16 / 22
ふたりきりだね
02
しおりを挟む十数分程度呆然としたあとに梓はようやく立ち上がる。息を吐いて、バスルームへと向かった。
階段の下を通っても二階からは物音が聞こえてこないから、きっと雪哉は眠ったんだろう。ほっとしてバスルームのドアを開けた。
「っ!」
「あ」
するとそこには、一糸まとわぬ姿の雪哉がいた。しばし時間が停止する。
黒髪はしっとりと濡れて水が滴り、すらっとした身長に引き締まった濡れた身体。筋肉がついているところが意外だ。そしてその下は――。
「……ごめん!!」
梓は声を上げると、バタンと大きな音を立ててドアを閉めた。
まさか雪哉がお風呂に入っているなんて。というか、裸を見てしまった。男の人のを、雪哉のを、初めてしっかり見てしまった。
梓は身動きをとることができず、ドアの横でうずくまる。
すぐにガチャリとドアが開き、腰にタオルを巻いただけの雪哉が出てくる。梓は目を合わせられず、顔を両手で覆い隠した。顔が熱くて、赤くなっている自覚がある。
「……もう、イライラしてきた」
「ご、ごめんなさい……寝てると思って」
誰だって、裸を見られるのなんて嫌だ。さすがの雪哉でも怒ってしまったらしい。そっと顔を上げると雪哉の険しい表情が見えた。
「違うよ」
「きゃっ」
雪哉の手が梓の二の腕を掴み、無理やり立ち上がらせる。強引に立ち上がらされたせいで足がふらつき、引き寄せられるまま雪哉の胸の中に収まった。
「せっかく我慢したのに、なんでそんな可愛い反応すんの」
「……え?」
なぜかぎゅっと抱きしめれている。しかも裸の雪哉に。
梓の身体は硬直し、どうしたらいいかわからない。手をどこに置いたらいいかもわからずに棒立ちだ。
「俺限界かも」
「雪哉くん?」
身体を離すと、雪哉の手が梓の顎の下を支え、持ち上げる。まっすぐ瞳を覗き込まれる。
「ちゃんと梓の気持ち聞かせて。俺のこと好きじゃない?」
怒られると思っていたら雪哉の口から聞こえてきたのは別の質問だった。梓がずっと迷って考えていたことだ。すぐに答えが出ないから迷っていたのに。
「そ、それより服着てよ!」
「やだ。梓が言うのが先」
「……風邪ひいちゃうよ」
「そう。だからはやく」
「……」
「俺は梓が好きだ。梓は?」
梓をじっと見つめる視線から逃れるように目を横にそらす。
本当は考えるまでもないのに、自分の気持ちを素直に受け入れることができなかった。だって、いとこで、年上で、突然キスをしてくるような人なのに。
「……私も、雪哉くんのこと、好きかも」
「……かもってなに」
雪哉は不服そうだ。
「だって、わからないよ……今までと違いすぎる」
「今まで?」
「元カレの時だって、こんな気持ちにならなかったのに」
「……こんな、ってどんな?」
追及が激しくて、戸惑う。
「……雪哉くんのことで頭がいっぱいになったり、何考えてるんだろうとか、あの女の人とは飲みに行くんだとか……キス、してほしいなとか」
「……」
雪哉は目をまるくして梓を凝視する。変なことを言ってしまったのかと梓は目を泳がせた。
「ふっ」
すると雪哉は目尻を下げて息を吐いた。カッと身体が熱くなる。
「な、笑わないでよ!」
「いや、梓、俺のことすごい好きだなと思って」
「……」
馬鹿にしているわけではない、やけにうれしそうな表情に、梓の胸はきゅっと締め付けられた。
「元カレと比べられたことは気に食わないけど」
「ご、ごめ」
謝罪の言葉の途中で、ちゅっと額にキスが落とされた。
「いいよ。元カレより愛されてるってわかったから」
「あ、愛、とか……」
恥ずかしくてうつむいてしまう。でもうつむくと雪哉の素肌が見えるので、どうしたらいいかもうわからない。
「ていうか女の人って誰のこと?」
「あ……酔っぱらった雪哉くんを連れてきた人……確か、桜咲さんって人」
「ああ、桜咲さんが……悪いことしたな」
「二人で飲んでたの?」
「違う。他に何人かいたよ。男も女も」
雪哉はきっぱりと否定する。
「でも、酔っぱらってるのに寄りかかるって、仲良しなんじゃ」
「違うって!」
めずらしく苛立った声を出す雪哉に、梓は口をつぐんだ。
「……恥ずかしいから言いたくなかったんだけど、どうしたら梓に好きになってもらえるかなって同僚に相談してたんだ。話してるうちに自棄になって飲みすぎて酔っぱらった。こんなの初めてだ」
雪哉が自分の髪をくしゃりと掴む。彼の苦虫をかみつぶしたような顔を見ながら、梓は先ほどの桜咲の発言を思い出した。彼女とは会ったことがなかったのに、梓の名前を知っていた。それは、雪哉が彼女に相談していたからなのだろう。
恥ずかしそうにうつむいた雪哉が、梓をちらりと見る。
「わかった? 桜咲さんは俺の上司っていうかそんな感じだから送ってくれたんだと思う。今度謝っておく」
「うん、わかった。……勘違いしてごめんね」
梓が頷くと雪哉はあからさまに安堵した表情を見せた。
すると梓の両肩を抱く。
「……梓、キスしていい? さんざん待った」
見上げると甘いひとみに胸が高鳴る。彼の必死さや切望が伝わってくる。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
39
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる