町娘は王子様に恋をする

くさの

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「宇佐見はお姫様っていうよりは町娘かなあ」

 これは大学時代の私が、卒業を前にした先輩に一度は聞いておこうといろんな覚悟と言い訳を抱えて一世一代の大勝負とばかりに質問した、その返答だ。
 羽柴先輩からの悪意のない、ふつうの、本当にただ思ったことを述べた、私の印象。今までずっと、忘れたことが無い。むしろ、なにか自惚れそうになったら繰り返し思い出している言葉だ。
 スタートラインに立つ資格さえもらえなかった、私の想いは諦めてなくすことも叶わずに、ずっと胸の奥にある。
 だからもし、先輩以外に恋をするなら、手が届いてちゃんと手を繋ぐことのできる人が良いとも考えている。恋をしないという極論は、まだ二十歳そこそこの私には行き付けない境地である。叶わない片想いという恋もあっていいだろう。想うことだけは自由だと思っていたかった。

 そんなこんな、憧れの先輩のお役にたてるなら、見逃したことのない・見逃ししたくないテレビドラマを見逃すことなんて大したことが……ない、とは軽くは言えないけれど、結局先輩の頼みごとを優先してしまえるのだ。

「宇佐見、終わった?」

 不意に声を掛けられて慌てているともう一度、終わった? と聞かれた。
 そう言えば、と思い出して出来た資料を印刷と先輩の仕事用のメールにデータを添付して送る。

「私の方は終わりました! 今メール送りました」
「ありがとうな」

 羽柴先輩はふにゃりと蕩けるように笑みを浮かべた。腕を突き上げるように伸ばしたりぐいぐいと左右に身体を斜めにしたりと凝った身体をほぐし始めた。不意打ちでそんな顔を見せるのは狡い、と心の中で机をばしばしと叩いた。
 そんなだから、先輩の事を見てしまうんだ。キュッと唇を噛み、心の中でぼやく。
 叶わないと言い聞かせても、目が追ってしまうのはいつも一人。たったひとり。

 町娘が王子様に恋をしてしまうとは、きっと誰もが予想して、その誰もが鼻で笑うだろう。叶いっこない夢物語。
 このお伽噺の向かう先は、ハッピーエンドではない。
 きっと、目の前で繰り広げられる夢のような幸せなドラマの中で、心にもない祝福を軽々と言ってのける端役を割り振られているのだ。
 なんて不毛な話だろう。想う度、自虐的に毒づくのは身の程を弁えていない自分に認識させるためだ。王子様は、町娘の傍にいてくれることなんてないのだ、と。
 人は誰しも、その人生の主人公であると誰かが言ったとか言ってないとか。
 だとしたら私にもいつか、王子様は現れるのかもしれない。
 でもきっと、それは羽柴先輩じゃない。
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