで戦ってきた奴の中で最強だろう。伊達に七殺星の頂点を名乗っていないという事だ。
こいつの力にレグザックの未来を見る眼が備わっていたら、厄介さはより増していたに違いない。
「間違いなくかつて俺が戦ったルードより実力は上だ。そこは認めてやるよ」
「ふん……敗者の評など何も響かんな」
まぁ俺が戦ったルードというのは、深手を負ったルードの事なのだが。
しかしそれ抜きにしても、こいつが強敵なのは間違いない。魔法による身体能力強化と同等の強化率と言っていいだろう。
こうして会話にのっている間に、呼吸を整えるつもりなんだろうが……俺にとっても好都合だ。
「まったく。お前の相手がじいさんかロイなら、もうとっくに決着がついていただろうに」
「ほう……お前は黒狼会のボスなのだろう? そのお前よりも、配下の方が強いと?」
「配下というのはちょっと違うな。だが環境によっては、あいつらが俺よりも強いのは確かだ」
「ふん……上に立つ者が最強でなくては、まとまるものもまとまるまい」
どこの暴力組織だ。黒狼会は税金も納めている、きっちりとした商会だ。
だがこいつにそんな事は言うだけ無駄だろう。それに一理ない訳でもない。
「ま、言わんとしている事は分かるぜ。だからよ、俺も日々鍛えている訳だ。商会を運営しながらその片手間に鍛錬を行う苦労なんざ、お前には理解できないだろうな。あいつらもそういう面倒は俺に押し付けてくるし……」
群狼武風で隊長をやっていたからといって、黒狼会でも上に立つ必要はない。だがこれまでの流れでこういう形に落ち着いてしまった。
別に文句はないさ。俺についてきてくれた奴らに、少しでも報いたいという気持ちは本物だからな。
だがそれは鍛錬を怠ける理由にはならない。やっぱり俺自身強くありたいし、何かあった時に自分の意思を貫くには……力がなくてはならないという事くらい、嫌というほど学んできている。だから。
「もう少し温存しておきたかったが……ここでお披露目といこうか」
「なに……」
腰を落とすと、深く息を吸い込む。俺はここで、レグザックとのやり合った時はまだ不完全だった切り札を切る事にした。
「玖天・黒曜腕駆」
全身を再び黒い霧が包み込む。それは普段の黒曜腕駆よりもなお黒い霧だった。
黒曜腕駆の二段発動。リスクはあるが、それに相応しい力を俺に与えてくれる。
「な……」
誰の声かは分からない。だがその声色には驚きの色が強く含まれているのが分かる。
霧から姿を見せた俺は、甲冑の形状が大きく変化していた。レグザックの時とは違い、その変化は一部にとどまらない。
兜は深淵に潜む怪物を思わせるものになっているし、手甲や脚部は攻撃的でとげとげしいデザインになっている。パッと見は黒騎士と言うより怪物だろう。
そしてこれまでの黒曜腕駆は全身が黒かったのに対し、今の姿は黒色と暗い赤色が基調となっていた。
「いくぞ」
「…………っ!!」
これまでの動きを大きく上回る速度、そして膂力。ルードはもはや俺の動きについてこれていなかった。
ルードの防御を強引にこじ開け、無理やり作った隙に容赦なく拳を叩きこんでいく。ルードも何とか反撃の糸口をつかもうと反撃してくるが、もはやその攻撃が俺に届く事はない。
「ふんっ!」
振るわれる拳には正面からこちらも拳をあて、その骨にヒビを入れる。少しでも体勢を崩そうものなら、そこを起点に強撃を振るう。
俺の一撃は確実にルードの勢いを削ぎ、体力を大きく消耗させていた。
「かああああああ!!」
それでも拳を振るえるのは、ルードの強さが本物である証明だろう。
強い意思の力で痛みを無視し、両足で大地に踏ん張り、腰を入れた一撃をなおも俺に放ってくる。しかし俺はその一撃を、左手で受け止めた。
「…………!」
「終わりだ」
掴んだ拳を離さず、そのまま捻りながら引っ張る。そうして体幹を大きく崩したところに、俺は渾身の右拳を突き立てた。
「ぐふぅ……!」
ルードの胴体にめり込んだ拳は、そのまま威力を発散させることなく、無駄なくルードの肉体に衝撃を伝播させていく。
そして俺はさらに一歩踏み込み、ルードを思いきり吹き飛ばした。
巨体が地面に落ち、激しく転がりながら壁にぶつかる。その場でルードが立ち上がる事はなかった。
「ヴェルト殿!」
「ヴェルトさま!」
水晶の光る地下空間を駆けていると、大きな部屋へと行き当たる。そこでディアノーラが大男と戦っていた。
アデライアも無事だし、どうにか追い付けたらしい。時間を稼いでくれたディアノーラには感謝だな。
俺は黒曜腕駆を発動させたまま、部屋の中へと足を踏み入れる。
「ヴェルトだと……! お前が黒狼会のボスにして、過去から時を渡ってきた群狼武風の傭兵か……!」
「そういうお前はルードだな。こんな場所でよりにもよってルードという名前とは……因果なものだな」
ルードは何も武器らしき物を持っていなかった。だが全身はかなり鍛えてあるし、例えエルクォーツが無くても相当な実力を持っているのだろう。
部屋に残る戦闘の痕跡から、剣を持つディアノーラに対し素手で対応していた事が伺える。
その事実だけでも、こいつが油断のならない男だという事は分かる。相手が俺たちでなければだが。
「ヴェルト殿……! 来てくれたか……!」
「悪い、遅くなった。本当なら今日、俺が貴族院に衛士として後から合流しようと思っていたんだが……」
「こうして来てくれたのだ、感謝こそすれ文句などない」
ディアノーラも格上相手によくここまで粘ってくれた。選手交代とばかりに俺は足を前に進める。
「……どうして俺たちが群狼武風だと知っている?」
「総裁とその協力者が調べておったのだ。しかしこの時代に本物の群狼武風と会えるとはな……! この幸運に女神に感謝を捧げたいくらいよ!」
ルードは群狼武風という点に執着めいた感情を覗かせる。気になった俺は問いかけてみた。
「なんだ、群狼武風に憧れでもあるのか?」
「ふ……裂閃爪鷲。お前ならこの名、覚えがあるのではないか?」
「……ほう」
裂閃爪鷲。覚えがあるも何も、俺たち群狼武風が最後に戦った相手だ。
その名がルードという名を持つこいつから出るとは。どうやら偶然ではないらしい。
「改めて名乗らせてもらおうか。俺は閃刺鉄鷲、七殺星の頂点。壊腕のルード。ルードという名は七殺星の頂点が代々襲名する名よ」
「……閃刺鉄鷲の奴らが身に刻んでいる紋様。あれはかつての裂閃爪鷲の奴らが身に付けていた紋様と似通っていた。まさか閃刺鉄鷲というのは……」
「流石に理解が早いな! そうだ、閃刺鉄鷲は元をたどれば、裂閃爪鷲にルーツを持つ! かつて群狼武風を滅ぼしたもう1つの伝説の傭兵団、裂閃爪鷲になぁ!」
群狼武風を滅ぼした、というところにディアノーラは反応を示す。
「なんだと……!? そんな傭兵団が……!?」
「そうだ! かつて幻魔歴において、群狼武風を上回る最強の傭兵団が存在していたのだ! だというのに、敗者の分際で群狼武風は今の世に英雄として名を残している……! 敗北者が後の世で名誉が回復されているのを見て、お前はどういう気持ちだったんだ!? 惨めさを感じたか!? それとも分不相応な評価がされていて、気持ちよく感じていたか!?」
ルードが何か叫んでいたが、俺は話半分で聞いていた。
しかしそうか。まさか裂閃爪鷲の残党がこんな形で今の世に残っていたとはな。
裂閃爪鷲の雇い主だったノンヴァード王国は一族郎党滅んだし、きっと生き残りたちも大々的に腕を振るう事は難しかったはずだ。魔法の祝福の件といい、王家とかなり距離が近かっただろうしな。
表舞台で活躍するのは難しい、しかし実力は確か。そうやって紆余曲折を経て、暗殺なんて裏稼業を中心にした組織に再編されていったんだろう。
それが今ではエル=グナーデと繋がり、エルクォーツという神秘と、その高い戦闘能力が合わさった訳か。
「姫の前で群狼武風の敗北を知らされた気持ちはどうだ!? この俺はかつてお前たちを滅ぼした……」
「はははは……」
だめだ、思わず笑いが出てしまった。話半分に聞いていたのに、こいつはいちいち俺を笑わせにくるのだ。
「……何がおかしい? 姫の前で恥をかかされ、おかしくなったか?」
「いやいや……道化もここまでくると、滑稽さと哀れさを通り越して何も感じなくなるもんだと思ってな」
「道化だと……?」
闇稼業で食っていくしかない裂閃爪鷲は、かなり落ちぶれたと言っていいだろう。当の本人たちはその高いプライドから、現実を簡単には受け入れられなかったはずだ。
何せかつては大陸の覇者であるノンヴァード王国で、魔法の祝福を受けていたのだから。
俺もあの時代に生きていたから分かる。平民で……それも傭兵で名を上げるというのは、当時からすれば新たな英雄の誕生に等しい行為だった。
さらに貴族にしか授かれない魔法の祝福まで得られたのだ。英雄譚としてはこれ以上ないだろう。
だからこそ闇稼業に落ちた裂閃爪鷲の残党たちは、そのプライドだけは保っていたはずだ。俺たちはかつて、群狼武風を滅ぼしたんだ……などと言ってな。
そういうありもしない過去の栄光を引き継ぎ、閃刺鉄鷲は今日まで自分たちは由緒正しい組織なのだと信じてきたのだろう。
「何も知らない奴は幸せだな。群狼武風はその戦力を十分残した状態で、団長の指示により王都決戦の前に解散していた。ノンヴァードとの最終決戦に付き合ったのは、団長を含む一部の酔狂もんだけだ。そもそも群狼武風が戦場で、裂閃爪鷲に負けた事は1度もねぇ。そして俺は。数々の戦場で裂閃爪鷲の隊長格を討ち、この地でルードをも討った」
「……なに?」
もっとも、あの時のルードはローガとの戦いで深手を負っていたが。
「かつてルードを討ったこの地で、またこうして俺の前にルードと名乗る奴が姿を見せたんだ。これが笑えずにいられるか……?」
まったく。どんな喜劇だよ。演劇の三流作家でも、もう少しましな台本を書くだろう。
しかし裂閃爪鷲の奴らもしつこいな。こうして再び俺たちの前に立ちふさがるというのなら。何度でも叩き潰してやる……!
「お前が俺に……俺たちにとって因縁のある奴だという事は認めてやる。そしてその因縁故に、お前はここで死ぬことになる」
「ふん……お前が何と言おうと、群狼武風など過去の存在。邪魔するというのなら、ただ砕いて進むのみ……!」
ルードの全身が青い輝きで包まれる。全身に強い神秘の気配が満ちている。おそらくは本気なのだろう。
俺も2本の剣を現出させると、それを両手で握って構える。それを見てルードはニヤリと笑った。
「久しぶりに本気を出せそうだな……! ゆくぞ、過去の亡霊よ!」
速い……!
ルードは一瞬で距離を詰めると、流れる様な連撃で拳を突き出してくる。俺はそれを躱しつつ剣を振るうが、ルードは時に刀身の腹に直接触れながらそれを捌いていた。
剣士相手に相当な戦闘経験を積んできているな……!
「かああああ!!」
ルードの動きがさらに速くなる。正直、俺とほぼ同等の動きだ。俺も体術を組み込みながら攻撃するが、互いに直撃は遠い。むしろ。
(完璧に間合いを詰められている……! こいつ、うまいな……!)
相手の武器が何であれ、自分の拳の間合いを維持し、常に全力を出せる位置取りを心掛けてやがる。
この体術技能でまとわりつかれては、剣ではかえってやりづらい……! しかも……!
(こいつの一撃……! 僅かだが黒曜腕駆の防御を抜いてきやがる……!)
腰の入った直撃は受けていないものの、その拳は確かに俺の肉体にまで衝撃が伝播していた。
俺の黒曜腕駆は魔法に対しても高い防御力を誇るが、こういう打撃にはどうしても影響を受ける。体幹もずらされるし、不意の一撃を受けては転ぶこともあるのだ。
だがルードの表情も真剣だ。本気を出しているのは間違いないのだろう。
お互い無駄口を叩く事なく、戦いを続ける。俺も途中から剣を手放し、拳で応対する。
そうして互いに広い空間を十分に使いながら、体術の応酬を繰り返していた。
■
「アデライア様……!」
「ディアノーラ」
ヴェルトとルードの戦いが始まり、ディアノーラはすぐにアデライアの側へと移動した。そしてその赤く腫れた頬に軽く触れる。
腫れはそこまでひどいものではなかったが、アデライアの白い肌ではよく目立っていた。
「申し訳ございません。またしてもこうして御身を危険に晒してしまいました……」
「……いいえ、良いのです。それよりも来てくれて感謝いたします。大聖堂の方は……」
「私はリリアーナ殿の言葉に甘え、アデライア様を追ってきたのです。ここにヴェルト殿も姿を現したという事は、良い方に決着がついたのでしょう」
そうとしか考えられなかった。それにヴェルトがこのタイミング姿を現したという事実。あらかじめ貴族院に、衛士として向かっていたという話は本当なのだろう。
ヴェルトとルードの話は興味深いものではあったが、その2人の戦いはもはやディアノーラの目でも追い切れていなかった。
(ルードの本気は私が思っていたよりも上だった。例え相打ち覚悟であっても、分の悪い賭けになっていただろう)
部屋を縦横無尽に駆け巡り、互いに激突を繰り返している。ディアノーラとてまだ修行中の身だという自覚はあるが、2人の立つ戦いの舞台に上がれる日は遠いと感じていた。
「ヴェルトさまは……優勢、なのですか……?」
「もはや私の目でも分かりません。しかし、負けるという事はないでしょう」
それは確信であった。そもそもルードは本気を出していると分かるが、ヴェルトが本気を出しているのかディアノーラでは分からないのだ。顔が隠れているせいもあるが。
「あ……」
両者が中空で激突する。互いに拳を胴体に当て、そして大きく距離を取っていた。
■
「……正直、ここまでやるとは思わなかったぞ」
「それは俺も同じよ。だがその甲冑。我が拳によるダメージはしっかりと通っているようだな……!」
その通りだ。こと体術において、こいつはこれまで戦ってきた奴の中で最強だろう。伊達に七殺星の頂点を名乗っていないという事だ。
こいつの力にレグザックの未来を見る眼が備わっていたら、厄介さはより増していたに違いない。
「間違いなくかつて俺が戦ったルードより実力は上だ。そこは認めてやるよ」
「ふん……敗者の評など何も響かんな」
まぁ俺が戦ったルードというのは、深手を負ったルードの事なのだが。
しかしそれ抜きにしても、こいつが強敵なのは間違いない。魔法による身体能力強化と同等の強化率と言っていいだろう。
こうして会話にのっている間に、呼吸を整えるつもりなんだろうが……俺にとっても好都合だ。
「まったく。お前の相手がじいさんかロイなら、もうとっくに決着がついていただろうに」
「ほう……お前は黒狼会のボスなのだろう? そのお前よりも、配下の方が強いと?」
「配下というのはちょっと違うな。だが環境によっては、あいつらが俺よりも強いのは確かだ」
「ふん……上に立つ者が最強でなくては、まとまるものもまとまるまい」
どこの暴力組織だ。黒狼会は税金も納めている、きっちりとした商会だ。
だがこいつにそんな事は言うだけ無駄だろう。それに一理ない訳でもない。
「ま、言わんとしている事は分かるぜ。だからよ、俺も日々鍛えている訳だ。商会を運営しながらその片手間に鍛錬を行う苦労なんざ、お前には理解できないだろうな。あいつらもそういう面倒は俺に押し付けてくるし……」
群狼武風で隊長をやっていたからといって、黒狼会でも上に立つ必要はない。だがこれまでの流れでこういう形に落ち着いてしまった。
別に文句はないさ。俺についてきてくれた奴らに、少しでも報いたいという気持ちは本物だからな。
だがそれは鍛錬を怠ける理由にはならない。やっぱり俺自身強くありたいし、何かあった時に自分の意思を貫くには……力がなくてはならないという事くらい、嫌というほど学んできている。だから。
「もう少し温存しておきたかったが……ここでお披露目といこうか」
「なに……」
腰を落とすと、深く息を吸い込む。俺はここで、レグザックとのやり合った時はまだ不完全だった切り札を切る事にした。
「玖天・黒曜腕駆」
全身を再び黒い霧が包み込む。それは普段の黒曜腕駆よりもなお黒い霧だった。
黒曜腕駆の二段発動。リスクはあるが、それに相応しい力を俺に与えてくれる。
「な……」
誰の声かは分からない。だがその声色には驚きの色が強く含まれているのが分かる。
霧から姿を見せた俺は、甲冑の形状が大きく変化していた。レグザックの時とは違い、その変化は一部にとどまらない。
兜は深淵に潜む怪物を思わせるものになっているし、手甲や脚部は攻撃的でとげとげしいデザインになっている。パッと見は黒騎士と言うより怪物だろう。
そしてこれまでの黒曜腕駆は全身が黒かったのに対し、今の姿は黒色と暗い赤色が基調となっていた。
「いくぞ」
「…………っ!!」
これまでの動きを大きく上回る速度、そして膂力。ルードはもはや俺の動きについてこれていなかった。
ルードの防御を強引にこじ開け、無理やり作った隙に容赦なく拳を叩きこんでいく。ルードも何とか反撃の糸口をつかもうと反撃してくるが、もはやその攻撃が俺に届く事はない。
「ふんっ!」
振るわれる拳には正面からこちらも拳をあて、その骨にヒビを入れる。少しでも体勢を崩そうものなら、そこを起点に強撃を振るう。
俺の一撃は確実にルードの勢いを削ぎ、体力を大きく消耗させていた。
「かああああああ!!」
それでも拳を振るえるのは、ルードの強さが本物である証明だろう。
強い意思の力で痛みを無視し、両足で大地に踏ん張り、腰を入れた一撃をなおも俺に放ってくる。しかし俺はその一撃を、左手で受け止めた。
「…………!」
「終わりだ」
掴んだ拳を離さず、そのまま捻りながら引っ張る。そうして体幹を大きく崩したところに、俺は渾身の右拳を突き立てた。
「ぐふぅ……!」
ルードの胴体にめり込んだ拳は、そのまま威力を発散させることなく、無駄なくルードの肉体に衝撃を伝播させていく。
そして俺はさらに一歩踏み込み、ルードを思いきり吹き飛ばした。
巨体が地面に落ち、激しく転がりながら壁にぶつかる。その場でルードが立ち上がる事はなかった。
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前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
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※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
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