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3章 裏切りのジョーカー編 第3部 傭兵の王
178. 傭兵の王
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「正しい姿……とは……どういう事だ? 漠然とし過ぎていて答えようがないが……」
予想もしていなかった、考えた事もなかった、そんなゼルの問いに戸惑いの様子を見せるラテール。
「人がよぅ、死に過ぎるとは思わねぇか? こんなに人が死ぬ世界が……これがこの世界の正しい姿なのか……ってな」
「死に過ぎる……考えた事もないな。人は死ぬ、そういうものだ」
「はっはっは、俺と同じ返答だな。だがそういう事じゃねぇ。命を奪われる人間が多過ぎやしねぇか、って事だ」
「その言い方だと、お前の考えという訳ではなさそうだな。誰が言っていた?」
「今まさに、その命の奪い合いってのをやってる俺達の切り札だ。ここに来る前、奴とバルファで話をしてな。最初は何言ってんだこいつは、って思ったが……よくよく考えてみると、確かにそうかもな……とか思ったりしてよ」
◇◇◇
「んあ? おいコウよぅ、そりゃどういう事だ? 言ってる意味が分からねぇぜぇ?」
「分かんないって事はないだろ、これだけ人が死ぬ世界が正しい姿なのか、って事だよ」
アルマドを出てバルファに到着したその日の夜、ゼル誘われて飲みに出た。そしてある程度酒が進んだ頃、俺はゼルに普段思っている疑問をぶつけてみた。そしてその疑問はゼルを大いに困惑させる事となったのだ。
「人が死ぬって……そんなん当たり前だろ、人どころか生きてるもんはよ……」
「そういう事じゃない。老衰とか病気とかそういう自然死じゃなくて、殺される人間が多過ぎないかって事。何でこんなに戦争が多い? 何でこんなに賊が多い? おかしいと思わないか? 俺はお師匠……ドクトルに弱肉強食こそこの世界の不文律だと教わった。確かに今はそうなんだろうな。でも、この先は? ずっとそうなのか? だとしたらあまりに進歩がないだろ。自分の尻尾を追いかけてその場でぐるぐる回ってる犬と同じだ」
「……って言われてもなぁ……先の事なんて分からねぇしよ」
「変わるはずだ。ゆっくりと、緩やかにでも……そうじゃなきゃダメだ、そうじゃなきゃおかしいんだよ」
「何か……随分と確信めいた言い方をするじゃねぇかよ。根拠でもあんのか?」
ある。漠然としてはいるが、辛うじて、そして薄らと、根拠と呼べるものはある。この世界は俺の元いた世界の中世期頃の姿とリンクしている。ヨーロッパでは十字軍が遠征を行い、百年戦争で多くの戦闘が起きた。日本ではどっぷりと戦国時代だ。数え切れない程の戦争が起き多くの人が死んだであろう時代、現代よりも確実に人の命が軽んじられていたであろう時代。封建国家の多さや文化、街並み、人々の暮らしぶりなど、元の世界の中世期頃と酷似している気がするのだ。であるならば、ここから先時代が進めば戦争の数は減ってゆき、人が真っ当に生きて真っ当に死んでゆく、そんな世界が訪れるかも知れない。もちろん五年や十年でそうなるとは思わない。しかしここは別の世界、何が起こるかなんて分からない。何か人々の意識を強烈に変える切っ掛けとなる様な出来事が起きて、急激にそちらの方向に時代の舵が切られても不思議ではないだろう。
「根拠って呼べる程のもんじゃないし、説明が難しい……でも、戦争なんて本来絶対悪だ。望んでいる人間なんていないはずだろ」
「まぁな、戦なんてない方がいいに決まってる。大半の人間はそう言うだろうよ。だが一方で戦を必要としている人間もいる。戦のお陰で武具店や鍛冶屋は儲かるだろうし、いざ遠征ってなりゃあ食料品を含めた物資も大量に売れる。戦がなけりゃ武功を上げられねぇから軍人は出世に苦労するだろうしよ、貴族共にくれてやる土地がねぇと、場合によっちゃ国の支配体制自体揺らいじまう」
「もちろん分かる。でもそんなの極一部の人間の都合だろ」
「まぁな。だがよ、その一部の人間共が世の中を牛耳ってるってのも事実なんだぜ? そういう連中の考え方が変わらない限り戦なんてもんはなくならねぇ。賊にしてもそうだぜ。いつの世にも一定数は社会から溢れる奴が生まれ、生きる為に略奪に走るってもんだ。戦もねぇ、賊もいねぇ、そんな時代が来るとは到底思えねぇな。それによ……人が人である限り、争い事はなくならねぇ。ま、これは俺の持論なんだがな。まぁ仮にだ、そんな世界になったなら、俺達傭兵なんてなお払い箱だなぁ」
「じゃあ昔は……」
「んん?」
「昔はどうだった? 戦争は多かった? 今と変わらないか? 賊は? 増えたか? 減ったか?」
「昔なぁ……昔ぁ――」
◇◇◇
「そこで俺ぁハッとしたぜ。昔はもっとこう……戦が多くなかったか、ってな。例えば俺達がガキの時分にはよ、どの国も今よりもっとギラギラしてたぜ。あの国が仕掛けた、どの国が勝ったっつって、大人連中が酒飲みながらよく話してたもんだ。あの頃に比べたら戦が減ってるとは思わねぇか? 賊の類いもよ、昔はもっと多かった気がするんだが……だってよ、街道の移動が楽に、安全になってねぇか? まぁ各地の街道が整備されたり、そういう影響もあるんだろうが……昔は商人も命がけでよ、まぁ今がそうじゃねぇとは言わねぇが……腕のいい護衛がいなけりゃ、街の外になんて商売に出れなかったろ?」
「そう……言われると確かに……だが……」
肯定しながらも、しかしやはり釈然としないラテール。言葉が繋がらず口ごもる。しかしゼルはそんなラテールを無視して話を続ける。
「高々三、四十年でよ、随分暮らしやすい世の中になってるんじゃねぇか? じゃあもう四十年経ったら……今よりも平和な時代になっててもおかしくはねぇんじゃねぇか? 傭兵なんぞ必要とされねぇ、そんな世界になってるんじゃねぇか?」
「傭兵が……必要とされないだと?」
「戦が起きるから、賊やら何やらが蔓延ってやがるから、だから俺達は必要とされている。じゃあ戦がなくなったら? 賊が減ったら? そうなりゃ俺達ゃ飯の食い上げだ」
「バカな……理屈は分かるが……そんな事が起こる訳がない」
「ああそうだよな、俺もそう思う。だがよ、何つうかこう……真っ向から否定出来ねぇんだよな。今までがそうだったからこれからもそうだとは言えねぇだろ? それに事実、戦も賊も減ってる気がするしな」
暫し無言のラテール。考えているのだ。そんな事が本当に起こるのか、傭兵からしたら最悪とも思える、そんな未来が本当に来るのか。そして気になった。この突飛とも思える未来を描いた存在……
「その男……お前達の切り札とやら……一体何者だ? そんな事を考え付くのは、歴史学者や社会学者や……そんな研究者の類いしかいないだろう。一介の魔導師がそこまでの考察と見解を持っているなど……」
「さぁな……ドクトルの教えなんじゃねぇのか? ドクトル・レイシィは政治家であり軍人であり、研究者だろ? まぁともかくよ、ありえねぇ、だから考えねぇってのはちっと違う気がしてな。本当に傭兵が必要とされなくなっちまったらどうするのか。潔く廃業、解散するのか、それとも何か違う飯の種を探し出してしぶとく生き残るのか……考えなきゃあるめぇよ、皆の生活やら人生やら、そんなん背負う立場としてはよ」
「なるほど……そこで支部を置く街との契約という所に結び付くのか……」
「まぁな。戦が減って、賊が減って、でもだからといって、本当に危険がなくなるとは言い切れねぇ。万が一って事がある、それが世の中の常だ。賢明な支配者ならその万が一ってのに備えなけりゃならねぇと、当然そう考えるはずだ。だから俺達がその備えになるんだ。契約を結んだ以上、絶対に、強烈に、何があってもその街を守らなきゃならねぇ。何も起きないからといって、腕を鈍らせる訳にはいかねぇ。仕事として正式に引き受ける以上はな。つまり世が変わったとしても、俺達は俺達のままそこにあり続け事が出来る。それになぁ……」
「何だ?」
「ああ。やっぱり戦がなくなるなんてのは考えられねぇ。確かに数は減るかも知れねぇがよ。だが数が減った分、規模はでかくなるんじゃねぇかと思うんだ。力を溜めて溜めて、満を持しての大戦、それこそ俺達の出番だろ? 完全な平和を望むなら、人間を一人残らずこの世から消し去らなきゃならねぇよ。でもそんな事は出来ねぇし、そもそも望む訳がねぇ」
「ふむ……」と呟き再び黙り込むラテール。
「…………」
「………………」
「おい、どしたラテール?」
沈黙に耐えきれず声を掛けるゼル。「いや……」と呟くとラテールはおもむろに姿勢を正し、予想もしなかった言葉を口にする。
「済まなかった」
ラテールの突然の謝罪。その意味を理解出来ず、キョトンとするゼル。
「……あん? 何だぁ、急に……?」
「正直お前を見くびっていた。そこまで深く考えを巡らせられる、そういう人間だとは思っていなかった」
「ハッ! そりゃあお前みたいに頭の出来はよくねぇがよ、それでも考えなけりゃあならねぇだろ」
「別に皮肉っている訳ではない、素直にそう思ったのだ。傭兵団は数多くあれど、そこまで考えているボスはいないだろう。あらゆる可能性を否定せず、あらゆる方策を講じ、万が一にも起こり得る不慮の事態に対応する為に思案を巡らせる。それは一国を治める王の思考と同じだ」
「王ってな……大概お前は言う事が大袈裟なんだよ」
「大袈裟なものか。他の傭兵団からは生まれない、生まれるはずもない傭兵の王……お前がそこを目指すのなら、手を貸してやらん事もなくはない」
「どっちだよ」
「但し今話した事、考え、信念……決して忘れるな。道を違えば、俺の毒がお前を仕留める事になる」
「おいおい、おっかねぇな。まぁ心配はいらねぇ、変わらねぇさ。真っ白なジョーカーをよ、お前の毒で上手く中和してくれや」
そう話すとゼルはグラスを前に差し出す。ラテールはチン、と静かにグラスを合わせた。
「さて、こうなると気になるのは向こうの様子だ。二人共に死んでほしくはねぇが……」
「うむ。お前達の切り札とやらに俺も興味が湧いてきた。が、止められないのならば致し方ない、両者共に死なぬ事を祈るしかなかろう」
◇◇◇
「すげぇ……」
ホルツは完全に目を奪われていた。眼前で繰り広げられている魔導師二人の戦いにだ。曲刀のホルツ、などとあだ名される程の腕の良い剣士であり、同時に歴戦の傭兵である彼をして、先程から「すげぇ」という言葉しか出てこないのだ。
「チィッ!」
アイロウが放つ連続魔弾。魔力シールドを張り防ぐ。と、その弾幕の隙に一気に間合いを詰め、アイロウは横一文字に剣を振るう。
「当た……るかぁ!」
ギィィィン! と鳴り響く金属音。俺は腰に提げている真っ黒い短剣、魔喰いを抜きアイロウの剣を弾く。そしてすかさず魔散弾を放つが、アイロウはシールドを張りながら左へ飛び退け被弾を回避する。パパパパパシィ……と魔散弾がシールドに防がれる乾いた音が響いた。
(くっそ……分かってはいたけど……やっぱ強い……!)
俺はアイロウを睨みながら、次の瞬間には何を仕掛けてくるか予想も付かない、そんなアイロウの攻撃に備える。
(チッ……決定打がない……何だあの黒い剣は……やたら硬い……)
中々動かせない戦況にアイロウは焦れ始めていた。しかしそこをグッと堪えながら、一発でも食らえば致命傷にもなり得る攻撃を防ぎ続けている。
「すげぇ……」
ホルツは再び呟いた。
予想もしていなかった、考えた事もなかった、そんなゼルの問いに戸惑いの様子を見せるラテール。
「人がよぅ、死に過ぎるとは思わねぇか? こんなに人が死ぬ世界が……これがこの世界の正しい姿なのか……ってな」
「死に過ぎる……考えた事もないな。人は死ぬ、そういうものだ」
「はっはっは、俺と同じ返答だな。だがそういう事じゃねぇ。命を奪われる人間が多過ぎやしねぇか、って事だ」
「その言い方だと、お前の考えという訳ではなさそうだな。誰が言っていた?」
「今まさに、その命の奪い合いってのをやってる俺達の切り札だ。ここに来る前、奴とバルファで話をしてな。最初は何言ってんだこいつは、って思ったが……よくよく考えてみると、確かにそうかもな……とか思ったりしてよ」
◇◇◇
「んあ? おいコウよぅ、そりゃどういう事だ? 言ってる意味が分からねぇぜぇ?」
「分かんないって事はないだろ、これだけ人が死ぬ世界が正しい姿なのか、って事だよ」
アルマドを出てバルファに到着したその日の夜、ゼル誘われて飲みに出た。そしてある程度酒が進んだ頃、俺はゼルに普段思っている疑問をぶつけてみた。そしてその疑問はゼルを大いに困惑させる事となったのだ。
「人が死ぬって……そんなん当たり前だろ、人どころか生きてるもんはよ……」
「そういう事じゃない。老衰とか病気とかそういう自然死じゃなくて、殺される人間が多過ぎないかって事。何でこんなに戦争が多い? 何でこんなに賊が多い? おかしいと思わないか? 俺はお師匠……ドクトルに弱肉強食こそこの世界の不文律だと教わった。確かに今はそうなんだろうな。でも、この先は? ずっとそうなのか? だとしたらあまりに進歩がないだろ。自分の尻尾を追いかけてその場でぐるぐる回ってる犬と同じだ」
「……って言われてもなぁ……先の事なんて分からねぇしよ」
「変わるはずだ。ゆっくりと、緩やかにでも……そうじゃなきゃダメだ、そうじゃなきゃおかしいんだよ」
「何か……随分と確信めいた言い方をするじゃねぇかよ。根拠でもあんのか?」
ある。漠然としてはいるが、辛うじて、そして薄らと、根拠と呼べるものはある。この世界は俺の元いた世界の中世期頃の姿とリンクしている。ヨーロッパでは十字軍が遠征を行い、百年戦争で多くの戦闘が起きた。日本ではどっぷりと戦国時代だ。数え切れない程の戦争が起き多くの人が死んだであろう時代、現代よりも確実に人の命が軽んじられていたであろう時代。封建国家の多さや文化、街並み、人々の暮らしぶりなど、元の世界の中世期頃と酷似している気がするのだ。であるならば、ここから先時代が進めば戦争の数は減ってゆき、人が真っ当に生きて真っ当に死んでゆく、そんな世界が訪れるかも知れない。もちろん五年や十年でそうなるとは思わない。しかしここは別の世界、何が起こるかなんて分からない。何か人々の意識を強烈に変える切っ掛けとなる様な出来事が起きて、急激にそちらの方向に時代の舵が切られても不思議ではないだろう。
「根拠って呼べる程のもんじゃないし、説明が難しい……でも、戦争なんて本来絶対悪だ。望んでいる人間なんていないはずだろ」
「まぁな、戦なんてない方がいいに決まってる。大半の人間はそう言うだろうよ。だが一方で戦を必要としている人間もいる。戦のお陰で武具店や鍛冶屋は儲かるだろうし、いざ遠征ってなりゃあ食料品を含めた物資も大量に売れる。戦がなけりゃ武功を上げられねぇから軍人は出世に苦労するだろうしよ、貴族共にくれてやる土地がねぇと、場合によっちゃ国の支配体制自体揺らいじまう」
「もちろん分かる。でもそんなの極一部の人間の都合だろ」
「まぁな。だがよ、その一部の人間共が世の中を牛耳ってるってのも事実なんだぜ? そういう連中の考え方が変わらない限り戦なんてもんはなくならねぇ。賊にしてもそうだぜ。いつの世にも一定数は社会から溢れる奴が生まれ、生きる為に略奪に走るってもんだ。戦もねぇ、賊もいねぇ、そんな時代が来るとは到底思えねぇな。それによ……人が人である限り、争い事はなくならねぇ。ま、これは俺の持論なんだがな。まぁ仮にだ、そんな世界になったなら、俺達傭兵なんてなお払い箱だなぁ」
「じゃあ昔は……」
「んん?」
「昔はどうだった? 戦争は多かった? 今と変わらないか? 賊は? 増えたか? 減ったか?」
「昔なぁ……昔ぁ――」
◇◇◇
「そこで俺ぁハッとしたぜ。昔はもっとこう……戦が多くなかったか、ってな。例えば俺達がガキの時分にはよ、どの国も今よりもっとギラギラしてたぜ。あの国が仕掛けた、どの国が勝ったっつって、大人連中が酒飲みながらよく話してたもんだ。あの頃に比べたら戦が減ってるとは思わねぇか? 賊の類いもよ、昔はもっと多かった気がするんだが……だってよ、街道の移動が楽に、安全になってねぇか? まぁ各地の街道が整備されたり、そういう影響もあるんだろうが……昔は商人も命がけでよ、まぁ今がそうじゃねぇとは言わねぇが……腕のいい護衛がいなけりゃ、街の外になんて商売に出れなかったろ?」
「そう……言われると確かに……だが……」
肯定しながらも、しかしやはり釈然としないラテール。言葉が繋がらず口ごもる。しかしゼルはそんなラテールを無視して話を続ける。
「高々三、四十年でよ、随分暮らしやすい世の中になってるんじゃねぇか? じゃあもう四十年経ったら……今よりも平和な時代になっててもおかしくはねぇんじゃねぇか? 傭兵なんぞ必要とされねぇ、そんな世界になってるんじゃねぇか?」
「傭兵が……必要とされないだと?」
「戦が起きるから、賊やら何やらが蔓延ってやがるから、だから俺達は必要とされている。じゃあ戦がなくなったら? 賊が減ったら? そうなりゃ俺達ゃ飯の食い上げだ」
「バカな……理屈は分かるが……そんな事が起こる訳がない」
「ああそうだよな、俺もそう思う。だがよ、何つうかこう……真っ向から否定出来ねぇんだよな。今までがそうだったからこれからもそうだとは言えねぇだろ? それに事実、戦も賊も減ってる気がするしな」
暫し無言のラテール。考えているのだ。そんな事が本当に起こるのか、傭兵からしたら最悪とも思える、そんな未来が本当に来るのか。そして気になった。この突飛とも思える未来を描いた存在……
「その男……お前達の切り札とやら……一体何者だ? そんな事を考え付くのは、歴史学者や社会学者や……そんな研究者の類いしかいないだろう。一介の魔導師がそこまでの考察と見解を持っているなど……」
「さぁな……ドクトルの教えなんじゃねぇのか? ドクトル・レイシィは政治家であり軍人であり、研究者だろ? まぁともかくよ、ありえねぇ、だから考えねぇってのはちっと違う気がしてな。本当に傭兵が必要とされなくなっちまったらどうするのか。潔く廃業、解散するのか、それとも何か違う飯の種を探し出してしぶとく生き残るのか……考えなきゃあるめぇよ、皆の生活やら人生やら、そんなん背負う立場としてはよ」
「なるほど……そこで支部を置く街との契約という所に結び付くのか……」
「まぁな。戦が減って、賊が減って、でもだからといって、本当に危険がなくなるとは言い切れねぇ。万が一って事がある、それが世の中の常だ。賢明な支配者ならその万が一ってのに備えなけりゃならねぇと、当然そう考えるはずだ。だから俺達がその備えになるんだ。契約を結んだ以上、絶対に、強烈に、何があってもその街を守らなきゃならねぇ。何も起きないからといって、腕を鈍らせる訳にはいかねぇ。仕事として正式に引き受ける以上はな。つまり世が変わったとしても、俺達は俺達のままそこにあり続け事が出来る。それになぁ……」
「何だ?」
「ああ。やっぱり戦がなくなるなんてのは考えられねぇ。確かに数は減るかも知れねぇがよ。だが数が減った分、規模はでかくなるんじゃねぇかと思うんだ。力を溜めて溜めて、満を持しての大戦、それこそ俺達の出番だろ? 完全な平和を望むなら、人間を一人残らずこの世から消し去らなきゃならねぇよ。でもそんな事は出来ねぇし、そもそも望む訳がねぇ」
「ふむ……」と呟き再び黙り込むラテール。
「…………」
「………………」
「おい、どしたラテール?」
沈黙に耐えきれず声を掛けるゼル。「いや……」と呟くとラテールはおもむろに姿勢を正し、予想もしなかった言葉を口にする。
「済まなかった」
ラテールの突然の謝罪。その意味を理解出来ず、キョトンとするゼル。
「……あん? 何だぁ、急に……?」
「正直お前を見くびっていた。そこまで深く考えを巡らせられる、そういう人間だとは思っていなかった」
「ハッ! そりゃあお前みたいに頭の出来はよくねぇがよ、それでも考えなけりゃあならねぇだろ」
「別に皮肉っている訳ではない、素直にそう思ったのだ。傭兵団は数多くあれど、そこまで考えているボスはいないだろう。あらゆる可能性を否定せず、あらゆる方策を講じ、万が一にも起こり得る不慮の事態に対応する為に思案を巡らせる。それは一国を治める王の思考と同じだ」
「王ってな……大概お前は言う事が大袈裟なんだよ」
「大袈裟なものか。他の傭兵団からは生まれない、生まれるはずもない傭兵の王……お前がそこを目指すのなら、手を貸してやらん事もなくはない」
「どっちだよ」
「但し今話した事、考え、信念……決して忘れるな。道を違えば、俺の毒がお前を仕留める事になる」
「おいおい、おっかねぇな。まぁ心配はいらねぇ、変わらねぇさ。真っ白なジョーカーをよ、お前の毒で上手く中和してくれや」
そう話すとゼルはグラスを前に差し出す。ラテールはチン、と静かにグラスを合わせた。
「さて、こうなると気になるのは向こうの様子だ。二人共に死んでほしくはねぇが……」
「うむ。お前達の切り札とやらに俺も興味が湧いてきた。が、止められないのならば致し方ない、両者共に死なぬ事を祈るしかなかろう」
◇◇◇
「すげぇ……」
ホルツは完全に目を奪われていた。眼前で繰り広げられている魔導師二人の戦いにだ。曲刀のホルツ、などとあだ名される程の腕の良い剣士であり、同時に歴戦の傭兵である彼をして、先程から「すげぇ」という言葉しか出てこないのだ。
「チィッ!」
アイロウが放つ連続魔弾。魔力シールドを張り防ぐ。と、その弾幕の隙に一気に間合いを詰め、アイロウは横一文字に剣を振るう。
「当た……るかぁ!」
ギィィィン! と鳴り響く金属音。俺は腰に提げている真っ黒い短剣、魔喰いを抜きアイロウの剣を弾く。そしてすかさず魔散弾を放つが、アイロウはシールドを張りながら左へ飛び退け被弾を回避する。パパパパパシィ……と魔散弾がシールドに防がれる乾いた音が響いた。
(くっそ……分かってはいたけど……やっぱ強い……!)
俺はアイロウを睨みながら、次の瞬間には何を仕掛けてくるか予想も付かない、そんなアイロウの攻撃に備える。
(チッ……決定打がない……何だあの黒い剣は……やたら硬い……)
中々動かせない戦況にアイロウは焦れ始めていた。しかしそこをグッと堪えながら、一発でも食らえば致命傷にもなり得る攻撃を防ぎ続けている。
「すげぇ……」
ホルツは再び呟いた。
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