21 / 27
第二十一話
しおりを挟む
「ハァッ……!! ハァッ……!! クゥッ……!?」
後ろから襲い掛かる必殺の爪を、間一髪前へと転がって避ける。
雨と土で泥だらけになりながらも、体勢を立て直してすぐに起き上がれるのは流石銀級の冒険者と呼べるだろう。
「このっ……!!」
その際に矢筒から矢を引き抜き足を止めずに振り返ったペティは、自身に向けて今まさに襲い掛かろうとしていた頭の一つに向けて弓を構える。
彼我の差は数メートルもない。
狙いを定めずとも、この距離であれば射貫くことは容易。しかしその瞳に向けて射られた矢は、ケルベロスが三つの頭ごとひねってみせると分厚い毛皮に遮られてしまう。
その毛皮でさえ、傷らしい傷を覆ったようには見えなかった。
「クソッ……! 攻撃が通じねぇ……!」
木と木の間を縫うように、時には急に進行方向を変えながら、あるいは屋で牽制を挟みながら。
当然これだけではすでに腹の中という結末になってしまってただろう。
しかし、常に『加速』のスキルを使用することで何とかその最悪の未来を回避したペティである。
ペティだからこそ、ともいえるだろう。
同じ銀級でも、彼女でなければ太刀打ちすることも、逃げることすらもできなかったはずだ。
オルトロスの突然変異種ケルベロス。その姿は5m近い。
オルトロスでもかなり好戦的で狂暴なのだが、ケルベロスのそれは同族すら食い殺してしまうほどに上回る。
更に三つの口から吐き出されるブレスは、オルトロスの毒のそれとは大きく変わり、一瞬で対処を焼き尽くす煉獄の炎。
それほどまでの魔物。
それが今ペティ・ガレッタを追うケルベロスである。
「ハッ……! 罰でも下ったか?」
自身の実力を過信し、姉の忠告を無視して勝つために森の深部へと向かった自分への罰。
深部の魔物ならと行きついた先で、それ以上の魔物にこうして追われる羽目になるとは随分なものだなと、ペティは追われながらに苦笑を浮かべた。
視線の先に見えた巨木を利用し、進路を右へ。
巨木で一瞬ケルベロスの視界から消えた隙を突き『加速』を使用する。
足音ですぐにばれてしまうが、それでもほんの一瞬だけケルベロスはペティを見失う。
これが嗅覚での追跡であればそんな好きすらなかったのだろうが、不幸中の幸いか今は雨。お得意の炎のブレスが封じられているうえに、一番感覚の鋭い嗅覚が封じられているは彼女にとって不幸中の幸いだっただろう。
「さっきの咆哮で姉さんたちにもケルベロスのことは伝わったはずだ……なら後は、オレは逃げて姉さんたちの到着を待てば……!」
――本当にそれでいいのか?
一瞬、そんなことを考える自分がいた。
――いいのか? このままで
――あれだけのことを言っておいて、新人には圧倒され、忠告を無視した上に危機に陥り、そしてまた姉さんに助けてもらう
――それでいいのか?
「っ……!!」
いいわけないだろ、と心の中で吐き捨てる。
認めてもらいたい。
そう思って今まで頑張ってきた。無理を言って姉ではなく、イコッタに教えを乞うたのだ。
強くなった自分を、今迄守られてばかりだった自分を見てもらうために。
もうオレは大丈夫だと、心配しなくてもいいと胸を張って言うために。
チラと後ろを横目で見やれば、相変わらずそこには死が背後から迫っている。
あの爪は容易くペティの体を引き裂くだろう。
あの牙は容易くペティの頭を砕くだろう。
一瞬の判断ミスが全て死に直結する、命がけの逃走劇。
しかしそんな逃走劇は、時間制。時が来れば、また強くて優しい姉さんが守ってくれる。
そしてケルベロスを倒した彼女はこういうのだろう。
いつも通りに
無事だったかと、怪我はないかと。
そして言うのだ。いつも通り優し気な笑みを浮かべて。
『よかった』
「いいわけねぇだろッ……!!」
三本の矢をつがえて一気に放つ。
それぞれが三つの頭の目を狙ったもの。
そのうち二本は先程のように弾かれてしまったが、しかし残った一本は避けられることも考慮した一射であった。
『Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?!?』
「ハッ!! やればできるじゃねぇかオレェ!!」
あの三つの頭は全員が全員の視界を共有できる。
進行方向を急激に変えても、頭の一つがこちらを補足すればすぐさま追って来れるのはそう言った理由なのだろう。
だからこそ、二つには普通に目を狙って矢を射ることで、矢が来たと判断したケルベロスは三つの頭全てで回避行動をとる。そのため、本命の矢は避けると予測した場所に向けて放った。
「随分と厳つい顔つきになったじゃねぇかよおい……!!」
『GGGaaaaaaaaa!!』
言葉でも理解しているのか、ペティの煽るような言葉に反応して更に咆哮を上げるケルベロス。
たとえ目が一つ使い物にならなくとも、まだ五つ残っている。
その五つをペティへと向けたケルベロスは、遊びは終わりだと言わんばかりに追走のギアを上げた。
『Gaa!!!』
「クッ……!?」
振るわれる爪の一撃を、何とか『加速』で躱して見せたペティは、先ほどのように姿を眩ませられる巨木に向けて進路を取る。
そして巨木の陰を使用し、すぐさま方向転換しようとした。
その時である。
「ギィッ!?」
巨木ごと、彼女の体が弾き飛ばされた。
頭でも切ってしまったのだろうが、流れ出る血は雨ですぐに流れていく。泥と雨でにじむ視界を何とか見開けば、そこに移ったのは巨木ごとその爪で薙ぎ払ったケルベロスの姿。
5mを超える巨躯と圧倒的な膂力を持つが故の力技。
「ハッ、笑えねぇ……」
あれを姉は倒してしまったというのだから、流石である。
吹き飛ばされ、勢いよく泥となった地面に叩きつけられながら、やはり姉さんは強いなぁとペティは考える。
こんな自分とは違う。
チカチカと明滅する視界が、土砂降りの中ゆっくりとこちらに向かってくる巨躯の魔物を捕らえた。
血走った目を向ける死が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「ざまぁねぇなぁ……」
思わず口から零れた言葉は、自身に向けたものであった。
何が認められたいだ。こんな有様では、そんなこと到底言えるわけがない。
何せ、あんな死の塊を姉は18で……今のペティと同じ歳で討伐してしまったのだ。
これが姉さんと自分の差。そんな姉からすれば、自分はまだまだ弱くても当然で、そして守るべき妹なのだろう。
そんな弱くて守られるだけの存在になりたくなかったのに。
「時間、稼ぎすら……できない、たぁなぁ……」
たどり着いた死が、動けない体に鼻先を近づける。
か細いながらもまだ息があることを確認したのか、その死はペティが生きていることを確認するとニィッと不気味に笑って見せる。
そしてペティの体ほどもある足が地面に転がったペティの背に乗せられた。
「……ケッ……趣味が、わりぃな、おい……」
徐々に徐々に、ゆっくりと力が込められていくのを背中越しに感じ取れる。
目を一つ奪われた仕返しのつもりなのか、意地悪く、楽しむように、それは『Gya! Gya!』と笑うような鳴き声を上げる。
もう間もなく、自分はこの地の染みと化すのだろう。
死にたくないと思いながらも、しかし彼女の口から零れたのは別の言葉だった。
「不出来な妹ですまねぇ……姉さん……」
「ほんともう助けに来たのがベルティゴさんじゃなくてすみませんってなぁ!!」
死が殴り飛ばされた瞬間である。
後ろから襲い掛かる必殺の爪を、間一髪前へと転がって避ける。
雨と土で泥だらけになりながらも、体勢を立て直してすぐに起き上がれるのは流石銀級の冒険者と呼べるだろう。
「このっ……!!」
その際に矢筒から矢を引き抜き足を止めずに振り返ったペティは、自身に向けて今まさに襲い掛かろうとしていた頭の一つに向けて弓を構える。
彼我の差は数メートルもない。
狙いを定めずとも、この距離であれば射貫くことは容易。しかしその瞳に向けて射られた矢は、ケルベロスが三つの頭ごとひねってみせると分厚い毛皮に遮られてしまう。
その毛皮でさえ、傷らしい傷を覆ったようには見えなかった。
「クソッ……! 攻撃が通じねぇ……!」
木と木の間を縫うように、時には急に進行方向を変えながら、あるいは屋で牽制を挟みながら。
当然これだけではすでに腹の中という結末になってしまってただろう。
しかし、常に『加速』のスキルを使用することで何とかその最悪の未来を回避したペティである。
ペティだからこそ、ともいえるだろう。
同じ銀級でも、彼女でなければ太刀打ちすることも、逃げることすらもできなかったはずだ。
オルトロスの突然変異種ケルベロス。その姿は5m近い。
オルトロスでもかなり好戦的で狂暴なのだが、ケルベロスのそれは同族すら食い殺してしまうほどに上回る。
更に三つの口から吐き出されるブレスは、オルトロスの毒のそれとは大きく変わり、一瞬で対処を焼き尽くす煉獄の炎。
それほどまでの魔物。
それが今ペティ・ガレッタを追うケルベロスである。
「ハッ……! 罰でも下ったか?」
自身の実力を過信し、姉の忠告を無視して勝つために森の深部へと向かった自分への罰。
深部の魔物ならと行きついた先で、それ以上の魔物にこうして追われる羽目になるとは随分なものだなと、ペティは追われながらに苦笑を浮かべた。
視線の先に見えた巨木を利用し、進路を右へ。
巨木で一瞬ケルベロスの視界から消えた隙を突き『加速』を使用する。
足音ですぐにばれてしまうが、それでもほんの一瞬だけケルベロスはペティを見失う。
これが嗅覚での追跡であればそんな好きすらなかったのだろうが、不幸中の幸いか今は雨。お得意の炎のブレスが封じられているうえに、一番感覚の鋭い嗅覚が封じられているは彼女にとって不幸中の幸いだっただろう。
「さっきの咆哮で姉さんたちにもケルベロスのことは伝わったはずだ……なら後は、オレは逃げて姉さんたちの到着を待てば……!」
――本当にそれでいいのか?
一瞬、そんなことを考える自分がいた。
――いいのか? このままで
――あれだけのことを言っておいて、新人には圧倒され、忠告を無視した上に危機に陥り、そしてまた姉さんに助けてもらう
――それでいいのか?
「っ……!!」
いいわけないだろ、と心の中で吐き捨てる。
認めてもらいたい。
そう思って今まで頑張ってきた。無理を言って姉ではなく、イコッタに教えを乞うたのだ。
強くなった自分を、今迄守られてばかりだった自分を見てもらうために。
もうオレは大丈夫だと、心配しなくてもいいと胸を張って言うために。
チラと後ろを横目で見やれば、相変わらずそこには死が背後から迫っている。
あの爪は容易くペティの体を引き裂くだろう。
あの牙は容易くペティの頭を砕くだろう。
一瞬の判断ミスが全て死に直結する、命がけの逃走劇。
しかしそんな逃走劇は、時間制。時が来れば、また強くて優しい姉さんが守ってくれる。
そしてケルベロスを倒した彼女はこういうのだろう。
いつも通りに
無事だったかと、怪我はないかと。
そして言うのだ。いつも通り優し気な笑みを浮かべて。
『よかった』
「いいわけねぇだろッ……!!」
三本の矢をつがえて一気に放つ。
それぞれが三つの頭の目を狙ったもの。
そのうち二本は先程のように弾かれてしまったが、しかし残った一本は避けられることも考慮した一射であった。
『Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?!?』
「ハッ!! やればできるじゃねぇかオレェ!!」
あの三つの頭は全員が全員の視界を共有できる。
進行方向を急激に変えても、頭の一つがこちらを補足すればすぐさま追って来れるのはそう言った理由なのだろう。
だからこそ、二つには普通に目を狙って矢を射ることで、矢が来たと判断したケルベロスは三つの頭全てで回避行動をとる。そのため、本命の矢は避けると予測した場所に向けて放った。
「随分と厳つい顔つきになったじゃねぇかよおい……!!」
『GGGaaaaaaaaa!!』
言葉でも理解しているのか、ペティの煽るような言葉に反応して更に咆哮を上げるケルベロス。
たとえ目が一つ使い物にならなくとも、まだ五つ残っている。
その五つをペティへと向けたケルベロスは、遊びは終わりだと言わんばかりに追走のギアを上げた。
『Gaa!!!』
「クッ……!?」
振るわれる爪の一撃を、何とか『加速』で躱して見せたペティは、先ほどのように姿を眩ませられる巨木に向けて進路を取る。
そして巨木の陰を使用し、すぐさま方向転換しようとした。
その時である。
「ギィッ!?」
巨木ごと、彼女の体が弾き飛ばされた。
頭でも切ってしまったのだろうが、流れ出る血は雨ですぐに流れていく。泥と雨でにじむ視界を何とか見開けば、そこに移ったのは巨木ごとその爪で薙ぎ払ったケルベロスの姿。
5mを超える巨躯と圧倒的な膂力を持つが故の力技。
「ハッ、笑えねぇ……」
あれを姉は倒してしまったというのだから、流石である。
吹き飛ばされ、勢いよく泥となった地面に叩きつけられながら、やはり姉さんは強いなぁとペティは考える。
こんな自分とは違う。
チカチカと明滅する視界が、土砂降りの中ゆっくりとこちらに向かってくる巨躯の魔物を捕らえた。
血走った目を向ける死が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「ざまぁねぇなぁ……」
思わず口から零れた言葉は、自身に向けたものであった。
何が認められたいだ。こんな有様では、そんなこと到底言えるわけがない。
何せ、あんな死の塊を姉は18で……今のペティと同じ歳で討伐してしまったのだ。
これが姉さんと自分の差。そんな姉からすれば、自分はまだまだ弱くても当然で、そして守るべき妹なのだろう。
そんな弱くて守られるだけの存在になりたくなかったのに。
「時間、稼ぎすら……できない、たぁなぁ……」
たどり着いた死が、動けない体に鼻先を近づける。
か細いながらもまだ息があることを確認したのか、その死はペティが生きていることを確認するとニィッと不気味に笑って見せる。
そしてペティの体ほどもある足が地面に転がったペティの背に乗せられた。
「……ケッ……趣味が、わりぃな、おい……」
徐々に徐々に、ゆっくりと力が込められていくのを背中越しに感じ取れる。
目を一つ奪われた仕返しのつもりなのか、意地悪く、楽しむように、それは『Gya! Gya!』と笑うような鳴き声を上げる。
もう間もなく、自分はこの地の染みと化すのだろう。
死にたくないと思いながらも、しかし彼女の口から零れたのは別の言葉だった。
「不出来な妹ですまねぇ……姉さん……」
「ほんともう助けに来たのがベルティゴさんじゃなくてすみませんってなぁ!!」
死が殴り飛ばされた瞬間である。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
163
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる