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秋色なる舞姫たちの章
秋の舞台は終幕
しおりを挟む「こんにちはー」
「こんにちは……あら?」
ユイハとユウハの双子の兄妹が茉莉花堂のドアを開けると、いつもなら見られない光景があった。
なんと、店内ではメルがベオルークに叱られていたのである。
メルの師匠であるシャイトはカウンターの内側でいかにも怠そうに針仕事をして、ためいきをついている。
……いったいあのしっかり者のメルが、何をやらかしたのだろうか?
「……おう、ユイハ君にユウハちゃんじゃねぇか」
ユイハたちが話しかける前に、ベオルークが気付いてくれた。
「メル、叱られてたの?」
「一体何があったっていうんですか?」
ユイハたちの問いかけに、ベオルークはがりがりと白い頭髪で覆われた頭をかいた。
「俺は一応店側の人間だから、外部の人には何があったかは話せない」
だが、とベオルークは続ける。
「メルが友達と『世間話』をするのは、俺には止める権利はないわけでな」
「ベオルークさん……申し訳ありません」
「あのなメル、謝るんだったら、その前に仕事だ仕事。……シャイト! 中に入るぞ。喉が渇いたんで茶を飲むとしよう……ったく本来はお前の役目なんだぞコレ」
そういって腕は確かだが頑固だという噂の人形職人ベオルークは、シャイトの腕を引っ張って奥にひっこんでしまった。
あとに残されているのはメルとユイハとユウハ。
「えぇっと……お茶とか淹れようか?」
動き出そうとするメルを双子が制した。
「いや、いいよ。僕たちはお客じゃないんだし」
「そうよ、気を使わないで。……ところで、メルはなんで怒られてたの?」
それを聞かれると、メルは複雑そうな顔になった。
「えぇと、自己満足というか、名誉の負傷というか、なんというか……この間の、あの、ゼローアさん、お仕えしてたお嬢様にプロポーズされて……その、駆け落ちしたのだけど」
「え」
「えぇっ? ……で、でも、それがどうメルが叱られることに繋がるの?」
そういうと、メルはちょっとだけ満足感で輝く目になった。
「……私ね、そのとき、ドールドレスのお代金を一着分『受け取り忘れちゃった』の
ね」
ユイハとユウハは、とてもよく似た顔で、納得していた。受け取り忘れた、のではなく……わざわざ受け取らなかった、突き返したのだろう……そんなことを考えているのだろう顔で。
「……それでその、自分の貯金からそのドールドレスのお代金を埋め合わせようとしたんだけど……ベオルークのおっさんにばれちゃって、叱られてました……はい」
「そりゃあ、ベオルークさんの立場上怒るね」
「メルは悪いことはしていないけど、だからといって今回のことは正しいわけじゃないわ。そのあたりはちゃんと反省したほうがいいわよ」
「……わかって、まーす……」
お仕事はお仕事として、ちゃんとやらなければいけないことがある。
今回のメルのように、情に流されていては、お仕事は立ち行かない。
「……まぁ、それはそれとして! これ見てよ」
メルは空元気をだして、裁縫道具の上に積み上げていた一通の手紙を手にとって二人に見せた。
「なにこれ手紙?」
「差出人は……妙に達筆なのと、子供みたいな文字だけど……リゼッタとゼローア……あ!」
「そう、あの二人からの手紙なの……リゼッタさんとゼローアさんは花咲く都を出て、旅芸人の一座に加わったんだって。リゼッタさんは踊り子、ゼローアさんは軽業をしているそうなんだ。リゼッタさんにとっては慣れない暮らしだけど、また舞ができるのは嬉しいみたい。二人は元気にしてる様子だよ」
「そっか、あの人は無事に結ばれて、幸せになったのか……」
「うん、なんというか、良かった……良かったわ……」
ユイハとユウハも喜んでくれて、メルも嬉しかった。
ドールドレス一着分のお代金を、お祝い金として、かけおちの資金としてあの二人に渡した甲斐があったというものだ。
「ねぇ、メル……メルは」
と、ユウハが何か言おうとしたその時だ。
立派そうな馬車が茉莉花堂の前に停車するのが窓のこちらからでも見えたので、メルは髪とドレスの裾や襟などを整える。
「やぁ、こんにちは」
「……ジル……セウスさま、こんにちは。ようこそ茉莉花堂へ。いらっしゃいませ」
するとジルは、にっこり笑って――
「今日はお客扱いじゃないほうがいいな、メル」
「そろそろ茉莉花堂も冬物のドレスが増えてきたんだね」
「えぇ、もう秋も終わりだし」
「そういえば僕が来るとき、外では雪が降っていたよ。もしかしたら初雪じゃないかな」
店内の空気が妙にひんやりしていると思ったら、ひんやりしているのは店内だけではなかったらしい。
「節約してきたけど、暖炉に火をいれないとなぁ」
「茉莉花堂って節約が必要なお店かい?」
「それがなー、メルがやらかしたんだよなー」
「そうそう!」
「ふたりとも、それは言っちゃだめだってば! 内緒!」
秋という舞台はそろそろ幕が降りる。
花咲く都の冷たい冬は、もうすぐそこに来ていた。
花の国ルルドの王都、花咲く都とも呼ばれるルルデア。
そこに走る無数の道の一つに、収集家小路と呼ばれる小さな通りがある。
収集家小路には、変わった店がたくさんあるが、その中のひとつ、一見平凡な店構えにも見える、その建物。
掲げられた看板には ドールブティック茉莉花堂 と言う文字と、白い花を模した飾り。
窓を覗き込めば、ドールのためのドレスや帽子や靴やアクセサリー……そういった品ばかりと、そこで忙しく働く一人の少女の姿が見えることだろう。
すこしばかり勇気をだしてドアを開けたならば、少女は蕩けそうなほどの極上の笑顔でそんなあなたを出迎える。
「いらっしゃいませ、茉莉花堂へようこそ」
彼女はメルレーテ・ラプティ 茉莉花堂の店員にしてドールドレス職人。
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