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秋色なる舞姫たちの章

そして幕は開ける(その二)

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 まずはリゼッタにシルフィーニアを届けなくてはいけない。
 ということで、メルはまずメルはリゼッタの楽屋を訪ねることにした。

 途中、警備をしているらしい男の人たちに止められたのだが、リゼッタから依頼されて届け物をするのだ、というと親切にも――まぁこれには警備の上でという面もあるだろうが、彼女の楽屋まで案内してくれたのだ。

「こんにちは、リゼッタさま。今日はシルフィーニア嬢とドールドレスをお届けに参りました」
「こんにちは、茉莉花堂さん。先日はお世話になったわね」
 すでに第一幕用のメイクと着替えを終えたらしいリゼッタは、長椅子に腰掛けて深呼吸を繰り返していた様子だったが、メルに微笑みながら挨拶をする余裕はあるらしかった。
 メルはちらりとリゼッタの従者ゼローアの様子を見る。
 彼は、黙々とリゼッタが使ったらしい化粧道具などを片付けていたが、メルの視線に気がついたようで、ぺこりとお辞儀をした。

「早速だけど、シルフィーニアを見せてくれるかしら」
「はい、では」

 メルは部屋のテーブル上で、大きな革のトランクを開ける。
 そしてシルフィーニアを丁寧に取り出し、テーブルに立たせた。
 舞劇の衣装は座ったときより、立っているときのほうが美しく見える。本来ならば、動いているときがもっとも美しく見えるようにできているのだろうが、動かないドールにそれは望めない。
 薄紅色のドールドレスの短い裾を広げて、襟元や長く大きな袖を整えてみせる。
「まぁ……」
 リゼッタが、手を組んでため息をつく。
 ゼローアも、作業の手を止めていた。
 メルは続けてドールトランクから、終幕までの衣装を取り出す。
 茉莉花堂の店主であるシャイトが手がけたドレスだけあって、どれも元の衣装を見事に再現できている。

「素晴らしいわ――そう思わない? ゼローア」
 満足そうに微笑んで、リゼッタは自身の従者に話しかける。
「……えぇ、本当に」

 どうやら、依頼人リゼッタにひとまず満足してもらえたようで、思わずメルも笑みがこぼれる。
「では、シルフィーニア嬢はこちらの楽屋のどこに……」
「そのことなのだけど……シルフィーニアにも、舞台を見守ってほしいのよ。私の初めてのヒロイン役の舞台を。だから」
 リゼッタが長椅子から立ち上がり、テーブル上に立っているシルフィーニアを抱いて……メルに差し出した。

「だから、この子を舞台の間……預かってくださらないかしら」




 メルは、シルフィーニアを抱いて国立舞劇場の一階、売店などがある場所を歩いていた。
 わざわざドールショップの店員に、一階席を用意してくれるリゼッタの心遣いには感謝なのだが……はっきり言うと周囲の注目を集めていた。いや、それは三階の席でもどこでも変わらなかっただろうが。
 六十センチもある大きなドール、それもこれから上演する舞台の第一幕のヒロインの衣装を着たドールを抱いているのだ。周囲の注目を集めないわけがない。

「メルー!」
「メルだわ!」
 注目されている中、メルに話しかけてきたのは姿のよく似た少年と少女――ユイハとユウハだった。
「ユイハ、ユウハ、こんにちは」
「こんにちは、メル」
「こんにちは、あぁ、メル今日もやっぱり可愛い! ううん、今日は可愛いだけじゃなくて、その青いドレスがちょっと大人ぽくて素敵!」
 簡潔に挨拶を済ませる兄のユイハに対し、妹のユウハは自分のほっぺたを両手で抑えたりといった少しばかりオーバーな動きでメルの今日のドレスを褒めてくれる。
「二人は今日も警備なの?」
 見れば二人は、いつもよりは上等な服を身に着けているが、それは動きやすさを損なわないものだし、しっかりと武器を携帯してもいる。
「そうだよ」
「そうよ。せっかくの初日なのに、舞劇場ホール内の警備じゃなかったのが少し残念だけどね」
「そっか……ねぇ、ふたりとも、ジルをみなかったかな?」
 問われた二人は、ちょっとの間だけそっくりな顔でお互い見合って――
「「見たけど……」」
 と、同時に歯切れ悪く答える。
「本当? どこに」
「あいつならメルのずっと後ろにいる、壁際で見てるよ」

 振り返ると、ジルセウスは――メルの恋人は、たしかに居た。
 ジルセウスは、メルと目が合うとこちらに近づいてくる。
「やぁ、ごきげんようメルレーテ嬢。これはまた見事なドールとドールドレスだね。茉莉花堂の店主殿の仕事はいつも素晴らしい」
「ご、ごきげんようジルセウス様。いつも茉莉花堂をご贔屓にしていただいて、ありがとうございます」
 人目があるがゆえのちょっと他人行儀の挨拶が、今だけはメルにとって少し落ち着く。

「ユイハ君にユウハ嬢もごきげんよう」
「……こんにちは」
「こんにちは」
 すこしむっとした様子のユイハと、すまし顔のユウハもそれぞれ挨拶を返す。
「先ほど、ベオルーク男爵とも挨拶をしたよ。とはいえ、今日はパラフェルセーナ公爵のお供のようで、奥方とメアリーベル嬢は居ないようだったけれど」
「パラフェルセーナ公爵?」
 メルが目をまるくしてその名前をつぶやくと、開演が間もなくであるということを知らせる音楽が奏でられ始めた。
「おっと、もう開演だよ。話は“またあとで”ね」


「……え、えぇ……“またあとで”……」


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