68 / 88
真白い輝きの冬の章
茉莉花堂 冬の風景
しおりを挟む大陸西北部、花の国ルルドの王都、花咲く都とも呼ばれるルルデア。
そこに走る無数の道の一つに、収集家小路と呼ばれる小さな通りがあるのだが、その中の一見平凡な店構えにも見える建物がある。
掲げられた看板には ドールブティック茉莉花堂 と言う文字。
窓を覗き込めば、大小さまざまのドールに、ドールのためのドレスや帽子や靴やアクセサリー……そういった品ばかり見れることだろう。
そして、その店で忙しく働く少女の姿も、見れることだろう。
「今日の雪はまた一段と濡れ雪だなぁ、すっかり手袋びしゃびしゃだよ」
ドールブティック茉莉花堂の建物の前で大粒の雪が降る空を眺めているのは、ふわふわの金髪に青い瞳の少女メルレーテ・ラプティ。親しい者は彼女のことをメルと呼ぶ。
可愛らしいデザインの濃紺のコートに包まれた体は細いのだが、雪かきのためにスコップを動かす手は妙に力強い。
それもそのはず、彼女は数年前まで騎士学院で最優等の学院生だったのだ。
だが、それも昔のこと。現在は彼女は剣をお針に持ち替えて、ドールブティック茉莉花堂で店員兼ドールドレス職人をしている身だ。
「よし、これでいいかな」
雪かきを終わらせて、寒風に急き立てられるように彼女は店内に入る。
店内――茉莉花堂の中も、すっかり冬だ。
並ぶドールたちの纏うドレスは冬の素材のものだし、飾り付けも年末年始のお祭りを意識したものとなっている。
小さな暖炉にももちろん火が入っているが、この家では人形工房に魔力窯があるため、その熱が建物中に回る仕組みがあり、店内はとても暖かい。
「ふぅ……」
暖かい店内に安堵のため息をつきながら、濃紺のコートを脱ぐ。
今日のメルが着ているのはきれいなグレーとブルーを使ったドレスだ。袖がふんわりきれいに膨らんだパフスリーブというところが、メルのお気に入りポイントでもある。
びしゃびしゃになった雪かき用のブーツから、まだ濡れていない仔山羊皮のブーツに履き替えて、真っ白いエプロンをふわりとかける。
これで、いつお客が来ても大丈夫だ。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
お昼の時間を少し過ぎた頃に来店したのは、数日前に予約を入れていたファイデア子爵夫人とその娘であるミウシア嬢。
「ごきげんよう、すっかり寒くなってしまいましたわね。というわけで私の可愛い可愛いドールに似合うコートと靴と、他にもいろいろ見に来ましたわよ」
「ママはね、今日茉莉花堂に来るのをすっごく楽しみにしてたのよ。もちろん、私もよ!」
「まぁ、ありがとうございます。さっそくこの冬おすすめの品をお見せしますね」
「当家は年末年始はいつも、領地のほうで過ごすことになってますの。もちろん夫には領主としての勤めがありますので領民たちとの時間は大事ですわ。けれど、ね……私の実家では年末年始は身内だけでひっそりと過ごす事になっていましたので、結婚した当初はそりゃ驚きましたのよ――」
ファイデア子爵夫人はとてもおしゃべりが大好きだ。
けれど決して悪い人ではないし、誰かの陰口などは言ったりしない。
そういうところが、貴婦人として――というより人としてきちんとしている感があって好もしいとメルも思っている。
「今日はね、ママも私もパパからおこづかいいっぱい貰ってきたのよ。年末のお祝いの分だって、いっぱい使ってきなさいって」
ミウシア嬢は背伸びをしたがっているお年頃のおしゃまなお嬢さんだ。
自分のドールである三十センチほどのドール・プリシラを抱いたまま、とことこと店内を歩き回り、陳列棚をあちこち覗いてまわっている。
「わぁ、あのコート素敵!」
「こちらもご覧になりますか?」
「はい、お願いします」
コートはミウシアには届かない高さにある品物だったので、メルが手にとって広げて見せる。
「こちらは銀雪貂の毛皮を用いたコートですよ。ちょうどミウシア様のプリシラ嬢にぴったりのサイズですね」
「わぁぁ……すごい、ふわっふわ……これならきっとプリシラも寒い思いをしなくてすむわ!」
しかし銀雪貂のコートはかなり高額な品物なので、これを買うとしたらミウシア嬢の今日の買い物はほぼ終わりになってしまうようだった。
「うぅん……ドレスも靴もお帽子も欲しいし……でもでもっ……今度来たときはもうこのコートはないでしょうし……」
とっても素敵で大変な悩みを抱えたミウシアは、お茶を飲みながらも難しい顔をしていた。
今日のお茶はミスティエル紅茶をミルクティーで、お菓子は数日前子爵夫人から予約を受けたときに作っていた、干しぶどう入りのフルーツケーキにふわふわのクリームを添えたものだ。
「んー……どうしましょう……でもあのコートは……ううん……」
メルはちらりとファイデア子爵夫人を見る。
だが、子爵夫人はあえてミウシアの悩みに口を出さないつもりのようで、すまし顔で干しぶどうのフルーツケーキを食べている。
ならば、メルも口を出さないほうがいいだろう。思う存分ミウシアを悩ませることにした。
「……決めた!」
ファイデア子爵夫人がいくつか小さなドール靴とドールドレスを買い求め、会計をしているときにようやくミウシア嬢の決断も下った。
「このコート買います!」
少女の小さな小さな決意に、メルは笑顔で応える。
「かしこまりました、お包みしますか? それとも」
「プリシラに着せて帰りますわ」
「お買上げ、ありがとうございます」
ミウシアが満足そうにドール・プリシラに銀雪貂のコートを着せる。
そのミウシアにそっと近づいて、ファイデア子爵夫人が笑顔を投げかけた。
「自分でちゃんと決めることが出来ましたね、ミウシア」
「もう、今日のママはいくらかご予算余ってるでしょうに、助けてくださらないんだから」
「ふふ、結果がどうあれ自分で決めることが、大事なのですよ」
「ママ、いいこと言っていればそれらしくなると思ってますでしょう!」
きゃあきゃあと仲のいい親子の声が茉莉花堂に響いていた。
「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしてます」
ファイデア子爵夫人親子の乗った馬車を見送って、しばらく空を見上げる。
まるで花びらのような大粒の雪が降り続いていた。
この様子なら、もう一度雪かきをしておいたほうがいいかもしれない。
メルがスコップを取りに行こうとしたとき……一台の馬車が茉莉花堂の前に止まった。
馬車から降りたのはどこかのお屋敷の上級使用人のような、きっちりとした制服を身に着けた男性だった。
その男性はメルに、うやうやしくトレーに入った手紙を差し出してくる。
「……あの?」
「失礼――茉莉花堂のメルレーテ・ラプティ嬢でございますね? 私はマギシェン侯爵家より参りました。こちらはウルリカ様よりのお手紙でございます」
0
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました
由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。
尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。
けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。
そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。
再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。
一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。
“尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。
静かに離婚しただけなのに、
なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!!
お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。
皆様、お気に入り登録ありがとうございました。
現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる