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第一話 ~前途多難な初めまして~
05 (秋守)
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「久し振りの外食だからって食べ過ぎたかなぁ」
パンパンに張っている腹部を撫でながら、ベッドへと腰掛けて一つ大きく息を吐き出す。
新たな家族との食事会と言うことで、普段なら行かないようなちょっとランクの高い洋食屋に行ったんだ。
よく知らない人と一緒の食事に緊張したけれど、まみさんの達者なお喋りのおかげで時間は和やかに過ぎて行った。
お酒が入ってより陽気に明るい声をあげる新しい奥さんを見つめる、父さんの優しい瞳。
あぁ、これから本当に『家族』になっていくんだなと思えて、俺まで心が柔らかくなったのを自覚したっけ。
ただ……、四人用のテーブル席が不自然に一つ欠けていたことが無性に寂しくて。前に座った父さん、その隣には今日から母となる人。そして、本来なら俺の隣には妹となる人がいたはずなのに。
無音な部屋の中、不意に蘇った数時間前の彼女の言葉。
『私はこの家の者になるつもりはないわ。だから、一緒に食事なんてしない』
もしかしたら、夏歩さんは親の再婚に賛成していなかったんだろうか。だからこそ澄田家の一員になるつもりはないと言ったのかな。
まだ記憶に残るほど会話をしていないと言うのに印象が強かったのか、目を瞑るとあの子の姿が見えてくる。
妙に鋭い目付き、真っ直ぐに引き結ばれた口元。そして、他人に近寄りがたいと思わせる雰囲気を纏っていた。
……だけど、何かが違う。何が違うんだと言われると分からないけれど、彼女が宿している感情は怒りや戸惑いだけじゃない気がするんだ。
部屋の窓から見上げた空は夕方の赤さを通り過ぎて、夜と呼ぶに相応しい色に染まりきっている。道には一つの人影も無くて、この家へ戻って来る様子も無さそうだ。
「夏歩、さん……」
ぽつりと零れた名前。まだまだ呼び慣れない人を表す音。
引っ越して来たばかりの土地で左右も分からないだろうに、あなたはどこへ行ってしまったんだろう?
俺のことが気に喰わなかったのなら、それはそれで仕方が無い。
……いや、実際は仲良くしたいと願っているけれど。どこか未練がましいような心境は置いておいて、心配なので帰って来て欲しい。
そんな風に独りよがりの想いを募らせている俺に反して、まみさんは全く気にしていない様子。
なんせ、今や夜のリラックスタイムとばかりに父さんと二人でソファに腰掛けて、テレビを見ながら再びお酒を飲んでいるくらいだし。
一人娘が新しい家から飛び出してしまったんだから、普通なら誰よりも気に掛けるものじゃないのかなぁ。
……よし。もやもやを拭うためにも、鬱陶しがられるのを覚悟で自分から動いてみよう。
階段を下りると徐々にはっきりと聞こえてくるのは二人の笑い声。一緒にテレビを見ながら、好きな人と笑い合えるのはきっと至福の時間なんだろうな。
それを切り裂くのは申し訳ないとは思いつつも、携帯を片手にお邪魔しよう。
「あのー、父さん」
「ん? どうした?」
「夏歩さんがまだ帰って来てないんだ。電話番号を教えてくれたら連絡してみるけど」
言いながら通信手段を右手に掲げたものの、それを遮ったのはチューハイの缶を持ったままのまみさんの言葉だった。
「あー、友達がいないから必要無いってことで、あの子には携帯は持たせてないの」
「え? あ、そうなんだ……」
皆が皆、必ずしも携帯を持っているとは限らない。そんなことは分かっている。
それでも同い年のクラスメイト達は当たり前のように所持しているものだから、彼女も持っていると信じて疑わなかったんだ。
だけどなぁ……、どうしようか。連絡手段が無いとすれば、どこで何をしているかも掴めない。
馴染みの無い街中を宛も無く彷徨っている姿を想像したのが分かったのか、
「あっくーん、そんな不安げな顔をしないでぇ? この街には前も住んでいたことがあるから、きっとその時の友達の所に行ったんだと思うわ」
と、ほろ酔い気分でへらっと笑ったまみさん。
本当に知り合いの所へ行っているのなら別に良いんだ。心休まる場所を知っているのなら、それで良い。
ただ一つ引っ掛かること。それは、今の言葉の矛盾について。
夏歩さんが携帯を持っていないのは、連絡を取る友達がいないからと言った。なのに、友達の元へ行ったから安心しろと言う。……友達はいるのか、いないのか?
一人娘のことを何ら気に掛けていない様子の母。そして娘の方は母を『あの人』と呼んでいた。
この後味の悪さは何だろう。まみさんと夏歩さんは仲が悪いのかな?
ラブラブしている二人にいくら声を掛けても、これ以上有力な情報は得られないだろうと判断して自室へと戻る。
ミシミシと音を立てる階段。その乾いた音が、俺の心と若干共鳴していて。
電気もつけずに入った部屋は真っ暗で、隣の部屋からは何の音もしない。
今日から部屋の主となるはずだった夏歩さんがどこかへ行っているんだから、無音なのは当たり前なんだけど。
「はぁー……。何だか、なぁ」
最初から仲良くなれないのは百歩譲ったとしても、ここまで徹底的に気持ちのすれ違いを思い知らされると辛いものがある。
ぎこちないながらも笑顔を見せ合い、高校についてのあれこれについて話せると思っていたんだけどな。
ぼんやりと光る携帯の液晶の明かりが優しく感じ、同時に連絡を取る手段は無いとの事実を突き付けられて、余計に空しくなる。
一階から聞こえるテレビの音と、父さん達の笑い声。いつか一家団欒として、夏歩さんと共に両親との時間を過ごせるようになるんだろうか。
さっきと同じように窓から見える夜空に呟いてみるけれど、それは何の意味もなさない独り言。
「夏歩さん、あなたは今どこにいるの……?」
パンパンに張っている腹部を撫でながら、ベッドへと腰掛けて一つ大きく息を吐き出す。
新たな家族との食事会と言うことで、普段なら行かないようなちょっとランクの高い洋食屋に行ったんだ。
よく知らない人と一緒の食事に緊張したけれど、まみさんの達者なお喋りのおかげで時間は和やかに過ぎて行った。
お酒が入ってより陽気に明るい声をあげる新しい奥さんを見つめる、父さんの優しい瞳。
あぁ、これから本当に『家族』になっていくんだなと思えて、俺まで心が柔らかくなったのを自覚したっけ。
ただ……、四人用のテーブル席が不自然に一つ欠けていたことが無性に寂しくて。前に座った父さん、その隣には今日から母となる人。そして、本来なら俺の隣には妹となる人がいたはずなのに。
無音な部屋の中、不意に蘇った数時間前の彼女の言葉。
『私はこの家の者になるつもりはないわ。だから、一緒に食事なんてしない』
もしかしたら、夏歩さんは親の再婚に賛成していなかったんだろうか。だからこそ澄田家の一員になるつもりはないと言ったのかな。
まだ記憶に残るほど会話をしていないと言うのに印象が強かったのか、目を瞑るとあの子の姿が見えてくる。
妙に鋭い目付き、真っ直ぐに引き結ばれた口元。そして、他人に近寄りがたいと思わせる雰囲気を纏っていた。
……だけど、何かが違う。何が違うんだと言われると分からないけれど、彼女が宿している感情は怒りや戸惑いだけじゃない気がするんだ。
部屋の窓から見上げた空は夕方の赤さを通り過ぎて、夜と呼ぶに相応しい色に染まりきっている。道には一つの人影も無くて、この家へ戻って来る様子も無さそうだ。
「夏歩、さん……」
ぽつりと零れた名前。まだまだ呼び慣れない人を表す音。
引っ越して来たばかりの土地で左右も分からないだろうに、あなたはどこへ行ってしまったんだろう?
俺のことが気に喰わなかったのなら、それはそれで仕方が無い。
……いや、実際は仲良くしたいと願っているけれど。どこか未練がましいような心境は置いておいて、心配なので帰って来て欲しい。
そんな風に独りよがりの想いを募らせている俺に反して、まみさんは全く気にしていない様子。
なんせ、今や夜のリラックスタイムとばかりに父さんと二人でソファに腰掛けて、テレビを見ながら再びお酒を飲んでいるくらいだし。
一人娘が新しい家から飛び出してしまったんだから、普通なら誰よりも気に掛けるものじゃないのかなぁ。
……よし。もやもやを拭うためにも、鬱陶しがられるのを覚悟で自分から動いてみよう。
階段を下りると徐々にはっきりと聞こえてくるのは二人の笑い声。一緒にテレビを見ながら、好きな人と笑い合えるのはきっと至福の時間なんだろうな。
それを切り裂くのは申し訳ないとは思いつつも、携帯を片手にお邪魔しよう。
「あのー、父さん」
「ん? どうした?」
「夏歩さんがまだ帰って来てないんだ。電話番号を教えてくれたら連絡してみるけど」
言いながら通信手段を右手に掲げたものの、それを遮ったのはチューハイの缶を持ったままのまみさんの言葉だった。
「あー、友達がいないから必要無いってことで、あの子には携帯は持たせてないの」
「え? あ、そうなんだ……」
皆が皆、必ずしも携帯を持っているとは限らない。そんなことは分かっている。
それでも同い年のクラスメイト達は当たり前のように所持しているものだから、彼女も持っていると信じて疑わなかったんだ。
だけどなぁ……、どうしようか。連絡手段が無いとすれば、どこで何をしているかも掴めない。
馴染みの無い街中を宛も無く彷徨っている姿を想像したのが分かったのか、
「あっくーん、そんな不安げな顔をしないでぇ? この街には前も住んでいたことがあるから、きっとその時の友達の所に行ったんだと思うわ」
と、ほろ酔い気分でへらっと笑ったまみさん。
本当に知り合いの所へ行っているのなら別に良いんだ。心休まる場所を知っているのなら、それで良い。
ただ一つ引っ掛かること。それは、今の言葉の矛盾について。
夏歩さんが携帯を持っていないのは、連絡を取る友達がいないからと言った。なのに、友達の元へ行ったから安心しろと言う。……友達はいるのか、いないのか?
一人娘のことを何ら気に掛けていない様子の母。そして娘の方は母を『あの人』と呼んでいた。
この後味の悪さは何だろう。まみさんと夏歩さんは仲が悪いのかな?
ラブラブしている二人にいくら声を掛けても、これ以上有力な情報は得られないだろうと判断して自室へと戻る。
ミシミシと音を立てる階段。その乾いた音が、俺の心と若干共鳴していて。
電気もつけずに入った部屋は真っ暗で、隣の部屋からは何の音もしない。
今日から部屋の主となるはずだった夏歩さんがどこかへ行っているんだから、無音なのは当たり前なんだけど。
「はぁー……。何だか、なぁ」
最初から仲良くなれないのは百歩譲ったとしても、ここまで徹底的に気持ちのすれ違いを思い知らされると辛いものがある。
ぎこちないながらも笑顔を見せ合い、高校についてのあれこれについて話せると思っていたんだけどな。
ぼんやりと光る携帯の液晶の明かりが優しく感じ、同時に連絡を取る手段は無いとの事実を突き付けられて、余計に空しくなる。
一階から聞こえるテレビの音と、父さん達の笑い声。いつか一家団欒として、夏歩さんと共に両親との時間を過ごせるようになるんだろうか。
さっきと同じように窓から見える夜空に呟いてみるけれど、それは何の意味もなさない独り言。
「夏歩さん、あなたは今どこにいるの……?」
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