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Act.02 刷込、娯楽、ワスレナグサ
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もくもくと夕食を口に運んでいると、ところで、と瑞枝が言う。あまりいい話の予感はしないけれど、聞くしかない。この家の中で一番強いのは、年長者。私は覚え悪くない。
「藍から聞いたのですが」
「ほう?」
「今日、また何か視たんですってね?」
ぎくっと体がこわばる。
目にしたものにすぐに反応するな、しないように気を付けて生活するように、と言い含められているのに、あの毛玉が気になって、そ知らぬふりをして講義室への移動の合間に傍を通ってみたのだ。
けれど行った時にはもう影も形もなく、その場からは消えていて、結果妖怪だったのか単にタワシが転がっていただけなのかは分からずじまいだった。まああんなにころころするタワシはないだろう。そのくらいはさすがに私にもわかる。
というか、藍はいつから私を視ていて、いつ先回りして帰ってきたのだろう。いや、妖怪で傘なのだいくらでも早く帰る術はある……のだろうか、私も自転車をそれなりに漕いできたはずなのだが。
「こ、今回は大丈夫だと思います。悪い感じはしなかったし、目は合ってません」
実際に目は合っていないし、話しかけも掛けられもしていない。窓越しのひと目で射止められるなんて、運命の出会いレベルですよ。
「なら、肩のそれは私の見間違いでしょうかね?」
瑞枝はこちらを見ずに、もくもくと口を動かしている。瑞枝は焼き海苔でご飯をくるっとひと口大に包んで食べるのが好みな様だ。
肩? そう思って右肩に顔を向ける。毬栗の茶色いトゲトゲした部分の下に、クリーム色の身体と、ひよこの足のようなものが生えている物体が、肩に止まっていた。
「びゃっ!」
怖くて身体を左に引くとその小さな毬栗も驚いて、ぴょんっと跳ねて、こてんこてんと床に着地した。着地、というより転がった。
「ぴ!」
毬栗かタワシかはさておき、その生き物は床に転がった衝撃で小さく鳴いた。
むずむずと身体を震わせて起き上がると、少しばかり警戒した様子で睨みあげたがぽてぽてと私の方へ近づいてきた。
「藍」
「へーいへいっ」
様子をみていた瑞枝の呼びかけに、藍がひゅっと跳んで私と毬栗の合間に割り込む。
傘の紙が貼ってある部分と骨の部分がふわふわ動いているので、たぶん何か口に入れたところだったんだろう。消化器官……という謎はさておくとして。
毬栗はぴたりと歩みを止めて、藍をじっと見てから藍の横からすっと顔をだして藍の後ろにいる私を視た。その眼差しはつぶらで、きらきらとしていて、愛らしい。
「こらっ。おまえさん、どうして憑いちゃったかなぁ」
「ぴぴっ! ぴっぴっ!」
藍の口調はどこか柔らかで、子どもの悪戯を叱るようでもあった。
「まどかー、おまえが視てたの知ってるってよー」
「目は合ってない、今日のは合ってない!」
「ぴぴぴ~」
「あんなに見つめ合ったのにって言ってる」
眩暈がする。ロマンスが生まれそうなことはひとつもしていない。それこそ、毬栗が落ちてる踏んだら痛そう、くらいのものだった。見つめ合うなんてとんでもない。
「見つめ合ってないよ!? そもそも目がどこかわかってなかったから! 毬栗かタワシだと思ったのに……毬栗なの? タワシなの?」
「ぴっぴぴっぴ~」
「どちらかといえば、毬栗らしいゼ」
自称毬栗の妖怪は律儀に応えてくれる。植物由来の妖怪らしい。……いや、タワシは植物由来?
そのあとも、ぴっぴぴっぴと何かを話しかけてくれるが私にはただの、ぴっぴぴっぴにしか聞こえずすべて藍という通訳を通しているから実際にどんなことを言われていても藍と瑞枝の胸の内にしまわれている。
そういえば以前、二人に「人間の言葉を話す妖怪は基本的に疑ってかかった方がいい」とも教わった。ここに二人もいますが、という私には珍しいまともなツッコミは瑞枝の物を言わせぬ笑顔に黙殺されている。
妖怪は、人間から派生しているものもあるとはいえ種族的には人と動植物が会話出来ないのと同様に、会話できないことが普通であるらしい。
人の言葉を理解する・出来る、ということは会話する・理解する機会があったということで、それは良かれ悪しかれ、基本的に交わることはない人間と妖怪が関わりを持ったという証なのだという。
「藍から聞いたのですが」
「ほう?」
「今日、また何か視たんですってね?」
ぎくっと体がこわばる。
目にしたものにすぐに反応するな、しないように気を付けて生活するように、と言い含められているのに、あの毛玉が気になって、そ知らぬふりをして講義室への移動の合間に傍を通ってみたのだ。
けれど行った時にはもう影も形もなく、その場からは消えていて、結果妖怪だったのか単にタワシが転がっていただけなのかは分からずじまいだった。まああんなにころころするタワシはないだろう。そのくらいはさすがに私にもわかる。
というか、藍はいつから私を視ていて、いつ先回りして帰ってきたのだろう。いや、妖怪で傘なのだいくらでも早く帰る術はある……のだろうか、私も自転車をそれなりに漕いできたはずなのだが。
「こ、今回は大丈夫だと思います。悪い感じはしなかったし、目は合ってません」
実際に目は合っていないし、話しかけも掛けられもしていない。窓越しのひと目で射止められるなんて、運命の出会いレベルですよ。
「なら、肩のそれは私の見間違いでしょうかね?」
瑞枝はこちらを見ずに、もくもくと口を動かしている。瑞枝は焼き海苔でご飯をくるっとひと口大に包んで食べるのが好みな様だ。
肩? そう思って右肩に顔を向ける。毬栗の茶色いトゲトゲした部分の下に、クリーム色の身体と、ひよこの足のようなものが生えている物体が、肩に止まっていた。
「びゃっ!」
怖くて身体を左に引くとその小さな毬栗も驚いて、ぴょんっと跳ねて、こてんこてんと床に着地した。着地、というより転がった。
「ぴ!」
毬栗かタワシかはさておき、その生き物は床に転がった衝撃で小さく鳴いた。
むずむずと身体を震わせて起き上がると、少しばかり警戒した様子で睨みあげたがぽてぽてと私の方へ近づいてきた。
「藍」
「へーいへいっ」
様子をみていた瑞枝の呼びかけに、藍がひゅっと跳んで私と毬栗の合間に割り込む。
傘の紙が貼ってある部分と骨の部分がふわふわ動いているので、たぶん何か口に入れたところだったんだろう。消化器官……という謎はさておくとして。
毬栗はぴたりと歩みを止めて、藍をじっと見てから藍の横からすっと顔をだして藍の後ろにいる私を視た。その眼差しはつぶらで、きらきらとしていて、愛らしい。
「こらっ。おまえさん、どうして憑いちゃったかなぁ」
「ぴぴっ! ぴっぴっ!」
藍の口調はどこか柔らかで、子どもの悪戯を叱るようでもあった。
「まどかー、おまえが視てたの知ってるってよー」
「目は合ってない、今日のは合ってない!」
「ぴぴぴ~」
「あんなに見つめ合ったのにって言ってる」
眩暈がする。ロマンスが生まれそうなことはひとつもしていない。それこそ、毬栗が落ちてる踏んだら痛そう、くらいのものだった。見つめ合うなんてとんでもない。
「見つめ合ってないよ!? そもそも目がどこかわかってなかったから! 毬栗かタワシだと思ったのに……毬栗なの? タワシなの?」
「ぴっぴぴっぴ~」
「どちらかといえば、毬栗らしいゼ」
自称毬栗の妖怪は律儀に応えてくれる。植物由来の妖怪らしい。……いや、タワシは植物由来?
そのあとも、ぴっぴぴっぴと何かを話しかけてくれるが私にはただの、ぴっぴぴっぴにしか聞こえずすべて藍という通訳を通しているから実際にどんなことを言われていても藍と瑞枝の胸の内にしまわれている。
そういえば以前、二人に「人間の言葉を話す妖怪は基本的に疑ってかかった方がいい」とも教わった。ここに二人もいますが、という私には珍しいまともなツッコミは瑞枝の物を言わせぬ笑顔に黙殺されている。
妖怪は、人間から派生しているものもあるとはいえ種族的には人と動植物が会話出来ないのと同様に、会話できないことが普通であるらしい。
人の言葉を理解する・出来る、ということは会話する・理解する機会があったということで、それは良かれ悪しかれ、基本的に交わることはない人間と妖怪が関わりを持ったという証なのだという。
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