そばえに咲く傘のはな

くさの

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Act.01 約定、執着、ユウガオ

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 そんなまどかのへたりこんだ正面には黒い影の溶け残ったどろどろとした液体のような残骸がある。
 まどかがそっと、無意識に手を伸ばすも直前でそれは躊躇われた。さわりたい、という衝動に身体が拒絶を示した。好奇心と恐怖がないまぜになって、でもその上で勘が駄目だと囁いた。それは傍にいた彼も同じだった。

「それ以上はお勧めしませんよ。二重の呪いは死期を早めますからね」

 今までも何人か死にたがりな方はいましたけれど。彼の表情が少し緩む。思い出し笑いをしているらしかった。まどかにとっては笑い話ではないが、彼にとっては笑い話なのだ。

「でもまあ、良かったですね。濃くはないし、すぐには死なないでしょう」
「……え! すぐにはってことはいつか死ぬ!?」
「生き物は生まれたら死にますよ? おや、そこも理解されていない?」
「そうじゃなくて!! 事故とか風邪とか老衰じゃなくて、呪いが原因で死ぬってことですか!?」
「それ、老衰以外は呪いと言っても過言ではないのでは」
「呪いがあるかないかでは全く! 意味合いが変わってきますよ! いやだ! 呪いでは死にたくない! あなたの力では何とかできないんですか!? あなたもそういうもののこと、ご存じでしょう」

 着物姿の彼は、こてんと首を傾げた。こちらの必死さに感情でさえ追いつく気はないらしい。そもそも感情があるのかは、分らないが笑うということはそれ以外の感情も持ち合わせているはずだ。

「先ほども言いましたが、初対面のそれも人間に。私が親切にしてどんな利があります?」

 言い聞かせるような、同じことを何度も言わせるな、という口調だった。背筋がぞっとして、まどかはぐっと堪える。すぐに言葉を返せなかった。

「そもそも、視えてないならまだしも、感じているなら無関係ではいられません。一度呪いを受けたということは周囲にも感知されています。そういう気配に周りは敏感ですよ、呪いを受けやすい体質に変わったともいえるでしょう。まあ、人間世界の払い屋に行ったところで根本的な解決方法はないでしょうね。完全に解くにはそれなりに対価が必要になりますか……人を呪わば穴二つ、っていうでしょう?」
「ひとをのろわばあなふたつ……? 初めて聞きましたけど、逃げる穴でも必要なんですか?」
「……はあ」
「あ! 今呆れましたね!? そこまでバカではないです!! ちょっと物を知らないだけです、調べますから待ってください」

 心底呆れたとでもいうような大きなため息に、まどかは少しだけ身体が動かせるようになった気がした。ポケットから端末を取り出して、検索欄に今の言葉を入力する。表示されたリンクのなかからことわざ辞典のようなページを開いて読む。
 あまり覚えていたくはない意味合いの言葉だということは理解した。日常生活で使用することもそうそうないだろう。今までの人生では必要がなかった諺だ。

「その板で言葉を調べられるのですか?」
「え、あ、はい。大抵の事は……」

 いつの間にか彼が傍にいて、まどかの端末を覗く。今しがた開いた、人を呪わば穴二つ、という諺の意味と使用例が書かれているページを見ていた。
 その姿勢は大変興味深そうで、彼が飛びこんで傘を投げた時の年長者、という言葉を思い出して笑ってしまった。
 すると彼が笑ったことに対してか、不思議そうにどうしたんですか、と聞いた。

「いえ、貴方でも知らないものはあるのだと、思っただけです」
「そうですね。発展していく世から遠ざかって生きていると、そうなります」

 笑ったことについて、彼は怒るでもなく素直に受け入れていた。まどかの方が今度は居心地が悪くなってしまう。この空気をどうするべきか、迷っていると彼が口を開いた。

「そういえば。その呪い、はやく解かないとさっきのアレの名残が憑り殺しに来るかもしれませんよ」

 あれはそういう性質ですから、とクスクスと肩を揺らして意趣返しのように笑う。
 ここでふと、一番に想いついていなければおかしい疑問が浮かび上がる。そう言えばこの人物は誰なのだろうか。朝見ただけでどうして忠告をして助けてくれたのか。まどかは彼が何を思ってここにいるのか、はたまた何を企んでいるのかと怪しげに笑う姿を見た。
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