きみとふたり

くさの

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drop8:線路・遮断機_side:彼女

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 学校から、歩いて一つ目の遮断機は、私と彼の別れる場所だった。
 いつもここで、私のほうが少しだけ惜しんで話しかけてそれから“また明日”といって分かれるのが習慣だった。
 やだなあ。もう少しだけ遠ければいいのに。
 なんて、そんなことは私だけが思っていることかもしれなかった。
 なにせ彼のところに押しかけて、特にアイディアもなくアタックしまくったのは私だったから。
 しぶしぶといった感じで受けてくれたのは彼であるのだけれど。そうですよね。告白なんて大胆な事を強気にやらかしたのに本当はこんなに卑屈な私なんて。へっ。

「どうしたの? 今日はやけに静かだね」

 丁寧な言葉遣いなのは、お家柄とそれからきっと私とは無縁の天才とか秀才とかそういうカテゴリーだからだ。頭いい人は社交的で言葉遣いもよくなる、なんて勝手な想像だけれど。

「な、なんでもない……よ?」
「そう?」

 考え事していたなんて、いえるわけがない。
 私からアタックしたくせに、厭きたと思われたらそれこそ、“厭きた? じゃあようやく別れてくれるんだ?”とか言われちゃいそうだもん。
 言わせるものか。そんなこと絶対に! むしろ振り向かせたい。
 冷たいわけではないけれど、どこか距離のある彼の態度がまだまだ私だけの片思いだということをじんわりと伝える。正直、あまり嬉しくない。楽しくもない。もっとも彼は、楽しかった事なんて一度もないのかもしれないけれど。

「も、もう少しだけお話したいな、なんて……」
「いいよ? まあ、そんな度胸あるならだけど」

 ……今なんか、別の人の声が聞こえた、なに?
 きょろきょろと周囲を見回しても、私と彼以外の姿はない。むしろ、夕刻のこんなに日が落ちてしまった時間にはこんなところ、年頃の女子が一人で通るもんじゃないとさえ言われるくらいの場所だ。
 居るのは私たちか変わり者か、近道に利用してる人だ。

「何きょろきょろしてんの?」
「いや、あの、まさかとは思うんですけど……っ」

 ドンッ、と背中に衝撃が軽く走る。コンクリートの壁に押し付けられる。ゆっくりと目を開けてみると、正面にはにっこり微笑んだ彼。
 というか、私何故壁に押し付けられてるんですか。強く掴まれた手首が、痛いです。ついでに言わせていただくと、肩とか何故抑えられちゃってるんでしょうか。逃げ出せない。

「あのさ、いい加減危機感持った方がいいよ? ここ人通り少ないって言われてんだろ?」
「……」

 なんだろうこの、初めて出会う人みたいな……じゃない、彼なんだけど、初めて会う人並みに怖いです。特に目が。初めて見る彼のそんな姿に、驚きが隠せない。

「返事も出来ないかな、まあいっか。どうせ誰も来ないだろうし」
「……夢か幻では?」
「夢だったらいいよね、けどごめんね。コレ、現実」

 ゆっくりと、ようやく言えた言葉がそんなことで、けどそれもすぐに否定されてしまった。
 なにが起きたんだろう。いつも通り帰ってただけだよね、今日はいつもより数倍勇気を振り絞って、我侭で話たいっていっただけだよね?
 急に、神様ごめんなさいこれ以上彼と近くなりたいとか思いません、と心の中で繰り返し呟く自分がいた。……なんで?

「なん、で」
「さあ? そろそろ自覚して欲しかったからじゃない?」

 電車が、声をかき消すように通っていく。
 それくらい嫌だったなら、もっと早く、強く言って欲しかった。
 こんな形じゃなくて、こんなの、怖くて明日からどうやって会えばいいか分からない。そうか、会わなくていいのか、今からきっと、私は彼に別れを告げられるのだから。

 彼の顔が、ふっと近づいてくる。何をされるのか、なんとなく分かるようで分かりたくなくて、ただ怖くて。私は目を閉じる。

「ねえ、いつまで俺はお前の前でも演技してなきゃいけないの?」

 ふわりと、彼の甘い匂いが鼻を掠める。
 唇には、柔らかく温かな感触。
 突然のことに驚いて、何がなんだかわからない。
 彼の言葉の意味も、キスも、どうして言葉遣いが変わったのかも、何にも聞けないままで、立ち尽くす。
 彼は私の肩に額を預けると、しばらく動かなくなった。


 end.
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