泥々の川

鹿島洸平

「鹿島課長」

事務の緋村佳苗が、外出先から社に戻ってきた洸平に声をかけた。


「えっ、どうした？」


「社長がお呼びです。
帰ってきたらすぐに社長室に来るように言われております。」



「わかった。荷物を置いたら行くよ。
ありがとう」


洸平は笑みを浮かべて自分の席に戻っていった。


鹿島洸平は、初台建設の創業家で、現代表取締役社長の鹿島弘蔵の一人息子であり、次の社長の座も彼でほぼ決定していた。

だが、洸平はそれを鼻にかけることもなく、皆に対等な口調で話しかけるため、女子社員からの人気も非常に高かった。

爽やかな外見と優しく温厚な性格、そして地位もある。
これで好きにならない方がおかしい。

だが、言い寄ってくる女性にはあまり興味がないようで、自分が気に入った相手を口説き落とすことに生き甲斐を感じているようだった。


志穂は、まさにその通りの女性で、洸平の方から猛アタックをして、交際に発展した。
しかし、志穂は身持ちが固く、結婚するまでは深い仲になることを拒み、洸平をイラつかせた。

結果、新宿龍神会を通じて手に入れた覚醒剤を使って、なんとか堕とす事に成功したが、恭子のときのトラウマもあり、一夜のみで解放し、現在に至る。


洸平は社長室のドアをノックし、緊張した面持ちで入室した。

部屋には、父親の弘蔵と、その対面に見知らぬ男が二人並んで、ソファに腰掛けていた。


「洸平、ここに座りなさい。」


構造が言うと、洸平は頷き、恐る恐る父の隣に座った。


「お前は初めてだったな。
このお二人に会うのは」


「はい。」



「こちらが新宿署の署長の村田さん。

そして、こちらが新宿龍神会会長の鮫島さんだ。」


洸平は、警察とヤクザが同席している事に、先ずは驚き、二人共の人相が極端に悪い事に二度目の驚きを見せた。


「坊ちゃん

ウチの梁川がご贔屓になってるようで。
ありがとうございます。」

鮫島は、その人相に似合わぬ優しげな言い方で洸平に語りかけた。


「いえ、こちらがお世話になりっぱなしで…」


洸平はしどろもどろになりながらも、なんとか鮫島に礼を述べた。


「洸平
お前の尻拭いばっかりやらされて、村田さんも鮫島さんも大変迷惑されてるんだ。

わかってるのか？お前は」


「すいません…」


「それに関連する事でな、村田さんからお話があるから、よく聞け。お願いします。」

弘蔵に振られると、村田は頷き、身を少し乗り出した。


「坊ちゃん、少々マズイ事になってましてね。

例の佐野恭子の件で、ここのところ彼女を探していた連中が本人に接触しました。」


「えっ！」


村田の言葉に、洸平は顔を上げ、大きな声を出した。