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段ボールに囲まれて
鈴木宗介は、地方の中堅機械メーカーのある営業所で営業を担当する24歳の会社員だった。入社2年目、真面目で几帳面な性格の彼は、営業成績は平均的で、社内では目立たない存在だった。
そんな彼の日常を変えたのは、新しく入ってきたパート社員の野田樹だった。樹は20歳、明るい茶色の髪を肩まで伸ばし、笑うと目が細くなる可愛らしい顔立ちをしていた。彼女はパートながら仕事に熱心で、電話対応の丁寧さや顧客の要望を素早くメモする姿が印象的で、所長からも「いい子だ」と評判だった。
宗介は樹が配属された日から、彼女の姿に心を奪われた。朝の挨拶で
「おはようございます、鈴木さん」
と笑顔で声をかけられると、宗介は顔を赤らめて
「おはよう」
と返すのがやっとだった。
彼女の笑顔を見るたびに胸が熱くなり、もっと話したい、彼女のことを知りたいという気持ちが膨らむ一方で、告白する勇気は一向に出てこなかった。
自分は経験のない童貞で、彼女のような明るい子にふさわしいのか、そんな自問が彼を臆病にさせていた。樹のデスクは彼の斜め前で、彼女が書類をめくる音や、時折漏らす小さなため息まで聞こえてくるのに、声をかけるきっかけすら掴めずにいた。
そんな中、2年先輩の内田が樹にアプローチを始めた。内田は営業のエースで、トークが上手く、女性社員の間でも人気だった。彼は樹をランチに誘い、仕事の相談と称して長く話すようになった。
やがて、内田と樹が付き合い始めたという噂が社内に広まった。ある休憩時間、宗介は窓の外で内田の車に樹が乗る姿を目撃した。
二人は笑いながら話していた。宗介の胸は激しく痛んだが、何も言えずにデスクに戻るしかなかった。樹の笑顔が今は内田に向けられていると思うと、仕事に集中できず、残業を繰り返す日々が続いた。
2年が経過した。内田は別の営業所への転勤が決まった。樹との関係について、宗介は直接聞くことができなかった。転勤の送別会で、樹は少し寂しそうな顔をしていたが、それが別れを意味するのか、遠距離を続けるのか、宗介にはわからなかった。
樹は相変わらずパートで働き続け、宗介は彼女に仕事以外で話しかける機会を逃し続けていた。彼女の姿を見るたびに、抑えきれない想いが胸を締め付けた。
さらに1年後の春、本社への栄転辞令が出た。本社営業部への異動で、これは転居を伴うものだった。喜びよりも、この町を離れること、樹と二度と会えなくなるかもしれないという寂しさが強かった。
出勤最終日。宗介は勇気を奮い起こして、退勤時に樹を呼び止めた。
「野田さん、もしよかったら、今日、食事に行きませんか? 」
樹は少し驚いた様子だったが、すぐに
「はい、行きましょう」
と微笑んだ。
二人は近くの定食屋で食事をした。宗介は内田のことを聞きたくて仕方なかったが、口にできなかった。樹も過去の話は避け、
「都会の生活、楽しんでくださいね」
と明るく話した。食事の後、駅の改札前で別れの時が来た。宗介は手を差し出した。
「今まで本当にありがとうございました。野田さんも頑張ってください」
握手を交わす。樹の手は細く、柔らかかった。宗介はそれを離したくなかったが、精一杯の勇気だった。だが、樹は握手を解かずに、静かに言った。
「鈴木さんの家に行きたい」
宗介は驚いて樹の顔を見た。
「え? 家?」
「うん。最後に、鈴木さんの部屋を見てみたいの。いいかな?」
戸惑いながらも、宗介は頷いた。自分のアパートは会社から近く、すでにほとんど荷造りが終わっていた。部屋に入ると、段ボールの山が所狭しと積まれ、中央に1枚の布団が敷かれているだけだった。
「わあ、すごい。段ボール城みたい。」
樹が小さく笑った。
「ごめん、明日引っ越しで片付けてなくて。」
「気にしないで。なんか、特別な感じがする。」
樹は布団の端に座り、宗介を誘うように隣を叩いた。宗介は緊張しながら座った。二人の距離は近かった。樹が宗介をじっと見つめる。しばらく沈黙が続いた後、彼女が静かに言った。
「なんか、今日で会えなくなるのが寂しくて…」
その言葉の後、樹が先に身を乗り出して、宗介の唇にキスをした。最初は驚いた宗介だったが、すぐにその温もりに応えた。キスは次第に深くなり、舌が絡み合う。樹の手が宗介のシャツのボタンを外し始めた。宗介の体は緊張で固くなっていたが、樹の優しい指先の感触に、徐々に力が抜けていった。
「樹さん…本当にいいの?」
「いいの。私に任せて。」
樹はリードするように、宗介の服を脱がせ、自分の服も脱いでいった。二人は裸で抱き合い、布団の上に横たわった。樹の肌は白く、滑らかで、宗介の手に触れると熱を帯びていた。
宗介は彼女の胸を優しく撫で、乳首に触れると、樹が小さく声を漏らした。樹の手が宗介の下半身を優しく包み込み、ゆっくりと刺激する。宗介は息を呑み、彼女の温もりに身を委ねた。
「初めてなんでしょう?」
樹が耳元で囁いた。宗介は恥ずかしそうに頷いた。
「大丈夫。ゆっくりでいいから。ゴムつけてあげるね」
樹はハンドバッグからコンドームを取り出し、宗介の硬くなったものを優しく握りながら装着してくれた。彼女の指の動きに、宗介は体を震わせた。
準備が整うと、樹が自ら脚を広げ、宗介を導いた。熱く湿った感触が先端を包み込み、窄まった肉壁が彼を締め付ける。宗介は思わず呻いた。樹の内側の熱と柔らかさが、初めての感覚で彼の理性を揺るがした。
「動いていいよ…」
宗介は樹の腰に手を置いてゆっくりと動き始めた。樹が
「もっと深く」
と囁き、腰を前後に動かす。最初はぎこちなかった宗介の動きも、樹の優しいリードに合わせて次第にリズムが生まれた。二人の吐息が重なり、樹の喘ぎ声が段ボールの壁に反響する。樹が時折宗介の耳元で甘く喘ぎ、
「そこ、いい…」
と囁くたびに、宗介の腰の動きは自然と激しさを増していった。
彼女の体が震え、爪が彼の背中に軽く食い込む。激しく求め合ううちに、宗介は樹の体を強く抱きしめ、彼女の背中を撫でながら本能的に突き上げた。樹の体が震え、甘い声が漏れるたびに、宗介の興奮は高まっていった。
ゴム越しでも伝わる彼女の内側の収縮に、宗介は限界を迎え、樹の中で達した。樹も同時に体を弓なりに反らし、甘い声を上げて達した。二人は汗まみれで抱き合い、激しい息を繰り返した。互いの鼓動が重なるまで、静かに繋がったままだった。
「ありがとう、宗介さん」
樹が宗介の胸に顔を埋めて呟いた。
宗介は樹の背中を撫でながら、この瞬間を永遠に刻み込もうと思った。段ボールに囲まれたこの狭い空間で、二人は初めて深く繋がった。
朝が来た。宗介が目を覚ますと、樹の姿はなく、代わりに枕元に手書きの手紙が置かれていた。
『優しくてピュアな鈴木さん。もし昨日告白されてたらお断りするつもりでした。でも最後まで言い出せないあなたが愛おしくてたまりませんでした。いつまでも変わらないでいて下さい』
宗介は手紙を何度も読み返した。長い片思いの終わりを、はっきりと感じていた。涙が頬を伝ったが、それは苦いものではなく、少し甘い余韻を残すものだった。
それから数年間、宗介は本社で仕事に没頭した。恋愛に時間を割く余裕はなく、営業の数字を追い、部下を育て、毎日を忙しく過ごした。ある時、旧営業所の同僚から連絡があり、内田が会社を退職したこと、そして樹も同じ頃にパートを辞めたことを聞いた。二人がどうなったのかはわからなかった。
ある晴れた日のこと、宗介の自宅に1枚のハガキが届いた。差出人は内田だった。ハガキの写真には、タキシード姿の内田と、ウェディングドレスを着た樹が写っていた。樹のお腹は少しふくらんでいて、妊娠しているのがわかった。二人は幸せそうに笑っていた。
宗介はハガキをじっと見つめ、心の中で呟いた。
「お幸せに。」
素直に、そう思えた。自分の胸の奥に残っていた想いは、今は穏やかに、彼女の幸せを願う気持ちに変わっていた。
そのころの宗介は、また片思いの真っ最中だった。ある夜、本社の飲み会に出席していた時、席の向かい側に、社内報で見た顔の女性が座っていた。以前、リモート会議や電話で何度か言葉を交わしたことがあり、印象に残っていた女性だった。
飲み会の席で隣になった彼女と軽く会話を交わすうちに、宗介は彼女の明るい話し方や、的確な受け答えに惹かれていく。彼女も宗介の穏やかな物腰に好印象を持ったようで、話は自然に弾んだ。彼女が
「リモートだと顔がよく見えなくて寂しいんですよね」
と笑うたびに、宗介の胸の奥が少しずつ熱を帯びていった。
上司がかなり酔った様子で、大きな声で茶化してきた。
「おいおい、鈴木くん! いい雰囲気じゃねえか! あの子、佐藤の彼女だろ? 羨ましいなあ!」
その言葉に、彼女の頬が一瞬で赤く染まった。宗介はそこで初めて、彼女が後輩の佐藤の彼女であることをはっきりと理解した。
それでも、宗介の胸に生まれた熱は、すぐに冷めることはなかった。彼女の笑顔や、話すときの少し照れくさそうな仕草が、妙に心に残る。知ってしまった今でも、この想いをすぐにしまい込むことはできそうになかった。
グラスを傾けながら、宗介は静かに思った。
『この想いを段ボール箱に入れるのは、まだ先のことだろう』
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