花咲く都のドールブティック

冬村蜜柑

文字の大きさ
60 / 88
秋色なる舞姫たちの章

舞劇「夢幻境」

しおりを挟む




 メルは急いで自分の席を探しだし、隣の席に座っているご婦人方に軽く会釈をしてから腰掛けた。
 右隣の老婦人が物珍しそうに、メルの抱いたドール・シルフィーニアを見ているが、今は舞台に集中することが優先だった。


 客席の明かりが落とされ、舞台の幕が開く――



 舞劇「夢幻境」は大陸東方の果ての果て、極東列島に伝わる話を元としたした舞台だ。
 そのためか、向かって右の舞台で楽団が奏でている音楽も東方を意識したものとなっている。
 そして向かって左の舞台では、場面に合わせて詩が謳い上げられる。この詩が、一般的な舞台で言うセリフの代わりともなる。
 一番大きな中央の舞台、ここはまさしく舞うための場所――

 その舞台のセットは青空の下の青い海と、大きな木造船。
 青い衣装をまとった役者たちが、寄せては返し、また寄せては返し、そして渦を巻く海を表現している。


「戦乱の極東列島に一つの国あり、その名をイソラの国と言う――」
「イソラ、小国の一つに過ぎず。彼の国は今にも大国に呑まれんとしていた――」

 と、ここでリゼッタが――いや、イソラの国の姫であるキララ姫が可憐な、しかし不安をあらわすステップで船の上に登場する。

「お父様、お母様、さようなら、さようなら、あなた方の慈しんだ姫は二度と帰れませぬ――お嫁に参ります、姫はお嫁に参ります、かつての敵国ソウガへと――」

 続いて現れるのはキララ姫の侍女オユキ。
 ここでオユキはキララ姫を、ソウガの国も案外悪いところではないかもしれないと慰めるのだ。
「このような、見事な絹のドレスを贈ってくださったシグレ殿――このようなドレスは見たこともございませぬ、ソウガの国の主たるシグレ殿はきっと優しき方でありましょうや」
 それでもキララ姫は、まるで寒風に打たれる小鳥のように、か弱く震え、怯えながら首を振る動きをする。
「シグレ殿――我が夫君となるべきお方、どのような方か、どのような――あぁ、しかし、未だ会えぬ方には、キララ姫は心ときめくことはできませぬ、さだめとはいえ、恋と言うものを知らぬ齢十五の身でありながら、嫁がねばならぬとは――」


 恋――
 だが、貴族や王族の多くは恋を知らずに嫁ぐのだ。
 それを拒もうとするキララ姫はなんと世間知らずで純粋なことか……。


 舞台の練習風景を見たことのあるメルではあるが、実際にセットや衣装、それに音楽や詩や魔法の明かりによる照明などがかっちりと噛み合った世界に引き込まれていた。
 
 浮かぬ様子のキララ姫を慰めるために、船上では賑やかに宴が催される。
 華やかな、楽しい気分になる明るい音楽。
 
 ところが――

 その音楽が一変して、緊迫したものとなる。

「大嵐だ!!」

 青い服を着た波の役の者たちが、船の上にも迫る。
 風の役であるピシュアーの役者たちが、舞台いっぱいに舞う、舞う、舞う。

 あっという間に、船は風と波に呑まれて――





 舞台の幕はここで、一度閉じられた。
 劇場内に明かりが満ちることで、ここで一度休憩時間となることが観客たちにも理解できた。

 メルは、ほかの観客たちのように立ち上がってどこかに行くことはしなかった。
 ただ、両脇に座っていたご婦人たちが席を立つと、大きく息を吐いた。
 目の前で本当に船が呑み込まれたかのような、そんな感覚を味わっていたのだ。

「なるほど、これは演劇舞台道楽になる人もいるわけだわ……」

 興奮が治まらなくて、思わずシルフィーニアをぎゅっと抱きしめる。
 このドールと同じ衣装をまとった姫君であるキララ姫のたどる運命――ストーリーは一応、知ってはいるが、それとこれとは違う。

 そうこうしているうちに、休憩時間は終わりとなるようで、隣の席のご婦人方も帰ってきた。

 第二幕だ――



 幕が開くと、真ん中の舞台はあちこちに花が溢れた、極東列島風の建物が並ぶ海辺となった。
 海辺には倒れ伏すキララ姫と、侍女オユキ

 そこへやってくるのは一人の美しい青年。
 彼はキララ姫とオユキを助け起こし、自分はこの島――夢幻境を預かる領主・キリヒト公だと名乗る。
 
 ここでキララ姫は、美しく優しいキリヒト公に一目惚れの恋をしてしまうのだ。
 キララ姫の、文字通り舞い上がるような気持ちを表した舞に、キリヒト公が併せて舞う。
 キリヒト公もまた、ひと目で可憐なキララ姫を気に入ってしまったのだ。

 キララ姫とオユキはキリヒト公の住まう御殿へ向かうのだが、その途中でたいそう驚くのだ――

「なぜ家々の屋根があんなにも光っているのでしょう」
「屋根には金を使っているためでございます、キララ姫」
「なぜ家々の窓はあんなにも光っているのでしょう」
「窓には水晶を使っているためでございます、キララ姫」
「なぜ家々の壁はあんなにも――あぁ、もう」

 そう、この「夢幻境」はとても豊かで――屋根には金が葺かれ、窓には水晶が用いられていて、道行く人達はみんな絹のすばらしい着物を着ていたのだ――

 そこは まるで、この世の楽園。

 だけど、この「夢幻境」はそれだけでないとんでもない場所なんだよね、とストーリーを知っているメルは心の中だけでつぶやく。

 メルの席の真後ろでは白が、妙に神妙な面持ちで静かに舞台を見守っていた。



「ここは夢幻境、いと高きところにおわす優しき神の守る場所――」


 キララ姫はキリヒト公から真新しい、真珠を縫い込んだ水色のドレスを与えられる。
 二人の距離は、美しい夢幻境の日々で少しずつ縮まっていく――

 そして――



 破滅は訪れるのだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

【完結】領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...