キ・セ・*

朱音

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第三話 ~秋守と冬夜~

05 (秋守)

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 呆気無く散った勇気を持て余しながら、迎えた一限目。
 左手で頬杖をつきながら授業を聞いているふりをしているのは、夏歩さんが初めて登校してきた日と同じだな。
 あの時、何気無く書いてみた単語が並ぶノートのページを開いてみる。すると、『北原』の名前と目が合った。
 きっと、北原なる人物が例の男性だと思うんだよ。クラスメイトの女子達曰く、中学は新森第三中で、学年一の嫌われ者だっけ。春平もチャラい男だと称していたな。
 行動してもいない内から諦めに辿り着くのは、悪い癖だと自覚しているけれど……俺とは正反対のタイプっぽいな。うん、仲良くなれる人じゃない気がしてきた。
 ちらっと窓際の方向に目を向けると、授業と関係の無いことばかり考えている俺とは違って、教科書に向き合っている彼女が映る。
 ねぇ、あなたはどんな世界を見ているの? 一体何が好きで、何が苦手で、どう言ったことを楽しいと感じて、どんな話をするの?
 知りたい。知りたい気持ちが強まって、もう止められなくなる。
 しつこく声を掛けても、何も話してくれないだろうな。歩み寄りを期待出来ないのなら、俺から近寄るしかないよ。
 家族になって一か月ほどが経って、何度も話し掛けているけれどまともに相手にしてもらえたことは無い。
 いっそのこと強硬手段にでも出ない限り、今後もこの関係がだらだらと続くだけ。
 このままでいいのか? そう自分に問いかけると、間髪入れずに「嫌だ。進展が欲しい」と返って来た。
 ……よし、決めた。彼女の交友関係を知りたいし、放課後に後をつけてみよう! 春平に尾行が出来たんだから、きっと俺にだって出来るはずだ。
 決意を固めた拍子に、力み過ぎて折れてしまったシャーペンの芯。
 普段なら平々凡々な道を行くのに、俺らしくないよなぁ。自分らしさを自然と押しのけてまで、夏歩さんには近付きたいと思えるから不思議だよ。

 一限目に企てた計画を頭の中でシミュレーションし、その後の授業でもずっと作戦を練り続けた。
 まず、尾行するにあたって変装はしないこと。そもそも変装グッズなんて持っていないし。
 気付かれないように数メートル離れること。万が一気付かれた場合、俺もこっちの方向に用事があったんだと演技すること。……冷や汗をかかずに演技出来るか不安だけど。
 ようやく待ち望んだ六限目終了のチャイムの音を迎えられた途端、落ち着きの無い子供のようにそわそわしてしまう。
「以上で連絡事項は終わりだ。じゃあ、また明日。気を付けて帰れよー」
 ホームルームで告げられたはずの連絡事項など全く耳に入らなかった。
 先生の言葉で下校を許されたと同時に席を立ち、さぁ、いざ決行の時! と思ったのに。
「なぁなぁ、秋の家に行っていいか? この間のゲームの続きをしようぜ」
「悪い! 用事があるんだよ」
 抜群のタイミングで目の前に立ち塞がった幼馴染は、ゲームで例えると中ボスと言ったところか。もう少しで目的を果たせるところまで来たのに、それを邪魔する存在のようだ。
 中ボス、じゃなかった。春平をあしらいながら、早くも教室から出て行った小さな背中を横目で捉える。
 心の中で「ちょっと待って。忘れ物でもして足を止めてくれ」と願っても、ついに視界に映らない場所へと姿を消してしまった。
「えぇー。てっきり遊べると思い込んでたのにな。どこかのスーパーが安売りなのか? それとも掃除か?」
「ちがっ……! いや、まぁ、そう言うことにしておいてくれ」
 焦っている頭でも、のんびりした声音で言われた事柄に喰いついてしまう。用事があると言えば、全て主夫活動が絡んでいると思い込みやがって。
 俺だっていつも主夫してるんじゃないんだ! お前と同い年の男子高生なんだぞ!? と言いたいものの、そうは言えない。実際に家事に追われることが多いしな……。
 だけど「夏歩さんの友達に会ってみたいから、尾行するんだ」なんて正直に話すと? こいつの性格上、面白がって絶対に同行したがるはず。そうなると面倒臭いしうるさい。
 だから物凄く悔しいけれど、主夫として忙しいんだと言うことにしておこう。あぁ、でもやっぱり悔しい。

 女の子の歩幅だし、まだ校内のどこかにいるはず。いや、もう校門を出たかな。
 とにかく気ばかりが焦って廊下を小走りで進んでいた時、目の前にジャージ姿の背中を見つけた。
 ふと嫌な予感がして速度を緩めたんだけど、気配を感じ取ったらしい担任は振り返って案の定雑用を押し付けてくるんだ。
「あ、澄田。ちょうどいいところに来たな。一つ頼まれてくれないか」
「何回も言いますけど、学級委員に言って下さいって!」
 春平が中ボスなら、笹木先生はラスボスだ。戦闘を回避しようとしても、見逃してはくれない。
「どうせ図書室前を通って帰るんだろうが。ほれ、このプリントの束を運んでくれ」
「あぁーっ、もう!」
「何を苛ついてるんだよ。あれか、トイレに行きたいのか?」
「違いますよ! このままじゃ夏歩さんを……!」
 完全に見失ってしまう、と言い掛けたものの焦燥感と苛つきで言葉は消えていく。けれど、口に出した名前を聞き逃さなかったらしい。
「妹に関することで焦ってるのか? そうなら早く言えよ。ほらほら、さっさと帰れ」
「はい、さようならーっ!」
 嘘だろ、本当に? まさか、ラスボスが仕掛けてくる災いから逃れられると思っていなかったな。
 薄々感じてはいたけれど、笹木先生は夏歩さんと俺が仲良くないことを気に掛けてくれているようだ。
 見守ってくれているのは嬉しいし頼もしいけれど、俺を見つけるとすぐに雑用を頼んでくるのは遠慮したいよなぁ……。
 これからも夏歩さんの件で用事があると言えば、難を逃れられるかな? なんて。
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