そばえに咲く傘のはな

くさの

文字の大きさ
12 / 17
Act.02 刷込、娯楽、ワスレナグサ

4

しおりを挟む
 もくもくと夕食を口に運んでいると、ところで、と瑞枝が言う。あまりいい話の予感はしないけれど、聞くしかない。この家の中で一番強いのは、年長者。私は覚え悪くない。

「藍から聞いたのですが」
「ほう?」
「今日、また何か視たんですってね?」

 ぎくっと体がこわばる。
 目にしたものにすぐに反応するな、しないように気を付けて生活するように、と言い含められているのに、あの毛玉が気になって、そ知らぬふりをして講義室への移動の合間に傍を通ってみたのだ。
 けれど行った時にはもう影も形もなく、その場からは消えていて、結果妖怪だったのか単にタワシが転がっていただけなのかは分からずじまいだった。まああんなにころころするタワシはないだろう。そのくらいはさすがに私にもわかる。
 というか、藍はいつから私を視ていて、いつ先回りして帰ってきたのだろう。いや、妖怪で傘なのだいくらでも早く帰る術はある……のだろうか、私も自転車をそれなりに漕いできたはずなのだが。

「こ、今回は大丈夫だと思います。悪い感じはしなかったし、目は合ってません」

 実際に目は合っていないし、話しかけも掛けられもしていない。窓越しのひと目で射止められるなんて、運命の出会いレベルですよ。

「なら、肩のそれは私の見間違いでしょうかね?」

 瑞枝はこちらを見ずに、もくもくと口を動かしている。瑞枝は焼き海苔でご飯をくるっとひと口大に包んで食べるのが好みな様だ。
 肩? そう思って右肩に顔を向ける。毬栗の茶色いトゲトゲした部分の下に、クリーム色の身体と、ひよこの足のようなものが生えている物体が、肩に止まっていた。

「びゃっ!」

 怖くて身体を左に引くとその小さな毬栗も驚いて、ぴょんっと跳ねて、こてんこてんと床に着地した。着地、というより転がった。

「ぴ!」

 毬栗かタワシかはさておき、その生き物は床に転がった衝撃で小さく鳴いた。
 むずむずと身体を震わせて起き上がると、少しばかり警戒した様子で睨みあげたがぽてぽてと私の方へ近づいてきた。

「藍」
「へーいへいっ」

 様子をみていた瑞枝の呼びかけに、藍がひゅっと跳んで私と毬栗の合間に割り込む。
 傘の紙が貼ってある部分と骨の部分がふわふわ動いているので、たぶん何か口に入れたところだったんだろう。消化器官……という謎はさておくとして。
 毬栗はぴたりと歩みを止めて、藍をじっと見てから藍の横からすっと顔をだして藍の後ろにいる私を視た。その眼差しはつぶらで、きらきらとしていて、愛らしい。

「こらっ。おまえさん、どうして憑いちゃったかなぁ」
「ぴぴっ! ぴっぴっ!」

 藍の口調はどこか柔らかで、子どもの悪戯を叱るようでもあった。

「まどかー、おまえが視てたの知ってるってよー」
「目は合ってない、今日のは合ってない!」
「ぴぴぴ~」
「あんなに見つめ合ったのにって言ってる」

 眩暈がする。ロマンスが生まれそうなことはひとつもしていない。それこそ、毬栗が落ちてる踏んだら痛そう、くらいのものだった。見つめ合うなんてとんでもない。

「見つめ合ってないよ!? そもそも目がどこかわかってなかったから! 毬栗かタワシだと思ったのに……毬栗なの? タワシなの?」
「ぴっぴぴっぴ~」
「どちらかといえば、毬栗らしいゼ」

 自称毬栗の妖怪は律儀に応えてくれる。植物由来の妖怪らしい。……いや、タワシは植物由来?
 そのあとも、ぴっぴぴっぴと何かを話しかけてくれるが私にはただの、ぴっぴぴっぴにしか聞こえずすべて藍という通訳を通しているから実際にどんなことを言われていても藍と瑞枝の胸の内にしまわれている。

 そういえば以前、二人に「人間の言葉を話す妖怪は基本的に疑ってかかった方がいい」とも教わった。ここに二人もいますが、という私には珍しいまともなツッコミは瑞枝の物を言わせぬ笑顔に黙殺されている。
 妖怪は、人間から派生しているものもあるとはいえ種族的には人と動植物が会話出来ないのと同様に、会話できないことが普通であるらしい。
 人の言葉を理解する・出来る、ということは会話する・理解する機会があったということで、それは良かれ悪しかれ、基本的に交わることはない人間と妖怪が関わりを持ったという証なのだという。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...