きみとふたり

くさの

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drop10:髪を拭く_side:彼女

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「ほら、髪」
「ん?」

 ぽたぽたと、毛先から雫が垂れている。
 あ。フローリングが濡れてしまう。
 けれどそれは、この部屋の主よりも先にお風呂を頂いてしまった罪悪感から早く彼にバトンタッチしようと思ったからであって。
 彼が居なくなってから、少しタオルで拭いてドライヤーをかけようと思っていたところだった。

「ちゃんと乾かさないと、風邪引くだろ」

 そういって、タオル片手に手招きする彼に少しだけ不信感を抱きつつも。隙あらばキスをしてくる彼だから。
 うーむ、どうしてだろうな。逆らえないというか、逆らいたくないというか。けど少し反抗したいというか。ちょっとの反抗心が私をその場に立ち尽くさせたというべきか。

「ずっと立ってられると、フローリングに水溜りが出来るんだけどなぁ」
「え、あ、はいっ」
「大丈夫、なんにもしない。今は」
「うん……って、今はって何?」

 さらりと最後に出た言葉に、背筋がゾクゾクとした。せっかく温まってきたのにやめてよ。

「はあ、ホント。ウチの姫様は我侭だね」
「ちょ、話を逸ら」

 彼がソファから立ち上がって、数歩分だけ私に近づきさっと腕を取る。
 うわあぁ、どうしよう。
 初めてのお泊りなのに、後は寝るだけなのに。
 きっと自分だけなんだろうけど、緊張する。
 腕を引かれるなんて、学校でもあったことなのにな。どうしてだろうか、すごく、緊張してる。
 心拍数がやばいです、やめましょう。
 今日これから本当は男女の何とやらが彼の望みとしてはあったとしてでもですね、いやうん、すみません実は私がこんなこと考えて妄想走らせているだけかもしれません破廉恥なのかもしれません、えっちですみませんごめんなさい。もはや、顔も上げられません。
 私が黙り込んだのをいいことに、彼は私を適当な場所に座らせてその正面に膝立ちをして、私の湿った髪を荒く拭いてからその後はゆっくりと優しく拭いてくれた。
 彼とのこの距離云々や自己嫌悪に陥っている私の知らぬ間にドライヤーまで用意して、熱風である程度湿気を飛ばした後にはちゃんと冷風でも乾かしてくれる。彼の手が髪の合間を通るたびに、髪が梳けてさらさらと落ちていく。気持ちいいな、と正直思った。殆ど、目は閉じていた。恥ずかしいから。

「髪長いとは思ってたけど、乾かすの結構大変なのな」
「え、あ。うん……」
「お? その顔は今まで別世界に居ましたって感じだね。何考えてたの?」

 ふふふ、と彼が笑う。答えられるわけもなく、言葉を捜していると、彼が立ち上がる。

「さて、俺も風呂いきますか」
「……うん! さあいっておいでさ!」

 よし、これで十分くらいは心臓を落ち着かせる時間が出来るってもんだ。乾かしてもらってなんだけれど、少し疲れている様子の彼に変なテンションでしか言葉が出せなかった。
 あ、怪しまれてないかな。どぎまぎしているのが伝わったのか、彼がぴたりと足を止めて振り向く。

「……覗くなよ?」
「ああ、うん! 大丈夫…だい、じょう……覗かないよっ!」
「あはは。分かった、分かった」

 彼が脱衣所のある部屋に消えたのを確認して、ほっと大きくため息をついた。
 なんだこれ、私の方がとんだえっちい思考の持ち主なんじゃないだろうか。いやだ、そんなの。知られたくない。っていうか男の人って自分はどれだけえっちだろうが変態だろうがへらへらしてるけど、彼女がそうだったらすごく引いたり……するのかな。ずるいなあ、いやだなあ。うああああ。
 てめえらと同じくらいにはきっとありますよ、そんな欲求! それなのにどうして泊まりに来たんだよ、って話ですよね。男は狼ですよね、女だってそれなりですか。いやいや、違うそういうんじゃなくてさ、なんていうの?
 こんなこと考えてるって知られたら嫌われないかな、意識しすぎかな……。うあああああ、ほんっと、私のばか。


 結局のところ、何にもなく終わりましたけどね。
 心臓バクバクしてそんなに眠れなくて、翌日のドライブの殆どを寝てすごしたなんて、とんだ醜態ですよね。はあ。


 end.
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