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第二十六話

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 それからの話である。

 外套をきっちりと纏い、一足遅れて無事に街へと帰還した俺を冒険者の皆が出迎えてくれた。
 どうやら、ベルティゴさんたちがケルベロス云々については伝えてくれていたようで、帰還して早々に周りを囲まれてしまった。

 やれすごいだの、やれどう倒しただの、やれ顔見せろだの。

 最後については丁重にお断りする前にベルティゴさんに連行されていたが、それらの質問攻めには軽い会釈のみですべて対応してイコッタさんの元へと向かった。
 無事に帰ってきた俺を見て、安心したように息を吐いた彼女は、「おかえり」とただ優しく出迎えてくれたのだった。

 その場ではベルティゴさんが「疲れているだろうから先に帰るといい。結果は……まぁわかっていることだとは思うが明日使いをよこす」とだけ言って気を使ってくれたのでお先に我らがギルド……スイレーギルドへと戻ってきたのであった。

 いつも通りイコッタさんに桶いっぱいの水を用意してもらった俺は、これまたいつも通り籠手の炎でお湯にして体を拭うとそのまま固いベッドにゴロンと寝転がった。

 体力HP的には全く問題はないのだが、ずっと雨に打たれていたことや精神的な疲労がある。

 少し眠ってその疲労を取ろうと目を瞑った。

 だがその直後に、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。

「ニオウ、私だが……今少し時間はあるか?」

「ああ、イコッタさん。どうぞ、入ってください」

「ああ、失礼す……るっ!? お。おいニオウ……! 何か上を羽織れ!!」

「はい? いや、一応着てるんですけど……ああ、そう言えばそうだった」

 入って早々に服装を指摘された。
 今着ているのは簡素な貫頭布のようなもので、普段着の下に着る謂わば肌着のようなものだ。

 【隠者の外套】、【武神の籠手】、【戦車の軍靴】、【力の耳飾り】、【法王の護符】。ゲーム時代から使用している高レアリティの装備品であるが、当然これ以外の装備だってある。
 主だったもので言えばステータスに少しだけボーナスの乗る服や鎧などがそれにあたるため、それらも今まで使いまわしている。

 しかし、その下の肌着はそもそもの初期装備である白の簡素な服のみであったため、流石にそれをずっと着たままにはできない、とこの世界でいくらか購入したのだ。
 今着てるのはその買ったものであるのだが……前を紐で縛るようなタイプであったため、いささか肌の露出が多かった。

 今の状況を例えるなら、扉を開けたら下着姿の女の子とばったり出くわした、みたいな感じだろう。


 ……うん、やっぱりまだ慣れない


「お、お、あ、そ、そそそそんな、格好で……!! さ、誘ってるのか!?」

「イコッタさん、とりあえず落ち着いてください。とんでもないこと宣ってますよ」

「むしろなぜお前の方が落ち着いてるんだ!?」

 はいはい、と脱いでいた【隠者の外套】を身に纏って前を隠す。
 これでどうですか? とイコッタさんに見せてみれば、露出がなくなって漸く落ち着いたらしい。わざとらしく咳払いして改めて部屋へと入ってきた。

 つーか、扉閉めて外に出るわけでもなく開けたままずっとこっち見てたの考えると、イコッタさんだいぶむっつりの気があるなこれ。

「というか、俺に用があったのなら呼んでくれば下のロビーで聞きますよ?」

「いや、私の個人的なものだからな。わざわざ疲れている中呼び出すのも悪いと思ったんだ」

「お気遣いどーもです」

 とりあえず座ってくださいなと、ベッドに腰かける俺の隣を手でたたいた。
 この部屋椅子とかないから、座ろうと思うとベッドしかないのである。

「い、いや、それは……私は別に床でも構わない」

「俺が構うんですから座ってください。なんで俺よりも立場が上のギルマスを床に座らせるんですか。そんなことしたら俺も床に座らないとでしょうに」

「で、でも……いや、そうだな。なら、し、失礼する」

 緊張した面持ちと共にぎこちない足取りでベッドまでやってきたイコッタさん。
 そのまま誰かに操作されているロボットか何かなの? と聞きたくなるような動きで180度くるりと回ると、ゆっくりした動きでベッドの縁の方にちょこんと座った。

 ……いや、それでいいなら別に何にも言わないけどさ。

「…………」

「…………あの、話って?」

「ヒョォッ!? ……ん゛んっ、そうだったな。と言っても、ニオウもわかっているだろうがケルベロスの件についてだ」

 全然話し始めないのでこちらから声をかけてみれば、ちょっとアウトなんじゃないかと思う声をあげてから、さも何事もなかったように話し始めたイコッタさん。
 話と言うのは森に出たケルベロスのことだった。

 曰く、ニーベさんが言っていた森の魔物がいつもよりも浅いところに出てきていた原因がケルベロスであるということだった。
 まぁ普段深部にいる同族のオルトロスを含めた魔物たちも捕食対象となれば、生息区域から逃げるのは当然のことなのだろう。今回のケルベロスはそれらの獲物を追って中層部に出てきたところをペティさんが出くわした形になる。

「事の詳細もベルティゴから聞いている。お前が一人でケルベロスを討伐したそうだな? 無事に戻ってこいとは言ったが、まさか討伐して返ってくるとは思っていなかったぞ」

「成り行き上ではありますけどね。ともあれ全員無事でしたし、イコッタさんとの約束も守りましたよ」

 どうですすごいでしょ、と笑顔で言って見せれば、彼女は少し微笑んで「そうだな」と頷いた。

「それであの二人に男だとバレたのは不注意だがな」

「……いやぁ、あっはっは」

「とはいえ、あの二人でよかったとも言える。ペティはニオウに助けられているし、ベルティゴも事情を察して口外しないことを約束してくれた。これ以上は男であると広がらないはずだから安心するといいさ」

「それはありがたい。男だぁ! みたいに変に騒がれるのは勘弁したいですしね」

「ああ。だが、少しばかり問題もある」

 イコッタさんのその言葉に、問題? と首を傾げる。すると彼女はとりあえずこれを、と懐から取り出したそれを俺に差し出してきた。
 何かと思って受け取ると、そこには【ニオウ】と彫られた銀のプレート。

「これは……?」

「その話の前に、まずはランクアップだ。流石にケルベロスを単独で討伐できる者を銅級のままにはできないからな」

 それで問題についてなんだが、とイコッタさんは続ける。

「正直な話、銀級でも今回のニオウの功績いは不十分なんだ。正当に評価しようと思えば金級でもおかしくはないからな。ただ、ここで問題が出て来る」

「……それは?」

「本来、金級へのランクアップには本人が所属するギルドのギルドマスターと、他一つのギルドマスターからの承認が必要になってくる。まぁこれについては私とベルティゴ共々ニオウの実力を疑ってはいないからいいんだが、問題はその次だ」

 そこで一度言葉を止め、真剣な面持ちで顔を上げた。

「それに加えて、金級へのランクアップには国の承認……つまり王族の承認が必要になる。むろん、書面でのやり取りではなく、王都まで出向いて謁見する形だ」

「……ウゲェ、そのパターンかよ……えっと、それってフードで顔を隠したりとかは……」

「できないだろうな。やれば不敬罪で牢屋行きになる」

「おーっと……それはまずいですねぇ……」


 つまるところ、金級になろうとすると確実にこの国のトップに俺が男であることがバレてしまうわけだ。
 一応イコッタさんからこの世界における男の話を聞いているが、平民であっても男ってだけで貴族に囲われたりとかするとかなんとか。村によっては子孫や村の繁栄のため、男が生まれたら貴族に囲われないように隠して村で囲う何てのも聞いたな。

 そんな世界の、それも王族の前で男だとバレてみろ。少なくとも変なことに巻き込まれる可能性は高い。貴族が優しい人たちばかりだったらいいのかもしれないが、そうでなかった場合はあの手この手の権力とかで、面倒なこと間違いなし。目を付けられるのは御免被る。

「そういうわけで、もしニオウが望むなら金級へのランクアップのために国へ申請をする必要があるんだが……どうする?」

「もちろんお断りさせてもらいますよ。絶対に、いいえを叩きつける……!」

「……ふふっ、そうか。それを聞いて安心したよ」

 よっ、とベッドから立ち上がったイコッタさんは扉へと向かうと「安心するといい」と扉を開けて立ち止まった。

「私もベルティゴも、ニオウがそう言うと思って申請はやめておいた。ケルベロス討伐についての話は止められないが、ここは辺境。王都に伝わる頃には尾ひれもついた噂話になっているだろうし、わざわざそんな噂話を調査するほど王都も暇ではないはずだ」

「ああ、討伐した死体はもう会館に運んでますからねぇ……」

 運ばれてきたケルベロスを見て大興奮だった商人会館の皆様の様子を思い出して、俺とイコッタさんは思わず苦笑を浮かべた。

 ついでの話ではあるが、その素材の換金によって我らがスイレーギルドの借金も無事返済完了し、いよいよもってスイレーギルドが本格始動することになる。
 まずはベルティゴさんのところのオードリギルドからいくらか依頼を回してもらい、その達成によって街の信用を獲得していく方針だ。

 しばらく続ければ直接うちのギルドに依頼してくれる人も出てくるだろう。

「……まぁ、ともあれ、だ。ニオウ、お疲れ様。君のおかげで、大事な後輩が命を落とさずに済んだ。改めて礼を言うよ」

 「ありがとう」と頭を下げるイコッタさん。
 俺はベッドから立ち上がると、頭を下げている彼女のそばに立つ。そしてその肩に手をやって頭をあげてもらった。

 いったい何を? と言いたげな様子のイコッタさんに俺は言う。

「こちらこそ、俺を信じてくれてありがとうございます。やっぱり、俺はあなたがギルマスでよかったと思いますよ」

「……そうか。なら、これからはそんな君の期待に応えられるギルドマスターにならないとだな」

「だからもうなってるんですってば。……イコッタさん、今後ともよろしくお願いしますね」

 そう言って差し出した手を、彼女も笑顔を浮かべて握り返してくれる。

「ああ、今後とも頼むぞ。ニオウ」

「ええ、任せてください!」
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