きみとふたり

くさの

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drop3:うさぎのみみは

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「純くーー、おわっと!」

 視界には彼しか入っていなかったため、廊下に置いていた掃除用具に足を引っ掛けた事に気付いたのは、地面とお友達になって五秒後だった。

「大丈夫? 葎」

 彼は声のワリに心配していないようだった。
 何せ、彼は立っていた場所から振り返って声をかけただけだったのだから。
 しかも手には小説!! 私をみろー!! ちゃんと心配して!!

「ったた……。大丈夫! それよりも掃除道具が……」
「ちゃんと直して置いておこうね? みんなが困るから」
「……ケチ」
「何かいった?」

 彼はそういって怪しく微笑んだ。
 相変わらずの地獄耳だ。


 色素の薄い茶色の瞳、耳はいいし……時々寂しがりや。
 もう例えるならうさぎしかないと思う。でもうさぎは寂しがりやでもなんでもないらしい、というのはまあ例えだからいいとして。
 彼は絶対、前世がウサギだ。
 けど優しくない。
 きっと周りの仲間たちをいじめていたに違いない。一人で食料になる葉っぱでもモッシャモッシャしていたんだろう。
 それか虐められてたから生まれ変わったこの世界では、なんて。そう思っているのかもしれない。

 怪我の詳細。
 一、膝と手のひら。擦りむいてた。
 二、もうどことは言わず、うつぶせにこけた為になんとなく全身が痛い。
 隠れ三番……箒とちりとり……ちりとりに集められていたはずのゴミ、再び散乱。

 折角集めた獲物をド派手に返してしまったわけだ。
 信じられないよ私、信じらんない。
 諦めて、溜息をつく。
 こぼしてしまった物は、返らない。
 覆水盆に返らず、とはよくいったものだ。

「うーー……なんていうか、自業自得過ぎてなんともいえない……」
「自分で置いた物に躓いたの?」
「……」

 恥かしくて答えたくなかった。
 まさか自分で置いた物に引っかかるなんて思ってもみなかったし。
 純くんに会えることこそ、イレギュラーなのだけれど。
 というか、ホントに地獄耳。
 私さっきからぼやいてるだけなのに。
 よく聞いてるなあ。
 私なら、拾えない小言なんだけど。
 気付くといつの間にか彼は、壁にもたれかかるようにして座る私の傍まで来ていた。
 なにやら「しかたないね」とぼやきながら、飛んでいった箒とちりとりを拾い上げて、散らかったゴミを集めてくれているようだ。

「純くん! それ私の仕事」
「すぐに動けるなら変わるけど」

 そういって、微笑んだ。意地の悪い顔だ。行動と表情が全く別だよ、すごいよ相変わらず!

「た、たて……」

 意地を張って立とうとした。壁によりそって、支えにして。
 けどそれは、腰が少し宙に浮いたところでぐずれてしまった。
 私はしりもちをついて、もう一度地面にへたり込んだ。
 今更になって気付く、腰が抜けてる!
 お化け屋敷入ったわけでもないのに!
 寧ろ力が抜けているといった方がよいのか!?

「無理しないでいいよ。別にすぐに立てとは言ってないでしょう」
「……はは、どうしよう……これ」
「そのうち直るよ。じゃなきゃ、葎。家に帰れないよ?」
「……放置するつもり!?」
「俺はこれでも忙しいの」

 そういうと、箒とちりとりを私の傍に置いた。
 それから彼は、手を払って、近くの棚に置いた本をとる。
 わわっ、ちょっと本当に待って! このままじゃ、私、見世物じゃん!
 なんて心の中で叫んで、口からは、へっ? というどうにも気の抜けた音がもれた。
 だだだだ! だって!

「どうかした?」
「え、あ……なんで純くんまで地べたに座る、んですかっ」

 箒とちりとりの無い側になんと座ってしまったのだ。
 しかもかなりの密着度です、心臓が、もたない……!
 だって、あの純くんが!
 ありえなさ過ぎて、気を失いそう。

「少しの間だけ。話し相手になってあげようかな、って」
「……」

 上からの物言いは変わらなかった。
 こちらを見ることなく、活字を追っていたけれど。
 微かに笑みを含んだ柔らかな目元。
 あ、ああ……、わかった。
 此処で恩を売っておこうという作戦だな!
 いつか私をパシリにするために!
 なんて思ったけど、別にそんなに裏がありそうな話も無かった。
 別に会話の内容は何でも良かったのだ、ただ時間が潰せたら。
 この日、純くんの優しさに私は触れたのだった。
 けど、純くんを地べたに座らせてしまった罪は軽くは無いな……。



「……純くん!」
「なに?」
「このこと、誰にも内緒にしてね」

 そういってようやく立てた私は並んだ彼の腕に自分の腕を絡ませた。
 表情は少し歪むけれど、離せとは言わない。
 振りほどこうというしぐさもない。
 この幸せはきっと、いつも手に入るものじゃないから。
 まだまだ、お傍に置いてくださいね。

 寂しがりやで、
 少し意地っ張りで、
 地獄耳なうさぎさん。


 ***


「けど、どうして耳いいの?」

 不思議に思って聞くと、彼は小さく笑った。

「どうしてだろうね?」
「私が聞いてるんですけど」
「それはね……」

 彼はそっと、私にだけ聞えるように、私の耳元で囁いた。

「うさぎの耳は、長いからだよ」

 ゾクゾクと背筋を何かが這ったように背を伸ばしてしまう。
 はっと顔を向けると、彼は一層にっこりと微笑んだ。
 彼は私が陰でうさぎだといっていることを知っていたのだ。

 このうさぎさんには適わない、と思った。


 end.
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