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事故チュー
02
しおりを挟む一時間半くらいかかりダイニングテーブルに料理を並べ終えると、一階から階段を見上げ、二階に向かって声を上げた。
「雪哉くーん、ごはんできたよー!」
少しして、無言のままぬっと顔を出す雪哉。階段をゆっくり降りてくる姿はなんだか動物みたいでつい笑ってしまった。
「どうした?」
「な、なんでもないよ。ハンバーグできたから食べて」
リビングから入りキッチンダイニングのテーブルを見て、雪哉は立ち止まった。
「……すごい。おいしそうだ」
「お口に合えばいいんだけど」
ハンバーグは何度も作ったことがあるのである程度の自信はある。メインのデミグラスソースのハンバーグと、海鮮サラダにポタージュスープ。洋食メニューとしては完璧だろう。
「一緒に食べよう?」
ダイニングテーブルに向かい合って座る。こうやって誰かと一緒に食事をするのは久しぶりだ。
「うん……そっか。梓と二人か。ていうことは、いつも一人で食べてたの?」
「そうだよ。お母さんは帰ってくるの朝方だから」
雪哉はわずかにうつむいた。それ以上はなにも言わなかった。
「? じゃあいただきます!」
「いただきます」
手を合わせたあと、ナイフとフォークはないのでお箸でハンバーグを一口大に切る。家族ではない誰かに自分の作ったごはんを食べてもらうのは初めてなので、梓はそこで手を止めて緊張しながら雪哉を見つめていた。
薄い唇を開けて雪哉も一口サイズのハンバーグを口に運んだ。ゆっくり咀嚼をしているのがわかる。どうかな、とじっと見ていたらパッと目が合った。
「すごい、おいしい」
「よかったあ~」
梓はようやくほっとして、自分もハンバーグを頬張った。いつも通りの味だ。
「ほんとにおいしいよ」
その言葉はお世辞ではないらしく、どんどんハンバーグを頬張り、ライスを頬張り、サラダもスープも勢いよく食べてくれている。
「雪哉くんは自炊してた?」
確か東京で一人暮らしだったはずだ。
「しない。コンビニかたまに外食。……だから、あったかくておいしくて、びっくりした」
男の人だと自炊をしないものらしい。
勢いよくハンバーグを食べている雪哉を見て、たくさん作っておいてよかったと思った。ハンバーグもごはんもスープも、おかわりがある。
「梓は今大学生?」
「そうだよ」
「大学楽しいか?」
「…………」
楽しかったのに、一週間前に台無しにされた。
「どうした?」
梓がうつむいて黙り込んでいると雪哉が顔を覗き込んでくる。
「……雪哉くんて今、彼女さんはいるの?」
数年ぶりに再会した、特別親しいわけでもない従兄に聞くことではないのかもしれない。でも梓はつい口にしていた。話題をそらしたいわけではなく、自分より年上の人の意見を聞きたかった。
「今はいないよ」
「じゃあ前はいたんだ?」
「……けっこう前、大学の時ね」
自分で聞いておいて、雪哉に恋人がいたという話を聞いて複雑な気持ちになっていた。これだけかっこいい人なんだから恋人くらいいただろう。梓の彼氏が雪哉だったら、こんな思いをしなくてよかったのかな、と非現実的なことまで考えてしまう。
「なんで?」
「ううん」
「……梓は?」
「あ、わ、私は、振られたばっかりかな」
それも、つい一週間前だ。
「……」
雪哉は何も言わない。それが余計に梓の感情を掘り起こし、高ぶらせた。
「あっちから告白してきたんだよ。急に振るなんてひどくない?」
理由は勉強に集中したかったから、と言っていたけれど、本当は梓とつき合って嫌な部分を見つけたんじゃないかとか、何か変なことをしてしまったんじゃないかとか、すごく考えた。
でも相手の本音なんて想像したってわからなかった。
しかも、彼は梓と別れたことを周りの友人に話してまわったのだ。彼からしたら逆に自分が振られたと。
おかげで友人間でも気まずい事態になっている。
「変な噂も広げられるし……もう大学行きたくないよ……」
泣いてしまいそうで、声がわずかに揺れた。溢れそうな涙はぐっとこらえた。
「俺が、慰めてあげようか?」
「えっ」
顔を上げるとじっと梓を見る瞳と目が合った。
「明日、楽しみにしてて」
「う、うん?」
慰めてくれるって、何をしてくれるんだろう。
ただの気休めだとしても、再会したばかりの雪哉に気を遣わせてしまったな、と反省した。でも大学では共通の友だちも多く、別れたことは報告しても愚痴ることができなかった。だから雪哉が話を聞いてくれて、だいぶ心が楽になった。
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