泥々の川

杵柄

久美子とジローは例のスタジオまで来た。


「やっぱりここなんじゃねえか。」


「そうかなあ。」


「ほら、出待ちの子達が何人か立ってんだろ？

ここで声かけられたんじゃねえか」


「でも、恭子はそういうのに着いて行くような子じゃないし…」


「ヤクザかなんかは知らねえけど、上手い事言ってたぶらかせる奴らは山ほどいる。

恭子ちゃんも多分、そうやって騙されたんじゃないだろうか。」


「そうね…」


二人はスタジオの前で小声で話をしていたが、ジローは何かを思い出したかのように目を見開いた。


「久美子、ちょっと電話かけてくるわ。」

ジローはそう言うと、少し離れたところにある電話ボックスに入っていった。

久美子はその様子を見つめていたが、しばらくすると、ジローが出てきて、久美子に頷いて見せた。


「どうしたの？」


「ちょっと知り合いに電話したんだよ。
スタジオの前で待ってようぜ。」


ジローは、久美子の手を引き、スタジオの方にまた戻った。


二人はガードマンに変な目で見られながらも、気にせずにスタジオの入り口で待っていると、奥から一人の中年男性が出てきた。


「あっ…」

その顔は久美子も知っていた。


「横ちゃん、済まんなあ。
急に呼び出しちゃって。」


「いやいや、全然。

ところで、どうしたんです？」


「ちょっと、近くまで来たもんで、中に入れて欲しくてな。」


「なんだ、そんな事でしたか。

ん…

友谷久美子さん？」


「横田さん、ご無沙汰しています。」


「あら、久しぶりじゃない。
どうしたの？

大阪に帰ったんじゃなかったっけ？」


「ええ。
そうなんですけど…」


「まあ、そうなんだよ。
久美子も引退して大阪で暮らしてたんだけど、久しぶりに上京してきててな。」

ジローがすかさずフォローした。


「なるほど。

とりあえず、中にどうぞ」


横田はガードマンに言い、二人をスタジオの中に入れた。


中に入ると、三人はエレベーターに乗った。

ジローは横田に対し

「今日は八尾君はいるの？」

と、質問した。


「ええ。いますよ。
四階の第二スタジオで、この後収録がありますので。」

横田が答えると、その会話を聞いた久美子は、ハッとしたような顔になった。


ジローがなぜ、スタジオの中に入れて欲しいと言ったか、その意味をようやく理解したのである。