なし崩しの夜

春密まつり

文字の大きさ
1 / 7

01.いつもと違うベッド、隣には嫌いな男

しおりを挟む


 朝、目覚めが悪かった。

 頭が痛くて、胃が気持ち悪い。栗原栞にとってはめずらしいことだった。
 ハッとして、今日は何曜日だっけ、とまず考えた。しばらく考えて、よかった今日は土曜日だと思い至る。それならこのまま眠っていられる。けれどどうにも気持ちが悪くて水を飲みたくなった。パチリとひとみを開く。
 そこでようやく違和感があった。

「……ここ、どこ」

 天井がまず見覚えがなかった。かけている布団の色も。そしてなんだか窮屈で――。
「んん……」
 隣から声が聞こえてびくっと身体を震わせた。恐る恐る隣に視線を向ける。
「は?」
 隣にはそれはもう気持ちよさそうに眠っている、男の姿があった。反射的に自分の身体を見ると、裸ではないにしても下着姿で、服を着ていない。
 まさか、そんな。
「……ん」
 寝返りを打った隣の男の顔をよくよく見てみる。ひゅっと息を吸った。
「っ、きゃああああっ!」
「うわっ!」
 栞の叫び声で、今度は隣の男がビクリと跳ねる。
「びっ、くりしたあ……」
「な、なんであんたが!」
 布団で身体を隠しながら隣にいる男を指差した。
「なんで、って……」
 男は寝癖たっぷりで、気だるそうに起き上がる。彼は、上半身裸だった。
「こ、ここどこなのよっ」
「俺の部屋だけど?」
「なんで、なんで」
 子どものように、同じ言葉を繰り返すことしかできない。正直、まったく記憶にない。身体の不調からして飲みすぎてしまったことはほかでもないが、でもよりにもよってなんでこの男の家に。
「昨日、すごいよかったな」
 男はへらへらと笑う。
 全身から血の気が抜けていく。
「嘘でしょ……」
 ありえない。信じたくない。
「だって栗原、すげー酔っ払ってたから俺が送って行こうと思ったんだけど、自分の住所も言えないくらいだったからさ、俺の部屋に連れてくるしかないじゃん? したらお前なんか積極的になって……」
「嘘! あんたが罠にはめたに決まってる!」
「罠ってなあ……」
「あ、ちょっとこっち見ないで!」
「……はいはい……」
 着替えているので背を向けながらの言い合いだ。
 ちょっとまわりを見まわすと、確かに自分の部屋ではないし、ホテルの類でもない。彼の部屋であることは間違いないのだろう。
 同じ会社の違う部署――嫌いな男、矢島悠介の部屋だ。
 どうして嫌いかというと、軽いから。
 同じ歳のくせに軽くてチャラくて、最近やたらと話しかけられ、飲みに誘われ(断ってる)、交流を図ろうとしてくる。それだけならいいが、どこかやましさが見え隠れしていて信用できない。だから断っているのにそれでも食い下がるところが、嫌いだった。
 昨日は会社の飲み会で、経理の栞と営業の悠介は席が近かった。そのせいでなにかがあったのだろうとしか考えられない。
「酔ってる時は可愛かったのになあ」
「っ、」
「俺に抱きついてさ、普段からは想像もつかない甘い声出して」
「ちょっと、やめてよ!」
 自分で覚えのないことを話されるのはこんなに苦痛なんだ。栞はこれ以上話していたくない、はやくこの場から去りたいと素早く着替えた。
「じゃあ帰るから」
「え、ちょっと待ってよ」
「っ」
 腕を掴まれる。
 秋だというのにしっとりと熱くなっている手のひらに、なぜか心臓を掴まれた。
「な、なに?」
 動揺を隠しながら彼を振り返り睨んだ。これ以上栞にすることはないし話すこともない。
「もう一回しようよ、素面でさ」
 悪気がなさそうに、悠介が笑う。
ふにゃりとした笑顔は会社で見るものと同じで、彼は愛想がいいから会社でも人気ものだ。それに女の子にもモテる。それなら他の女を相手にしていればいいじゃないか。
「っ!」
 栞は悠介の笑顔と、ストレートな言葉に腹が立ち、勢い余ってひっぱたいていた。
「いってぇ……」
「ほんとありえない!」

 頬を押さえてうずくまる彼を置いて部屋を出た。焦って服を着たせいで、身体にフィットしていないのが気持ち悪くて、早歩きをしながら直した。

 人生最大の失敗だ。

 お酒が弱いのに、どうして飲みすぎてしまったんだろう。自分にも原因があるだろうことはわかっている。記憶がなくなるほど飲んだのははじめてだった。だから悠介や他の人たちに迷惑をかけてしまったんだろう。
 でもさすがにいきすぎた失敗だ。
 栞は額に手を当て、深いため息を吐いた。
 もうこんな失敗はしない。悠介とも、もう今後一切仕事関係以外の話はしない。上半身裸の悠介を思い出してしまって、必死で打ち消す。
 頭を振って見上げた先には、知らない街の風景があった。

「ていうか、ここどこ……」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

お義父さん、好き。

うみ
恋愛
お義父さんの子を孕みたい……。義理の父を好きになって、愛してしまった。

そんな目で見ないで。

春密まつり
恋愛
職場の廊下で呼び止められ、無口な後輩の司に告白をされた真子。 勢いのまま承諾するが、口数の少ない彼との距離がなかなか縮まらない。 そのくせ、キスをする時は情熱的だった。 司の知らない一面を知ることによって惹かれ始め、身体を重ねるが、司の熱のこもった視線に真子は混乱し、怖くなった。 それから身体を重ねることを拒否し続けるが――。 ▼2019年2月発行のオリジナルTL小説のWEB再録です。 ▼全8話の短編連載 ▼Rシーンが含まれる話には「*」マークをつけています。

普通のOLは猛獣使いにはなれない

ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。 あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。 普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。

初体験の話

東雲
恋愛
筋金入りの年上好きな私の 誰にも言えない17歳の初体験の話。

無表情いとこの隠れた欲望

春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。 小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。 緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。 それから雪哉の態度が変わり――。

閉じ込められて囲われて

なかな悠桃
恋愛
新藤菜乃は会社のエレベーターの故障で閉じ込められてしまう。しかも、同期で大嫌いな橋本翔真と一緒に・・・。

鬼上官と、深夜のオフィス

99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」 間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。 けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……? 「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」 鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。 ※性的な事柄をモチーフとしていますが その描写は薄いです。

処理中です...