転生したら推しの悪役令嬢……と思いきや、ヒロインでした!推しの断罪を回避したいのに、王太子に溺愛されて困っています!

まりり

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消されゆく令嬢

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 アメリアがレオンと図書室で会った日から数日後。マクスウェルは、父である国王エリアスの前に立っていた。

 国王の私室に相応しい重厚な扉は静かに閉じられ、冷たい空気がひやりとマクスウェルの肌を撫でる。
 広い机の上には帳簿が山のように積まれ、脇の蝋燭ろうそくが揺れるたび、書類の影が波のように揺らめいた。

 エリアスは一枚の報告書からゆっくりと顔を上げる。

「……ロゼティーナ家の支出に不審な点がある、ということか?」

 低い声が室内に落ち、静寂の中に広がった。
 マクスウェルは姿勢を正し、淡々とした口調で答える。

「はい。しかし、金の用途までは特定できておりません。領地の開発計画の一部だと説明されれば、それで通る内容です」

「……なるほどな。怪しいが、決定的とは言い難いか」

 エリアスは表情をほとんど動かさず、細い金縁の眼鏡を指先で押し上げた。

「ロゼティーナ家の帳簿は、確かに整合性の取れない部分がある。だが、これだけではただの記載ミス、とも見える」

「……はい。どう動くべきか判断が難しいところです」

「難しくはない」

 エリアスは静かに言い切った。

「昨夜、追加の報告があった。“ロゼティーナ家の周辺で、不審な資金の動きに加え、第三者の影が確認された”と」

 マクスウェルの眉がわずかに動く。

「第三者……?」

「そうだ。そして、その影は——“ヴィスカルノ家”と繋がっている可能性が高い」

 空気が、一瞬で重くなった。

「ヴィスカルノ家……彼らが、ロゼティーナ家を?」

「そうだ。——ところで、マクスウェル。最近は学園でヴィスカルノ家の娘と随分親しくしているそうだな」

 唐突に話題を変えられ、マクスウェルは父を探るように見つめた。

「……ただの学友です。根拠なく結びつけられては困ります」

「ふむ。若者の交際に口を挟むつもりはない。だが——」

 エリアスはわずかに口元を歪めた。その笑みは柔らかいのに、剣の切先のように冷たい。

「私情で判断を曇らせるほど、お前は未熟ではないと信じているぞ?」

「……承知しております」

 短い返答。しかし、その声は硬い。

「ヴィスカルノ家が、ロゼティーナ家を失脚させることで空いた婚約者の席を狙っている——という情報もある」

 マクスウェルの胸が、冷たいもので満ちる。

「まさか……ヴィスカルノ家が、そのようなことをするなんてことは……」

「マクスウェル、油断するな。誰がいつ巻き込まれるか分からん」

 蝋燭の炎がゆらめき、エリアスの横顔に赤い光を落とす。

「この影は——いずれ、お前の周りにも伸びてくる」

 それは、どこか確信めいた口調だった。



 ある日、アメリアは気持ちを少しでも明るくしようと、学園の帰りに花屋へ立ち寄った。
 裏通りにある店には馬車が入れず、御者は広い道で待たせてある。

(今日も大丈夫。何も起きなかった……よかった)

 白い花を抱えて石畳を歩く。夕闇が少しずつ濃くなるころ——。

「アメリア・ヴィスカルノ様ですね」

 背後から、妙に落ち着き払った声が降ってきた。

 振り返る間もなく、強い腕が口元を塞ぎ、体を引きずられる。

「……っ!!」

 手からこぼれた白い花束が石畳に落ち、花びらが散った。

「声はお控えください。あなたを傷つけに来たわけではありません」

 淡々とした口調が、かえって恐怖を増幅させる。
 馬車の扉が閉まり、静かに闇に溶け込んだ。



 連れて来られた先は、ロゼティーナ家の離れと思しき屋敷だった。
 与えられた部屋は整えられていたが、左右には護衛が立ち、逃げ道はない。

 やがて扉が開き、ロゼティーナ家当主ライナーと、公爵夫人が現れた。

「驚かせてしまいましたね、アメリア嬢。ですが、これもやむを得ない事情ゆえ……どうか許してほしい」

 申し訳なさそうな声だったが、奥にはゾッとするような冷たさがある。

「……どうして、私を……」

「理由はひとつ」

 ライナーがゆっくりと椅子に腰掛ける。

「我がロゼティーナ家が、裏金を受け取っているのではないか、と王宮から疑いをかけられているからです」

 アメリアは眉を寄せた。

(ロゼティーナ家が……? どうしてそんな……)

 原作にもなかった話に、思考が追いつかない。

「実はね」

 夫人が柔らかく微笑む。

「なぜ我が家がそんな疑いをもたれたのか——それには、あなたのご実家……ヴィスカルノ家が関与しているのでは、という声が上がっているのですよ」

「そんな……!」

 アメリアは即座に首を振った。

「うちの家が……絶対にありえません!」

「あなたがそう言うのは分かります」

 夫人の声はあくまで優しい。しかしその言葉には棘があった。

「ですが、王宮にはいくつかの証言が届いているのです。あなたを殿下の妃にするため、エイベルを遠ざける目的で——ヴィスカルノ家が我が家を陥れたのでは、と」

「殿下の……妃……?」

 アメリアの心臓が跳ねた。

 そんな馬鹿げた話があるものか。エイベルはむしろ、自ら婚約を解こうとしていた。

ライナーが続ける。

「本来であれば、我が家はヴィスカルノ家に然るべき報復を行わねばなりません。家名を貶められたのですから」

 アメリアの顔から血の気が引く。夫人が、慈母のような声音でとどめを刺した。

「ですが、エイベルはあなたを友人として慕っているのでしょう? 大事な娘の友人を、私たちは傷つけたくありません」

 優しい微笑みが、どこまでも残酷だった。

「ですからお願いです、アメリア嬢」

 夫人はそっとアメリアの手を握った。

「あなたが“自発的に”遠い国へ行ってくれれば、それで良いのです」

「……え……」

「あなたが身を引けば、ヴィスカルノ家への追及は私たちから止めましょう。疑いは薄れ、事態は自然に収まります。そして、エイベルにも不利益は及びません」

 アメリアは息を呑む。完全なる脅しだった。

「アメリア嬢」

 ライナーは淡々と告げる。

「この国にあなたがいる限り、ロゼティーナ家も、あなたのご実家も危険にさらされる。ここを離れることが、すべてを丸く収める唯一の方法なのです」

 アメリアの呼吸が浅くなる。逃げ場はどこにもない。

(私がいなくなれば……全部収まる……?)

 アメリアは首を垂れたまま、答えを返せなかった。

 ロゼティーナ家の二人は、その沈黙を“了承”と受け取ったかのように微笑んだ。
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