きみとふたり

くさの

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drop2:ハッピーバースディ

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 篠田なつめは、焦っていた。
 自分が焦る理由なんてどこにも見当たらなかったけれど、何故か他人事には思えない気がした。

 課題を提出し終えたその足は軽やかにステップを刻んでいたのに今では数歩前が羨ましい程に重い。
 向かっていた先は、中学から仲良くしている、笹塚荘太の元だった。

 今日は年に一度の荘ちゃんの誕生日だ。

 仲良くなってから、きっかけは私の方からだったのだが、一緒に寄り道をして些細なプレゼントを買って公園で適当にだべってから帰る前に渡す、というのがここ数年の私たちの誕生日の過ごし方だった。
 だからこそ、面倒な課題を提出し終えた事は、放課後に待つ些細な嬉しさのためのノルマのひとつだった。
 人の気配と可愛らしいころころとした鈴が鳴るような声が名前を呼ぶ。

「笹塚くん」

 その声だけがやけにはっきりと聞き取れたのは、もしかしたら不運なのかもしれない。
 声の主はおそらく同学年の織原冴子さんのものだ。
 どうしてここに居るのだろう、と思いつつ壁に隠れて背をもたせ掛けた。

 ドキドキと弾む心臓が、じわりじわりと競り上がってくるようで居心地が悪い。
 別に隠れる必要はなかったんだよ、そうだよ。
 そう思いつつも、嫌な予感がじわじわと足元を掬うように押し寄せて来る。
 軽い話をしているようだけれど、空気がピリピリとしている。

「あの、ね?」

 途切れて聞こえた、話を本題に変える合図。
 どう、しよう。
 戸惑う自分が確かにそこにいて、今にも駆け出して会話を遮ってしまいそうだ。
 途切れ途切れに耳に届く言葉に、耳を塞ぐ。

 けれど完全に塞ぐ事も出来ないから、余計に途切れて音が届く。
 きゅっと目をつむった。
 見えてもいない彼女と、壮ちゃんの姿が瞼をスクリーンにして映る。

「あー……、取り合えず、気持ちはありがとう」

 少しめんどくさそうな、でもちゃんと彼女に対しての感謝の気持ちを込めようとした、どこか困ったような矛盾した声。

「俺ね、好きな子ってか気になってる子がいんだよね」

 今までの会話の時よりも少し大きなへらっとした声が、夕日のオレンジをこぼした廊下に響く。

「だから、ごめんね」

 そのあと少しだけ何か会話した様子だったけれど、すぐにパタパタという靴音が遠ざかっていった。
 大きなため息がひとつ、長く零れたかと思うや足音が近づいてきた。
 多分、なのだけれど近づいて来る。
 織原さんのものではない。
 だって、壮ちゃんはあんなに軽い音で走ったりしない。
 ペッタペッタと、例えなくても今この耳に届く音だ。
 どこかに隠れてしまいたいのに、ゆったりとした足音がすぐ側まで来ていた。
 動きようもなく、ただ頭を抱えるようにして丸くなる。
 見ないフリをしてーっ!

「なつー、何やってるわけ?」

 丸くなることで見つからなくなる、なんてそんなことはないわけで。
 ここにいること、バレていたことに恥ずかしさを感じる。

「おーい、なーつー?」
「なんっ、でも、ない!」
「そう?」

 この際、聞いていない事にしてこのまま何も知らないフリをしようと思った。
 だって、壮ちゃんが人気なのは解っていたし……好きな人くらいいることも何となく考えてた。
 お年頃だからね。
 けども。
 こういう体験をしてからじゃないときちんと気付けないってのもなんだかなあ。

「うむ」
「ん?」

 小さく唸る声が耳に入って顔をあげてしまう。
 みられたくない、みたくない。
 情けない顔、してなきゃいいんだけど。

「今のやり取り、聞いてたでしょ?」

 壮ちゃんがにやり、と笑った気がするけれどただ笑っただけかもしれない。

「ぅえっ?」
「怒らないから言ってみ?」
「なんでそんな上から……」

 見上げている状態だから、目線も言葉も上から。
 だからってずっと見ているのもシャクだ。

「ホントの事言わなきゃ、今日は一緒に帰らないから」
「えっ」

 それにはさすがに驚いて、口がパクパクした。
 課題を耐えたのだって、今の事を無しにして過ごそって考えたのだって、その為だったのに。
 よっぽどその感情が私の顔に出ていたのだろう。
 壮ちゃんはクツクツと堪えつつも笑いを漏らしている。

「後三秒だけ待ってやる」
「え、ちょっ、早っ!」

 そういってカウントダウンする荘ちゃんの声が、少し嬉しそうなのはこの際気にしないことにした。
 誕生日おめでとうって、言わなきゃ。
 それから、ちゃんと、言ってみよう。
 言葉にしてみよう。
 告白されてるの、聞いて、気づいたよ、って。


 end.
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