泥々の川

火の手

喫茶店にやってきた小谷は、店内を見回すと、いちばん奥にいた人物に気付き、無表情で歩み寄っていった。


「あ、久しぶり…」


先に来ていた男は、小谷の顔を見て、弱々しく笑った。


「ホットで。」


小谷はウェイトレスに注文すると、周りを気にしながら、正面を見た。


「おい、洸平

どういうつもりだよ！」


「いや、それは…」


「お前とは四年前に切れてるんだ。

今さら呼び出されても迷惑なんだよ。」


「スマン…

だけど…

お前も見ただろ？

例の番組を」


「金曜スペシャルか。

ああ、見たよ。」



「ヤベェんだよ。

あのときの大阪の女を、ニューハーフタレントのヤツが探してて、透視してもらったんだ。」


「そりゃ、そうだろ。
行方不明事件を解決するって番組じゃねえか。」


「あの時の女、まだ生きてるんだよ。」


「知らねえよ、そんなの。

お前がやった事だし、生きてようが死んでようが、俺の知ったことじゃねえ。」


「ああっ！
あの時、なんで始末するように頼まなかったんだろ…
金さえ積めばやってくれたはずなのに。」

洸平は頭を抱えて、肩を落とした。


「それで、女はどこにいるんだ？」


「わからない。
怖くて詳しくは聞いてない。

でも、あの番組を見て、慌てて梁川さんに聞いたら、まだ生かしてるって…」


「じゃあ、足がつくのも時間の問題だな。

気の毒だけど、自業自得だし、俺には関係ねえ。」


「おい、ちょっと待ってくれよ！」


洸平が、小谷にむかって手を伸ばしたところで、コーヒーが運ばれてきた為、その手を引っ込めた。

ウェイトレスが離れると、洸平は小谷に顔を近づけ、言った。


「お前、関係ないなんて言わせねえぞ。

あのとき、お前もあの女を誘い出すのに協力したんだ。
お前も共犯だからな。」


「ざけんなよ、テメー

たしかにナンパの手伝いはしたが、誰もシャブ漬けにして廃人にしろなんて言ってねえ。
全部お前がやった事だ。
それを、何が共犯だあ？

いいぜ、だったら俺、これから警察に行って、当時のこと洗いざらい話してくるよ。
果たして、俺を共犯と見るのかどうか、楽しみにしておけよ。」


「待ってくれ、俺が言い過ぎた…

お前をここに呼んだのは、協力をしてほしいんじゃない。
後始末については、親父と梁川さんに頼むつもりだ。

お前は、とにかく何も見てない、何も知らないというスタンスでいてくれ。
それを頼みたかっただけだ。」


「ああ、わかったよ。
こっちも去年結婚して、嫁さんの腹ん中には子供もいるんだ。

つまらない事でささやかな幸せを壊されたくねえし。

俺は何も知らない。何も見てない。
今日、お前とも会っていない。

これでいいな？」

小谷がそう言うと、洸平は頭を下げ、震える手で水を飲んだ。