きみとふたり

くさの

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drop9:線路・遮断機_side:彼

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 学校から、歩いて一つ目の遮断機は、僕と彼女の別れる場所だった。いつもここで、彼女が物足りなさそうにするから少しだけ話しを聞いて“また明日”といって分かれるのが習慣だった。
 早く帰りたかったのは、この場所のせいだからであって、彼女と話すこと自体に何か問題があった訳じゃなかった。
 彼女が告白してきたのは、ひと月も前のことだ。
 良く覚えている。何せ、あの日から彼女が姿を見せなかったことはなかったのだから。
 別に、彼女がおそらく気にしているであろう、スタイル的なものや身長がどうというわけではない。どちらかといえば、好みの範囲だしそうやって要らぬ心配をしている彼女が可愛いとも思う。そうやって違うよと教えないから、彼女はきっと勘違いをしているのだろう。
 まあそれはそれで面白いと思うので聞かれるまでは否定はしないで置こう。
 ふと横を見ると、何かに悩んだ様子で彼女が唇を少し尖らせていた。今日はリップでもつけているのだろう、いつもより少しだけ艶やかだ。そういう些細な所から気持ちを揺さぶるのはやめてほしい。

「どうしたの? 今日はやけに静かだね」

 いつもの調子で、覗き込んで聞いてみると彼女ははっとして慌てて顔を上げた。

「な、なんでもない……よ?」
「そう?」

 なんでもなかったら、黙りこくるなんてことしないくせに。
 いつも話し始めるのは彼女からだ。こちらから話しかけたりしない。
 いつ、素の自分が出てしまうか分からないし、ここまできたらそういうイメージも染み付いてしまってなかなかなじめないだろうから。
 今更、今の表向きの自分から本当の自己中心的で欲のままに動くような奴に代わる理由もない。あと少しで卒業だし、環境が変わればそれは変わるかもしれないけれど、今はもう、隣に居る彼女のことを考えれば、尚更。紳士的なほうがきっと。それでも。
 いつもなら彼女から話してくれるだろう。それに適当に相槌を打てばいい。家柄だとかそんなことを気にして表面しか見てないやつに、深くかかわる義理もない、そう思っていたのだけれど。
 少しずつ彼女の話を聞くたびに、近くで過ごすたびに。上っ面だけの自分が壊れていく音がした、気がした。
 本当に、欲しくなった。元より、嫌いなわけじゃなかった。むしろ、彼女が自ら会いに来てくれることが嬉しくてしかたなかった。言葉にしないから、きっと、彼女はずっと、仕方なく付き合ってもらっている、と勘違いをしているのだろうけれど。

「も、もう少しだけお話したいな、なんて……」

 彼女が照れながら迷いながら、また断られるんだろうと諦めながら、様子を窺うように、いつもなら言わないはっきりとした言葉を口にした。照れた表情も、本当は少し迷惑がられるんじゃないかと考えながら言葉を選んでいる姿も、たまらなくなる。
 気付いてないだろ、今すぐにでもこの腕に閉じ込めて、独り占めしたいと思ってるもう一人の自分が居るってこと。
きっかけなんてそんなもんだ。何だって良かった。

「いいよ? まあ、そんな度胸あるならだけど」

 突然、口調を変えたからだろうか。彼女が驚いた様子であたりを見回している。バカだなあ、他に誰かなんて居るわけないだろう。ただでさえ、こんな場所。誰も来るわけがないんだ。彼女がここを通らなければ遠回りになってしまうから、通ってるだけなのに。

「何きょろきょろしてんの?」
「いや、あの、まさかとは思うんですけどっ」

 本当は、そのまま口を塞いでやろうと思った。けど一瞬戸惑ってしまった。さすがにいきなりそんなことされたら、引くかもしれない。とはいえ、手首握って壁に押し付けたんだ、叫ばれても文句はいえない。彼女の目が、怖い物でも見るように、怯えて潤んでいる。
 そういうところがダメなんだ。声のひとつでも上げてさえくれれば、きっと今すぐにでもこの手を離してしまうのに。彼女は小さく痛い、と呟く。けれど、ただそれだけ。それ以上も以下もない。
 そんなだから、俺が調子に乗るんだよ。

「あのさ、いい加減危機感持った方がいいよ? ここ人通り少ないって言われてんだろ?」
「……」

 彼女が、軽く震えている。けどもう。
 ここまできて、止めろってのは無理な話で。

「返事も出来ないかな、まあいっか。誰も来ないだろうし」
「……夢か幻では?」
「夢だったらいいよね、けどごめんね。コレ、現実」

 泣きそうになりながら、彼女がようやくつむいだ言葉がそれだった。
 夢にしてあげられたらどれだけいいだろう。痛い思いもしないですんだだろうに。もとより、彼女の中の俺はきっとこんなことはしない。もっと優しくて、さりげなく甘ったるい言葉でも吐くんだろう。
 けれど夢だったら、俺は今までどおり僕のままで、きっと窒息死していたと思う。
 だって俺は君が思う以上に、君のことが欲しい。

「なん、で」
「さあ? そろそろ自覚して欲しかったからじゃない?」

 震える声が、電車の音にかき消される。
 自覚したかったのは、自分だ。
 いつまでも隠してられなかった。だってずっと欲しかった。欲しくてたまらなかった。
 ゆっくりと顔を近づけると、彼女は恐怖からか目を閉じた。それで、いいと思った。
 こんなの、みて欲しくない。
 でも。気付いて。
 君も、本当の俺は怖いかな。
 逃げ出してしまうのかな。

「ねえ、いつまで俺はお前の前でも演技してなきゃいけないの?」

 軽く口付けて、それ以上は自己嫌悪と怖くなったのとで彼女の肩に額を預けた。
 これで嫌われてしまったんだろう。けどもう、構わない。だって、そんなことより、偽物の自分を見ているだろう彼女に本当の自分を見てほしかったから。
 本当は、怖くて震えてたなんて、気付かれていやしないだろうか。
 君が、好きだと伝えてくれて、放課後になったら迎えに来てくれた。一緒の帰り道に些細な話をしてくれた。
 好きになるのに、充分だった。

 いつからか、本当に君のことが欲しくてたまらなくなったよ。
 でも、それ以上に、表向きの自分が君の中で多くを占めているんだって君を見ていて分かったから、無理だと思ったんだ。
 隠してるのも、俺じゃなくて、君が見てるのは表向きのよそ行きの、僕なんだと思ったら。

 絶えられなかった。


 end.
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