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第三話 ~秋守と冬夜~
16 (夏歩)
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「グラタンが好きだとも聞いたから、出来合いのものを買ってきたんだ」
話したことのない人から、自分の情報を聞かされる気味の悪さ。一気に頭に血が上って、一瞬で血の気が引く。震えそうになる右手を左手で強く握りしめて、声を絞り出す。
「どうして私のことを知っているの? それに、冬夜からココアを預かったですって? あなたはあの子と知り合いじゃないわよね」
自分で思っているよりも、ずっと怖い顔をしてしまっているのでしょう。全身から醸し出している警戒心を感じ取ったらしく、気まずそうな苦笑いを張り付ける。
「あ……、先に言ってなくてごめんね。実は冬夜さんに会ってきたんだ」
放課後の用事とは、冬夜に会いに行くことだったの? 知り合いでも友達でもない人に会いに行くとは、一体どう言うことなのかしら。
「あの子に何の用があったの?」
「昨日、冬夜さんの気分を害してしまったことを謝りたくて。最初は信用してもらえなかったけど、色々と話をする内に少し打ち解けられて」
打ち解けられたなんて、あり得ないわ。逆算しても、接触したのはたった数時間だけなはず。
冬夜は殴り掛からんばかりの勢いで彼に掴みかかったのよ。ちょっとやそっとの話し合いで和解するとは、到底考えられない。
冬夜のことなら知っている自信があった。なのに、目の前に掲げられた携帯電話の画面には、私の自信を打ち砕く内容が。
「夏歩さんがココアやグラタンが好きだってことも教えてもらったんだ」
メッセージの差出人欄に『冬夜さん』と出ていて、『一つ言い忘れた。ココア好きな夏歩は、グラタンも好きなんだよ』とのメッセージが。短文を目で何度も追い、次第に脳内では冬夜の声で再生される。
嘘でしょ、信じられない。冬夜は誰よりも警戒心の強い人。過去に傷つけられたことが原因で、特に同年代の人とは仲良くしたがらないのに。
「一体……、何の話をしたの?」
あの冬夜が会話に応じる状況を知りたくて問うたものの、返事がない。
どうしたのかしら。そっと横目で盗み見ると、真っ直ぐに私を見つめている温かい瞳。
「俺は、夏歩さんと本当の家族になりたいとの思いを伝えたんだ」
何の音もしない空間。脈打ちすら聞こえないのだけれど、心臓は止まってしまったのかしら。言葉が出ない。頭が真っ白になって何も考えられない。
突然の衝撃告白に呆然としてしまっている私を置いて、彼は優しく微笑みながら言葉を続ける。
「夏歩さんに話してなかったんだけどね? 子供の頃から父さんと二人暮らしで、母親や兄弟に憧れていたんだ。だから、夏歩さんが家族になってくれたことが嬉しかった」
穏やかな声音が二人だけの部屋に響く。徐々に冷えていく指先と、冷静になっていく頭。一人で勝手に心を温かくさせて馬鹿みたい……。
家族になりたいと言ってもらえて、ほんの少しだけでも胸に明かりが差したのは事実なの。だけど、一瞬で真っ暗へと戻ってしまったわ。
だって、おじさんの再婚相手がオバサンで、その連れ子が私だっただけ。他の誰かが兄妹になっていたら、彼の気持ちはその子へと向いているのだから。
「そう。どうせなら、気の合う子と兄妹になりたかったわよね」
冷たく響く、可愛くない発言。だけど言い終える直前で、上書きされて声を飲み込んでしまう。
「結果的に夏歩さんと出会ったけれど、だからと言って誰でも良い訳じゃない。夏歩さんとだから家族になりたいんだ!」
怒りではない熱を帯びた瞳が私を真っ直ぐに見て、負けてしまいそうになる。
どうして胸の奥が狭くなる感覚があるの? 込み上げてくるものを飲み込んで、唇を噛み締める。
今までのオバサンの再婚相手は、私が家に入ることさえ認めてくれなかった。守ってくれるはずの母親には嫌煙されて、どこへ行っても一人ぼっちで。だけどこの人は違う。
優しい感情は受け止め慣れていないのよ……。滲んでいく視界に彼を映すと気付かれたくないことに気付かれそうで、視線を外す。
すると、テーブルに置いたままにしていた煮物の器を見つけて、深く考える間もなくぽつり出た言葉。
「大池さんから聞いた話は、本当だったのね……」
「これ、大池さんが? 聞いたって何を?」
「あなたが『妹が出来て嬉しい、だけど全然話してくれなくて寂しい』と言っていたと」
お隣さんからのお裾分けを見つけて嬉しそうに輝いた瞳は、事実を伝えた途端に驚愕と困惑に変色する。
「へっ!? 大池さんがそんなことを……!?」
静かに頷くと、顔を真っ赤にさせて黙り込んでしまった。
大池さんから聞いた時は、関係を円満にさせるための優しい嘘だと思ったの。だけど、一つ息を吸い込んでから、
「夏歩さんと兄妹になれたのが嬉しいのも、仲良くなれなくて寂しい思いをしたのも、いつか本当の家族になりたいのも! 全部本当だから」
湯気が出そうなくらいな顔色で、その声で聞かされたなら。不思議ね、本当だと信じたいわ。
「今日はうちでご飯を食べようよ。大池さんの煮物は美味しいから、夏歩さんにも食べてもらいたいな」
「え……、いいの?」
家族として認められていない人間が、一緒に食卓を囲むなんて絶対に許されない。着席するのはおろか、並べられた料理に手を伸ばそうものなら、平手打ちが飛んできたものね。
今までの経験から、不安が先に言葉になろうとする。だけど私の気持ちを上書きしてくれたのは、
「もちろん。夏歩さんとなら、いつものご飯だって何倍も美味しいよ」
照れ臭そうで、嬉しそうな笑顔。あぁ。警戒心の強い冬夜が、心を許した理由が少し分かった気がするわ。
家族って何なのかしら。子供の頃から一緒にいた母親は私を邪険にする。この間出会ったばかりの彼は優しい笑顔で受け入れてくれる。
二人とも血の繋がりはないけれど、どうしてこうも違うのかしらね。
「私にもお手伝いさせて」
台所に立って食事の準備をしている背中に声を掛けると、少しだけ振り返った頬にはまだ赤みが残っているのが確認出来る。
「じゃあ、お箸を出してもらえるかな。食器棚のガラス戸のところに入っているんだ」
「分かったわ」
お箸の場所から始まって、これから澄田家のことを知っていけるのかしら。……知っていっていいのかしら?
彼やおじさんが認めてくれたとしても、オバサンがどう言うかしらね。
穏やかな時間は長くは続かない。オバサンが癇癪を起せば、私はまた彼や冬夜とはさよならだもの。
深入りすればするほど、傷付くリスクを背負う。だけど、だけどね。今しばらくは、儚い幸せを抱きしめていたいのよ。
話したことのない人から、自分の情報を聞かされる気味の悪さ。一気に頭に血が上って、一瞬で血の気が引く。震えそうになる右手を左手で強く握りしめて、声を絞り出す。
「どうして私のことを知っているの? それに、冬夜からココアを預かったですって? あなたはあの子と知り合いじゃないわよね」
自分で思っているよりも、ずっと怖い顔をしてしまっているのでしょう。全身から醸し出している警戒心を感じ取ったらしく、気まずそうな苦笑いを張り付ける。
「あ……、先に言ってなくてごめんね。実は冬夜さんに会ってきたんだ」
放課後の用事とは、冬夜に会いに行くことだったの? 知り合いでも友達でもない人に会いに行くとは、一体どう言うことなのかしら。
「あの子に何の用があったの?」
「昨日、冬夜さんの気分を害してしまったことを謝りたくて。最初は信用してもらえなかったけど、色々と話をする内に少し打ち解けられて」
打ち解けられたなんて、あり得ないわ。逆算しても、接触したのはたった数時間だけなはず。
冬夜は殴り掛からんばかりの勢いで彼に掴みかかったのよ。ちょっとやそっとの話し合いで和解するとは、到底考えられない。
冬夜のことなら知っている自信があった。なのに、目の前に掲げられた携帯電話の画面には、私の自信を打ち砕く内容が。
「夏歩さんがココアやグラタンが好きだってことも教えてもらったんだ」
メッセージの差出人欄に『冬夜さん』と出ていて、『一つ言い忘れた。ココア好きな夏歩は、グラタンも好きなんだよ』とのメッセージが。短文を目で何度も追い、次第に脳内では冬夜の声で再生される。
嘘でしょ、信じられない。冬夜は誰よりも警戒心の強い人。過去に傷つけられたことが原因で、特に同年代の人とは仲良くしたがらないのに。
「一体……、何の話をしたの?」
あの冬夜が会話に応じる状況を知りたくて問うたものの、返事がない。
どうしたのかしら。そっと横目で盗み見ると、真っ直ぐに私を見つめている温かい瞳。
「俺は、夏歩さんと本当の家族になりたいとの思いを伝えたんだ」
何の音もしない空間。脈打ちすら聞こえないのだけれど、心臓は止まってしまったのかしら。言葉が出ない。頭が真っ白になって何も考えられない。
突然の衝撃告白に呆然としてしまっている私を置いて、彼は優しく微笑みながら言葉を続ける。
「夏歩さんに話してなかったんだけどね? 子供の頃から父さんと二人暮らしで、母親や兄弟に憧れていたんだ。だから、夏歩さんが家族になってくれたことが嬉しかった」
穏やかな声音が二人だけの部屋に響く。徐々に冷えていく指先と、冷静になっていく頭。一人で勝手に心を温かくさせて馬鹿みたい……。
家族になりたいと言ってもらえて、ほんの少しだけでも胸に明かりが差したのは事実なの。だけど、一瞬で真っ暗へと戻ってしまったわ。
だって、おじさんの再婚相手がオバサンで、その連れ子が私だっただけ。他の誰かが兄妹になっていたら、彼の気持ちはその子へと向いているのだから。
「そう。どうせなら、気の合う子と兄妹になりたかったわよね」
冷たく響く、可愛くない発言。だけど言い終える直前で、上書きされて声を飲み込んでしまう。
「結果的に夏歩さんと出会ったけれど、だからと言って誰でも良い訳じゃない。夏歩さんとだから家族になりたいんだ!」
怒りではない熱を帯びた瞳が私を真っ直ぐに見て、負けてしまいそうになる。
どうして胸の奥が狭くなる感覚があるの? 込み上げてくるものを飲み込んで、唇を噛み締める。
今までのオバサンの再婚相手は、私が家に入ることさえ認めてくれなかった。守ってくれるはずの母親には嫌煙されて、どこへ行っても一人ぼっちで。だけどこの人は違う。
優しい感情は受け止め慣れていないのよ……。滲んでいく視界に彼を映すと気付かれたくないことに気付かれそうで、視線を外す。
すると、テーブルに置いたままにしていた煮物の器を見つけて、深く考える間もなくぽつり出た言葉。
「大池さんから聞いた話は、本当だったのね……」
「これ、大池さんが? 聞いたって何を?」
「あなたが『妹が出来て嬉しい、だけど全然話してくれなくて寂しい』と言っていたと」
お隣さんからのお裾分けを見つけて嬉しそうに輝いた瞳は、事実を伝えた途端に驚愕と困惑に変色する。
「へっ!? 大池さんがそんなことを……!?」
静かに頷くと、顔を真っ赤にさせて黙り込んでしまった。
大池さんから聞いた時は、関係を円満にさせるための優しい嘘だと思ったの。だけど、一つ息を吸い込んでから、
「夏歩さんと兄妹になれたのが嬉しいのも、仲良くなれなくて寂しい思いをしたのも、いつか本当の家族になりたいのも! 全部本当だから」
湯気が出そうなくらいな顔色で、その声で聞かされたなら。不思議ね、本当だと信じたいわ。
「今日はうちでご飯を食べようよ。大池さんの煮物は美味しいから、夏歩さんにも食べてもらいたいな」
「え……、いいの?」
家族として認められていない人間が、一緒に食卓を囲むなんて絶対に許されない。着席するのはおろか、並べられた料理に手を伸ばそうものなら、平手打ちが飛んできたものね。
今までの経験から、不安が先に言葉になろうとする。だけど私の気持ちを上書きしてくれたのは、
「もちろん。夏歩さんとなら、いつものご飯だって何倍も美味しいよ」
照れ臭そうで、嬉しそうな笑顔。あぁ。警戒心の強い冬夜が、心を許した理由が少し分かった気がするわ。
家族って何なのかしら。子供の頃から一緒にいた母親は私を邪険にする。この間出会ったばかりの彼は優しい笑顔で受け入れてくれる。
二人とも血の繋がりはないけれど、どうしてこうも違うのかしらね。
「私にもお手伝いさせて」
台所に立って食事の準備をしている背中に声を掛けると、少しだけ振り返った頬にはまだ赤みが残っているのが確認出来る。
「じゃあ、お箸を出してもらえるかな。食器棚のガラス戸のところに入っているんだ」
「分かったわ」
お箸の場所から始まって、これから澄田家のことを知っていけるのかしら。……知っていっていいのかしら?
彼やおじさんが認めてくれたとしても、オバサンがどう言うかしらね。
穏やかな時間は長くは続かない。オバサンが癇癪を起せば、私はまた彼や冬夜とはさよならだもの。
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