きみとふたり

くさの

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drop1:芽吹いた気持ち

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「秋月ー」
「はーい……って笹倉?」

 タタッと軽くかけてくる彼女は、陸上部の言うまでもなくエース、笹倉奏だ。
 陸上っていうと、短距離長距離をよく聞くし彼女はそれもそこそこだけど、秀でてるのは高跳びだね。棒使わないほうね。
 彼女が学校新聞に載ると大抵は“梨原高校の天使”と本名よりもでかでかとその異名が載る。
 色んな話しを聞く限り、力強く大地を蹴りつつも、軽やかに宙を舞うらしい。
 ……いや、舞ってねぇでしょうよ。跳んでんだよ。
 と、前置き長々と彼女を語ったけど、一方の俺は冴えない永久ベンチ温め係のバスケ部員だ。
 なんで外にいるのかって? 外練だからだよ。
 男バス部員の殆どは、笹倉(以下その他女子)に夢中だけどな。
 俺はランニングこそしないけど、シュート練習を勝手にこなす。
 顧問は外練のとき、だいたい顔をみせない。だから自由だ。走りたい奴は走るし、シュート練習したいやつはする。特に試合とか出たい奴が多いのかな?
 俺は違うけど。
 とはいえ、滅多にない自由は彼らを開放的な気分にさせるらしく、奴らはバスケ部をほったらかしてこの日限りの“観察部”を設立する。
 まあ、若さ故の好奇心あり覗き見です。 下心有りすぎです。
 俺? 俺は……なんかあんまり興味ねぇかも。ないのか、ないふりをするムッツリというやつなのか。

「秋月、」
「ん、ああ、ごめん」

 話しを聞いていないと言う意味での呼び掛けだと咄嗟に思い軽く謝ったが、彼女はくりくりとした目を数回瞬きしてから首を傾げた。

「何が?」
「……いや、何も?」

 単に呼んだだけらしいので、適当にごまかして終えようとした。
 特に用がなくても、笹倉は俺を呼ぶ。
 その事で注目されるのも冷やかされるのも妬まれるのも嫌だった。
 笹倉は単純に声をかけてるつもりだろうが、俺にとっては気が気でない。
 こうやって話すのが嫌いな訳ではないけれど、男子共の視線が“早く離れろ”と言ってる。
 ……俺から声かけてねぇよ。

「いい加減教えてよね、名前」
「……またその話か」

 ため息を付きながら、頭をかく。
 笹倉は何かにつけて、それを聞く。
 苗字ではなく、名前を教えろということらしい。
 自己紹介した覚えもなく、呼び捨てされている現状。
 それを彼女は何だと思っているんだろう。

 これでもう何度目だろうか。
 中学に入学して、早四ヶ月。
 彼女と初めて出会ったのは六月だから、約一ヶ月言われ続けている。
 二ヶ月突入オメデトウ。
 全然有り難くねぇ!!
 なんでどうして、俺なんだ、と何度も考えた。
 俺でなければならない理由を教えてくれ。
 納得出来るようなヤツ。

「なんで教えてくれないの?」
「は? 理由なんて必要ですかね?」
「聞きたいから! だって、秋月、全然教えてくれないじゃん!」

 陸部の癖に、少女マンガのヒロインみたく可愛らしいちょこんとした立ち姿、ぷうっと膨らませた頬にくりくりの目。
 ああ皆さん、梨原高の天使がむくれてますよ。

「そりゃ、呼び捨てにしてるのは悪いと思うけどさ?」
「別にそれはいいんだ、け、ど……っ」

 じゃあ何が問題なの、と言わんばかりに詰め寄ろうとする彼女をひらりとターンしてかわし大まかな距離だがスリーポイントシュートを狙い、手からボールを離した。
 軽く孤を描いて飛んでいくボールに彼女の視線が釣られる。
 板に当たりリングをグルグルと回りながらゆっくりとネットを通るのをみとどけて、

「やるじゃん、秋月!」

 話の事をすっとばして、笑顔で言ってくれた彼女は手の平を軽くあげる。ハイタッチをしろと言うことらしい。
 一瞬周りの視線に躊躇ってから、ぎこちなく照れて笑い左手でそれを隠しながら、彼女の手に俺の手を軽く乾いた音がするくらいに当てた。
 俺なんかがこんなことしていいんですかね?
 彼女の方は俺が返さないと思っていたらしく、くりくりとしたその目をより一層まるくしてじっと俺をみた。
 いやいや、よっぽど嫌なヤツでなければ、というかその場の空気に逆らわずにやりますよ。
 けどなんか、女子となんて普段しないからなのかもしれないけど、焦った。
 今更になって心臓がバクバクいってる。
 彼女に、呼び捨てにされても今までなんとも思わなかったのに。

「どしたの? 秋月……」

 動かなくなったからか、心配そうに覗く彼女と目が合って、さらに焦った。
 やべぇ、なんか変だ。
 今までだって普通だったじゃん!
 なんでいまさら。

 今更。

 気づいたんだろう。
 この想いに。


 end.
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