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第二十五話
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ペティ・ガレッタはその様子を、ニオウとケルベロスとの戦いをその外側から見ていた傍観者であった。
降りしきる雨の中、被された外套のフードの間。そこから見える光景に、彼女はただただ圧倒された。
「……新人とか嘘だろ、あれ……いやそもそも男って時点でおかしいことしかねぇよ……」
訳が分かんねぇ……と雨で冷える体を温めるために身を縮こまらせる。
その際に身に纏った外套に顔をうずめるような形になってしまった。
『ああ、そうだとも。それに君はこれから大事な人になるんだ。こんなところで死んでもらっちゃ困るよ。君だけの体じゃないんだからさ』
――大事な人
――君だけの体じゃない
「っ~……くそ、こんな時に何考えてんだオレは……」
思い出されるのは外套の持ち主であった男の顔の歯の浮くような言葉。
それだけで顔をうずめたくなるような衝動に駆られてしまう。
男という存在はもちろんペティだって知っている。
昔の話だ。よく姉のベルティゴが語って聞かせてくれた。勇者が塔に捕らわれた心優しき王子様を魔物たちから助け、そのまま幸せに暮らす物語。女の自分とは違う存在を彼女はそこで初めて知った。
自分もいつかそんな出会いを、と幼い頃は姉と二人で話したことも覚えている。
しかし時が経ち大きな町へ出て現実を知ると、そんな出会いは物語の中だけなんだと改めて思い知らされた。
数が少なく、そしてたいていがペティたち女よりもか弱い存在。そのくせに、男というだけで何不自由なく生活できる生き物。
男の中でもあぶれた立場の弱いものが色街で娼夫をやっていることも知っているが、そんな男たちでもその日暮らしをするしかない自分たちと比べれば十分に恵まれている。
別にそれについて文句を言うつもりはない。
子を成すには、男という存在は必要不可欠。子孫を残すことを使命とする貴族共が男を優遇するのは当然のこと。
関わろうと思うなら、貴族にしか払えないような高い金を払って色街へ行くしかないのだが、とある人物のせいで色街を嫌うペティにとっては男という存在は一生関わることがないと、そう本気で考えていたのだ。
そんな男が、それも自分たちよりも弱いはずの男が戦っている。
それも、金級が相手にするような化け物を相手にして対等……いや、圧倒する形で。
「いったい何だってんだよこれは……」
想像の範囲外のことばかりが自分の身の回りで起きている。そのうえ物語の中だけだと思っていた、憧れの心優しい王子様のような男が目の前に現れたのだ。
脳みそがバグるに決まっている。明らかなキャパオーバーだ。
頭を抱えたまま、もう一度先ほどまで自分のいた死地に目を向けた。
「ダラアアアァァァァァァァ!!!」
……心優しき王子様はケルベロスの足に向け、目にもとまらぬ速さで拳による連打を繰り出していた。
ちょっと武闘派が過ぎる、とペティの脳はさらにバグった。
「乾坤一擲……!! 一撃……必殺ゥゥゥ!!!」
さらにバグった。
◇
「ペティ!!」
「……あ、姉さん……」
俺がケルベロスを倒してすぐ、大剣を担いだベルティゴさんが森から飛びだすように現れるとすぐさま木の根元で休ませていたペティさんに駆け寄っていた。
あの一撃の前にマップ上の黒いマーカーに変化があったため、雷に気付いてやってきたのだろう。
よかった、よかった……! とペティさんを抱きしめるベルティゴさん。
少し恥ずかしげな様子で、それでもされるがままのペティはどことなく嬉しそうに見えた。
さぁて……こっからどうするかねぇ……
「無事か!? 怪我は……しているのか!? 待っていろ、すぐに街で治療を……!」
「オ、オレのことは後でいいんだよ姉さん……! それより、新人の方を……!」
「新人……まさかイコッタのところのか!? ケルベロスがいる森の中に入るなど、いったい何を考えて……」
ペティさんの言葉にすぐに立ち上がったベルティゴさんは、担いでいた大剣を両手に構えて周囲を見回す。
そんな中でちょうどこちらのことが目に入ったらしく、どんどんと言葉が尻すぼみになっていった。
信じられない者を見るような目で、彼女は一歩、また一歩と倒れたケルベロスへと近づいてくる。
「ケルベロスが……いったい誰が……」
「どうも、ベルティゴさん。ここにいますよ」
「っ……!? 誰だ! そこにいるの……は……」
「どーもー……ちょっと今動けないんで、その物騒な大剣はこちらに向けないでいただけると助かります」
声を上げたことでようやく気付いたのか、一瞬大剣の切っ先を向けてきたベルティゴさん。
しかし、目が合うと彼女はこちらを見たまま固まってしまった。
「お……男……??」
「まぁ外套がないんで仕方ないんですが……そうですね」
ゆっくりと上げた手をヒラヒラと振ってみれば、彼女は一度大剣を背中に担ぎなおした後、目元に手を当てた。
暫くしてから再度こちらを見るベルティゴさん。しかし、変わらそこにいるのが男の俺だとわかると、もう一度自身の視界を覆い隠して、今度はペティさんの元まで下がっていった。
「……なぁ、ペティ。私にはあそこに男がいるように見えているのだが……これはあれか? 私が男に飢えているが故に見えている厳格か何かか?」
「飢えてたのかよ姉さん……」
「ち、違うぞ……? その、だな……確かに日々の業務で疲れた時には、遊びすぎない程度に色街に行ったりも……ええい、そういう話ではなくてだな!?」
「わかってるっての……あれがニオウだよ。イコッタのとこの新人」
「……冗談にしては、度が過ぎるぞ」
「言うかよ、この状況でそんなこと」
「そ、そうなのか……」
何やら二人で話し合っている二人であったが、恐る恐ると言った様子でベルティゴさんがもう一度こちらへと向かってきた。
「確認なんだが……その、ニオウ……で、あっている……のか?」
「合ってますよー。男だと知られると面倒だったんで、声も顔も出してなかったんですけど、正真正銘俺がニオウです」
よろしくです、と手を振って見せれば「あ、はい……」と黙り込んでしまったベルティゴさん。心なしか、顔も赤いように見えるが、先ほどまで雨の中この森を彷徨っていたんだ。雨が止んだとはいえ、ずぶ濡れ出ることには変わりがない。彼女も体を冷やしている可能性がある。
「とりあえず、ベルティゴさんはペティさんを連れて街へ向かってもらってもいいですか? ちょっと俺は今動けないんで、後で向かいますので」
「それは構わないんだが……き、君とペティの二人くらいなら、私一人でも運べる……と思うぞ? ど、どうだろうか……?」
「気持ちは嬉しいんですがね。ただ、怪我をしているペティさんに対して俺は怪我もないですから。なら、一刻も早くペティさんを街に連れて行った方がいいですよ。俺のことは心配しなくても大丈夫なので」
何せケルベロスも倒せますから、と自慢げに言って見せると、ベルティゴさんも「それもそうか」と笑って見せた。
「優しいんだな、君は。私の知る男とは大違いだよ」
「そうですかねぇ……俺にとってはこれが普通なんですが」
「君が普通なら、今頃世の男たちは全員が金級の冒険者でもやっていけるだろうさ」
そう言ってベルティゴさんは、俺が下敷きにして寝そべっているケルベロスを見やった。
「……私も、大怪我覚悟で倒したはずなんだが……それを無傷か。男である以上に、君が恐ろしいよ」
「別に恐ろしがらずとも、俺は仲良くしたいんですけどね。ああ、でも、暫くは俺が男なのは黙っていてもらえると助かります」
「そういうことを、あまり相手のいない女にいうものではないぞ。……ま、まぁ、君がそう言ってくれるのなら私は構わないがな」
では先に戻る、と背を向けるベルティゴさん。
しかしその去り際に、彼女は一度こちらに向き直った。
何だと思ってそちらに目を向ければ、彼女は頭を下げて一言。
「ペティを……大切な家族を守ってくれてありがとう」
「……いえいえ、あんないい娘なんです。俺からすれば、助けて当然ですよ」
ペティさんの元へと戻るベルティゴさんの背中に向けて、それだけ言っておいた。
こんな世界では男の俺の方が価値があるとされているのだろうが、そんな価値観はよくわからんし無視だ無視。可愛い女の子助ける方がよほど価値があるというものだ。
やはりなれない世界である。
そしてベルティゴさんがペティさんと森を出る際に、貸していた外套をベルティゴさんに背負われたペティさんから受け取った。
その時に「ありがとう……」と少しぶっきらぼうにお礼を言われたが、えらく素直な彼女がどこか微笑ましく思えてしまう。
今後ともよろしく、とだけ言うと何故か顔を赤らめてベルティゴさんの背中に顔をうずめてしまったため、それ以上彼女と話すことはなかったのだった。
降りしきる雨の中、被された外套のフードの間。そこから見える光景に、彼女はただただ圧倒された。
「……新人とか嘘だろ、あれ……いやそもそも男って時点でおかしいことしかねぇよ……」
訳が分かんねぇ……と雨で冷える体を温めるために身を縮こまらせる。
その際に身に纏った外套に顔をうずめるような形になってしまった。
『ああ、そうだとも。それに君はこれから大事な人になるんだ。こんなところで死んでもらっちゃ困るよ。君だけの体じゃないんだからさ』
――大事な人
――君だけの体じゃない
「っ~……くそ、こんな時に何考えてんだオレは……」
思い出されるのは外套の持ち主であった男の顔の歯の浮くような言葉。
それだけで顔をうずめたくなるような衝動に駆られてしまう。
男という存在はもちろんペティだって知っている。
昔の話だ。よく姉のベルティゴが語って聞かせてくれた。勇者が塔に捕らわれた心優しき王子様を魔物たちから助け、そのまま幸せに暮らす物語。女の自分とは違う存在を彼女はそこで初めて知った。
自分もいつかそんな出会いを、と幼い頃は姉と二人で話したことも覚えている。
しかし時が経ち大きな町へ出て現実を知ると、そんな出会いは物語の中だけなんだと改めて思い知らされた。
数が少なく、そしてたいていがペティたち女よりもか弱い存在。そのくせに、男というだけで何不自由なく生活できる生き物。
男の中でもあぶれた立場の弱いものが色街で娼夫をやっていることも知っているが、そんな男たちでもその日暮らしをするしかない自分たちと比べれば十分に恵まれている。
別にそれについて文句を言うつもりはない。
子を成すには、男という存在は必要不可欠。子孫を残すことを使命とする貴族共が男を優遇するのは当然のこと。
関わろうと思うなら、貴族にしか払えないような高い金を払って色街へ行くしかないのだが、とある人物のせいで色街を嫌うペティにとっては男という存在は一生関わることがないと、そう本気で考えていたのだ。
そんな男が、それも自分たちよりも弱いはずの男が戦っている。
それも、金級が相手にするような化け物を相手にして対等……いや、圧倒する形で。
「いったい何だってんだよこれは……」
想像の範囲外のことばかりが自分の身の回りで起きている。そのうえ物語の中だけだと思っていた、憧れの心優しい王子様のような男が目の前に現れたのだ。
脳みそがバグるに決まっている。明らかなキャパオーバーだ。
頭を抱えたまま、もう一度先ほどまで自分のいた死地に目を向けた。
「ダラアアアァァァァァァァ!!!」
……心優しき王子様はケルベロスの足に向け、目にもとまらぬ速さで拳による連打を繰り出していた。
ちょっと武闘派が過ぎる、とペティの脳はさらにバグった。
「乾坤一擲……!! 一撃……必殺ゥゥゥ!!!」
さらにバグった。
◇
「ペティ!!」
「……あ、姉さん……」
俺がケルベロスを倒してすぐ、大剣を担いだベルティゴさんが森から飛びだすように現れるとすぐさま木の根元で休ませていたペティさんに駆け寄っていた。
あの一撃の前にマップ上の黒いマーカーに変化があったため、雷に気付いてやってきたのだろう。
よかった、よかった……! とペティさんを抱きしめるベルティゴさん。
少し恥ずかしげな様子で、それでもされるがままのペティはどことなく嬉しそうに見えた。
さぁて……こっからどうするかねぇ……
「無事か!? 怪我は……しているのか!? 待っていろ、すぐに街で治療を……!」
「オ、オレのことは後でいいんだよ姉さん……! それより、新人の方を……!」
「新人……まさかイコッタのところのか!? ケルベロスがいる森の中に入るなど、いったい何を考えて……」
ペティさんの言葉にすぐに立ち上がったベルティゴさんは、担いでいた大剣を両手に構えて周囲を見回す。
そんな中でちょうどこちらのことが目に入ったらしく、どんどんと言葉が尻すぼみになっていった。
信じられない者を見るような目で、彼女は一歩、また一歩と倒れたケルベロスへと近づいてくる。
「ケルベロスが……いったい誰が……」
「どうも、ベルティゴさん。ここにいますよ」
「っ……!? 誰だ! そこにいるの……は……」
「どーもー……ちょっと今動けないんで、その物騒な大剣はこちらに向けないでいただけると助かります」
声を上げたことでようやく気付いたのか、一瞬大剣の切っ先を向けてきたベルティゴさん。
しかし、目が合うと彼女はこちらを見たまま固まってしまった。
「お……男……??」
「まぁ外套がないんで仕方ないんですが……そうですね」
ゆっくりと上げた手をヒラヒラと振ってみれば、彼女は一度大剣を背中に担ぎなおした後、目元に手を当てた。
暫くしてから再度こちらを見るベルティゴさん。しかし、変わらそこにいるのが男の俺だとわかると、もう一度自身の視界を覆い隠して、今度はペティさんの元まで下がっていった。
「……なぁ、ペティ。私にはあそこに男がいるように見えているのだが……これはあれか? 私が男に飢えているが故に見えている厳格か何かか?」
「飢えてたのかよ姉さん……」
「ち、違うぞ……? その、だな……確かに日々の業務で疲れた時には、遊びすぎない程度に色街に行ったりも……ええい、そういう話ではなくてだな!?」
「わかってるっての……あれがニオウだよ。イコッタのとこの新人」
「……冗談にしては、度が過ぎるぞ」
「言うかよ、この状況でそんなこと」
「そ、そうなのか……」
何やら二人で話し合っている二人であったが、恐る恐ると言った様子でベルティゴさんがもう一度こちらへと向かってきた。
「確認なんだが……その、ニオウ……で、あっている……のか?」
「合ってますよー。男だと知られると面倒だったんで、声も顔も出してなかったんですけど、正真正銘俺がニオウです」
よろしくです、と手を振って見せれば「あ、はい……」と黙り込んでしまったベルティゴさん。心なしか、顔も赤いように見えるが、先ほどまで雨の中この森を彷徨っていたんだ。雨が止んだとはいえ、ずぶ濡れ出ることには変わりがない。彼女も体を冷やしている可能性がある。
「とりあえず、ベルティゴさんはペティさんを連れて街へ向かってもらってもいいですか? ちょっと俺は今動けないんで、後で向かいますので」
「それは構わないんだが……き、君とペティの二人くらいなら、私一人でも運べる……と思うぞ? ど、どうだろうか……?」
「気持ちは嬉しいんですがね。ただ、怪我をしているペティさんに対して俺は怪我もないですから。なら、一刻も早くペティさんを街に連れて行った方がいいですよ。俺のことは心配しなくても大丈夫なので」
何せケルベロスも倒せますから、と自慢げに言って見せると、ベルティゴさんも「それもそうか」と笑って見せた。
「優しいんだな、君は。私の知る男とは大違いだよ」
「そうですかねぇ……俺にとってはこれが普通なんですが」
「君が普通なら、今頃世の男たちは全員が金級の冒険者でもやっていけるだろうさ」
そう言ってベルティゴさんは、俺が下敷きにして寝そべっているケルベロスを見やった。
「……私も、大怪我覚悟で倒したはずなんだが……それを無傷か。男である以上に、君が恐ろしいよ」
「別に恐ろしがらずとも、俺は仲良くしたいんですけどね。ああ、でも、暫くは俺が男なのは黙っていてもらえると助かります」
「そういうことを、あまり相手のいない女にいうものではないぞ。……ま、まぁ、君がそう言ってくれるのなら私は構わないがな」
では先に戻る、と背を向けるベルティゴさん。
しかしその去り際に、彼女は一度こちらに向き直った。
何だと思ってそちらに目を向ければ、彼女は頭を下げて一言。
「ペティを……大切な家族を守ってくれてありがとう」
「……いえいえ、あんないい娘なんです。俺からすれば、助けて当然ですよ」
ペティさんの元へと戻るベルティゴさんの背中に向けて、それだけ言っておいた。
こんな世界では男の俺の方が価値があるとされているのだろうが、そんな価値観はよくわからんし無視だ無視。可愛い女の子助ける方がよほど価値があるというものだ。
やはりなれない世界である。
そしてベルティゴさんがペティさんと森を出る際に、貸していた外套をベルティゴさんに背負われたペティさんから受け取った。
その時に「ありがとう……」と少しぶっきらぼうにお礼を言われたが、えらく素直な彼女がどこか微笑ましく思えてしまう。
今後ともよろしく、とだけ言うと何故か顔を赤らめてベルティゴさんの背中に顔をうずめてしまったため、それ以上彼女と話すことはなかったのだった。
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