町娘は王子様に恋をする

くさの

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 羽柴先輩から貰ったDVDをしっかりと、しっかりと堪能して一話も欠けることなく、茅智(ちさと)と唯咲(ゆいざき)の物語は私の中でひとつの歴史になろうとしていた。最終回が待ち遠しい。
 先輩ありがとう、ありがとう、先輩。
 そんな在り来たりな言葉しか口に出来なかったが、クッキーもパウンドケーキも献上した。私は食という物理的なものでお返しができていると思っている。

 そうしてまた月が替わる。
 今月は中頃に羽柴先輩の出張がある。羽柴先輩がいるからといって仕事の進捗ややりがいが変わる訳ではない、単純に気持ちの問題だ。
 私の羽柴先輩への好意が、時々他の人の言う恋愛の意味合いの好きではないのかもしれないと考える理由はそこにある。
 バンドのヴォーカルだったりテレビに出ているタレントや俳優、アイドルグループの誰それ、そんな人たちを応援して眺めて英気を貰っている様な。言い方によっては崇めるという行為にも当てはまるかもしれない。
 その辺りの感覚のすり合わせがまるで出来ていない。だから、気のせいかもしれない、と考えを切り替えることができるし、割り切ろうとも出来るのかもしれない。出来てはいないし、ふとした瞬間にスイッチが切り替わるから単に情緒不安定ともとれる。
 会いに行けるアイドル、が感覚としては近いのかもしれない。憧れの的という点で相違がない。

 それに営業部の人は羽柴先輩だけではない。そうしてその人間の数だけそれぞれに仕事がある。営業のなかでも総務のような事務的な役割をしている私もそれなりに仕事がある。
 今日はヤケに外線が多い、と辟易していたら一日があっという間に終わってしまった。そうかと思えば別の日は、頼まれた書類の入力とリストアップに時間がかかって半日を潰してしまう。
 良くも悪くも羽柴先輩がいるというのは頑張る気力とミスを減らす注意力を集中させるお守りのような存在だったのだなと、これはもしや崇拝しなければならないのか、と怪しい方へと意識が転びそうになっていた。

 定時で仕事を終えて帰宅する。疲れてはいるがお風呂と夕飯の準備をしてそれらが終われば後は寝る前まで趣味の時間だ。
 見続けているドラマがない時はテレビをBGMとしてつけて、読書をするのがここのところのもっぱらである。
 今度映画化すると話題の小説を借りてきて、映画に行こうか悩んでいるところだ。話の流れも好きだし、これがどのように表現されるのか気になるところでもある。
 読んでいると視界の端で通知の点滅が見えた。誰からだろうかと本に栞を挟んで、端末を取る。羽柴先輩からのメッセージだ。
 なんだろうかと開いてみる。

――こんばんは。仕事の調子はどう? こっちは順調です、ちゃんと予定日に終われそうです(>Α<)

 そんなことでいちいち? と思わなくもないけれど、羽柴先輩はそう云うところがある。顔文字も絵文字も、スタンプも使ってくる。他の社員の人たちとのやり取りもそうなのだろうか。
 以前長谷川くんに聞いてみたら「え、普通のビジネスメールだったけど?」と当たり障りのない部分を見せてくれたけれど、羽柴先輩もちゃんと仕事が出来る人なのだと改めて認識させられたことがあった。
 ただ、私のところにはこの通り顔文字絵文字スタンプが多量でないにせよ並び、心配したり夕飯のお誘いがきたりしていて、学生時代の延長のように、そういうものにはいはいと軽く返事をしてしまう。

――こんばんは。おいしいもの食べてますか? こちらは概ね問題なく。そちらも順調とのことで、無事のお戻りお待ちしています。

 当たり障りのないいつものメッセージのやり取りらしい言葉を選んで打っていく。
 学生時代の先輩で、会社でも先輩という関係は、どのような距離感が望ましいのだろう。ここに恋愛関係は発生しないとして。
 さっぱりとした返事に、羽柴先輩が早々と「早く帰ってきて! とか、寂しい! とかはないの?」と返してきたので、たまに出る面倒くさいかまってちゃんが発動しているな、と「課長が恋しがってました」とだけ報告しておいた。
 仕事がうまくいって、無事に帰って来てくれるなら、それ以上に嬉しいことはありません。なにせ、私は王子様の幸せを願う、いち町娘ですので。
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