そばえに咲く傘のはな

くさの

文字の大きさ
7 / 17
Act.01 約定、執着、ユウガオ

6

しおりを挟む
 咽喉の奥まで競り上がってきた疑問を口にするより先に、笑い終えた彼がその細い目でまどかを見た。

「――そうですね、人の子。私と取引をしましょうか。あなたが被った呪いを解いてあげましょう」
「……は、え?」
「それですよ、それ」

 彼がすっと手を伸ばしまどかの首元に触れた。うっすらと弧を描いた口元と、細められた目にまどかは今日何度目かの身震いをした。夕日の入り込む部屋の中で、へたり込んだまどかに覆いかぶさるようにかかる彼の影の下。細められた眼が怪しげに光る。今朝視た、あの金色の光がそこにある。

「その代わりあなたは、私の探し物の手伝いをすること。あと屋根のある場所も用意して下さると助かります」
「え! 急すぎでは!? でも、あの、さっきから何度も聞いてますけど、あなたは人、じゃ、無いんですよね?」
「おや、人でなければならない理由があるのですか? あなたは今しがた、その人でないものに呪いを貰い、人ではないものに助けてもらって手まで差し伸べてもらっているのですよ?」

 ご名答、と言いたげに彼はまるで役者のような丁寧さでお辞儀をした。けれど上がった顔は醜いものでも見るように歪んでいてまるで、人か人でないかというだけで線引きする人間に対して、嫌悪しているようにも見えた。
 直感的にまどかは背筋が寒くなりぶるりと震えた。どうして今日はこんなことばかり、と恨めしく思ってしまう。

「人間さまはどれだけ偉いのでしょうね。世界は自分たちのものだと思ってらっしゃる。そう云うところは嫌いですね、けど、そうではない方もいますから。それはそれで困りものですよね……」

 突き刺すような空気が、ふっと緩む。まどかは不思議に思いながらも怪しいと疑う眼差しを彼に向ける。そうして、今度は上から下までじっくりと眺めた。髪型はおかっぱだし、服装は着物だし、話し方は丁寧だけれどどこか上からで少々言葉尻がきつい印象だ。そうして手には、自立して移動もお喋りもできる傘。
 怖い、印象と人ではないという得体のしれないものへの恐怖は消えないが、今のところ彼は嘘をついていないように思う。
 それに、そうでない方といった時のどこか懐かしむ様な優しげな表情は、絶対に嘘ではない。

「え、っと。じゃあ、あなたは、その探し物の手伝いと住む所、食べ物を用意すればこの痣を消してくれる、ってことでいい……?」

 まどかはぐっと拳を握りしめながら、まっすぐに彼を見上げた。
 軽々しく甘い言葉を信用してはいけないと言われ続けていたけれど、気持ちは藁にもすがる思いだし、この人は大丈夫だとまどかの勘がそう言っている。
 彼がまどかの言葉とまっすぐ見つめる姿勢にぽかんと目を丸くした。けれどそれはほんの一瞬で、すぐに隠す様にうっすらと笑みを浮かべる。

「用意すれば、って――そうですね。それ“だけ”でその呪いをどうにかしましょう」
「えっと、言ってなんですけど、手伝いは休日にしてもらえると助かります。今年ならまだ大丈夫なんですけど、来年からは実習も入るみたいで、ちょっとばたばたしちゃう予定です。あと、住む所とご飯はうちに来てください。友人が来るって話で大家さんに話をしてみます」

 まどかは伝えておかなければと思う事を想うままに並べて、彼に伝えた。手伝いを半端にするわけではない事、住む場所も食に関しても、まどかが出された条件に対して出来るだけ尽くせる事を、伝えた。
 その真剣さに彼が表情を崩し、俯いた。まどかは一瞬驚き、不安を抱えながらも様子を窺った。

「人の子――あなたは頭が弱そうですね」
「え!? な、なんですとっ!?」

 言うなり彼がトンッと軽い調子で足元を蹴る。ぶわっと部屋の中の空気が改めて入れ替えられたような新鮮な心地がした。温く湿った空気が、重苦しかった空気が、一掃される。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...