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第二十話

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「ゲェッ……雨が降ってきやがったじゃねぇか」

 一通り反応があった浅瀬の魔物を討伐し終えた俺は、紐を巻き付けている最中に降り始めた雨を見て思わず顔を顰めてしまった。
 実のところ、こんな世界に来てから初めての雨である。

 【隠者の外套】のフードがあるとはいえ、傘もない状況だ。あまり濡れたままというのも好ましいものではない。

「こりゃもうすぐ本降りになるなぁ……」

 しとしとと外套の表面を打つ雨が少しずつではあるが強くなっていることが感じ取れる。
 恐らくだがもう後少しでも時間が経てば土砂降りになるかもしれない。

 すっかり雨雲で覆われてしまっているためわからないが、時間的にはもう指定されていたころ合いだろう。魔物のほとんどは俺が討伐してしまったし、時間的にもペティさんに逆転の可能性はないだろう。これで冒険者仲間ゲットだぜ。

 ピッピカ○ュー、と何気なしに一人で行ってみるが、言っててむなしくなるだけだったので一人作業に戻る。

 向こうのギルドの冒険者たちが後ほど回収してくれると言ってくれてはいたが、もう俺も引き上げるためいくらかは自分で持って行った方が彼女たちも楽だろう。
 保管庫が使えればよかったのだが、森から出た途端ベルティゴさんやイコッタさんをはじめとした大勢の冒険者が待ち構えているのだ。そこまでのリスクを冒すことはできない。

 それに俺の筋力のステータスが高いこともあり、マーダーボアをはじめとした魔物を担いで歩けることは商人会館のニーベさんも知るところだ。力持ちなんですねぇ、と呑気なニーベさんもニーベさんだが、それで納得できるならそれでいい。

 よいしょと紐を巻き付けた死屍累々と化した魔物を一気に担ぎ上げ、そのまま駆け足で森の外を目指す。

 途中ここまでの魔物の回収にあたっていた鉄級中心の冒険者たちにあり得ないものを見たかのような目で見られたが、まぁそこまで気にすることはないだろう。

 そんな彼女ら冒険者とすれ違ってから更に暫くかけていると、漸く森の出入り口へと戻ってこれた。
 遠目から何かソワソワしているイコッタさんが見えたのだが、その段階であちらも俺が見えたらしい。いつものキリッとした表情とは違って、嬉しそうな様子で俺を出迎えてくれた。

「ニオウ! 戻ったか! はぁ……お前なら大丈夫だとは思っていたんだが、こうして帰ってきたのを見るとなんだかホッとするよ……」

 それはようござんした、と軽く頷いてから魔物がまとめられている場所に担いできた魔物を積んでいく。
 どうやら、俺とペティさんの討伐した魔物で分けているそうなのだが、俺が山に対してペティさんのそれはこじんまりとした丘だった。
 誰が見ても、その差は明らかだろう。

「イコッタが期待しているから相当なのだろうと思っていたが……これは想像以上だったな……」

 そんな山と丘を比べていたのは俺だけではなかったらしく、いつの間にか隣に佇んでいたベルティゴさんは俺の築いた山を見上げて感心したような声を零していた。

「ふむ……『スキル持ちギフテッド』のペティがこれだけ差をつけられるということは……君は魔力を持って生まれたか、あるいはスキル持ちギフテッド……いや、これだけの実力ならむしろスキル持ちギフテッドなんだろう」

「……」

 何か隣で探るようなことを喋り始めたが、そもそも話せない上にそんなことを教えるつもりもないため総スルーである。
 しかしペティさんは何かのスキルを持っている、というのは新情報である。いったいどんなスキルを持っているのかは大変興味があるのだが、そういった情報は俺のようにあまり教えたがらないものなのだろう。

 故に、同じギルドの仲間として仲良くなれたら聞いてみることにしよう。仲間にはそう言ったことも話してくれるかもしれないしね。

「しかし、ペティの奴遅いな……空が見えないとはいえ、あいつも一流の冒険者だ。もう指定の時間を過ぎていることくらいわかっていそうなはずなんだが……」

「?」

 え、ペティさんまだ戻ってきてないの? と辺りを見回してみたが、確かに彼女の姿はどこにも見当たらなかった。今森から帰ってきたのも先ほど俺が出会った回収班の冒険者たちで、それ以降森から誰かが返ってくる様子は見受けられない。

 もう狩れる魔物も俺がだいたい狩りつくしたし雨も降り始めている。諦めて戻っているものだと考えていたんだが……どうやらそうではなかったようだ。

「ベルティゴさん。どうします? 時間も時間ですし、ペティの奴を連れ戻しに行った方がいいんじゃ……」

「そうだな……どこにいるのか、もう戻ってきている途中なのかもわからない以上は……っ!?」

 ――GGGYYYAAAAAAAAAAAA!!!!!

 今日回収班についてきていたであろう、銀のプレートを首から下げた女性の言葉に頷いて見せたベルティゴさん。
 しかしそんな彼女の表情は、途中で森の方から響いた何ものかの咆哮によって一気に張り詰めたものへと変貌する。

「今のは……!!」

「全員、急いで街へ戻れ!! すぐにだ! ネイラ、お前は鉄級たちを連れて一緒に街へ急げ!!」

 逼迫した様子でそう叫んだベルティゴさんは、それだけ言い残すと傍に立てかけていた身の丈ほどもある大剣を担いで森の中へと飛び込んでいく。
 急な出来事に困惑するしかなかった俺だったが、「何があった!?」と駆けつけてきたイコッタさんが残されていた銀級の冒険者であるネイラさんに詰め寄った。

「定かではありませんが、深部の……それもかなり強力な魔物が出てきたものかと思われます。ペティの奴もそれと接触した可能性も」

「深部!? ならさっきの咆哮は……」

「恐らく深部の……いえ、すみません。あの咆哮は私も……ベルティゴさんも知っているのです」

 彼女はないかを思い出すように、その続きを答えた。

「あれはケルベロス。以前の魔物の大量発生の際に現れたオルトロスの突然変異種。あの咆哮を間近で聞いたことのある私たちが聞き間違うはずがないんです」


 いつの間にか土砂降りになった雨の中、彼女は努めて冷静にそう言うのだった。
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