花咲く都のドールブティック

冬村蜜柑

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真白い輝きの冬の章

茉莉花堂 冬の風景

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 大陸西北部、花の国ルルドの王都、花咲く都とも呼ばれるルルデア。

 そこに走る無数の道の一つに、収集家小路と呼ばれる小さな通りがあるのだが、その中の一見平凡な店構えにも見える建物がある。
 掲げられた看板には ドールブティック茉莉花堂 と言う文字。
 窓を覗き込めば、大小さまざまのドールに、ドールのためのドレスや帽子や靴やアクセサリー……そういった品ばかり見れることだろう。

 そして、その店で忙しく働く少女の姿も、見れることだろう。





「今日の雪はまた一段と濡れ雪だなぁ、すっかり手袋びしゃびしゃだよ」

 ドールブティック茉莉花堂の建物の前で大粒の雪が降る空を眺めているのは、ふわふわの金髪に青い瞳の少女メルレーテ・ラプティ。親しい者は彼女のことをメルと呼ぶ。
 可愛らしいデザインの濃紺のコートに包まれた体は細いのだが、雪かきのためにスコップを動かす手は妙に力強い。
 それもそのはず、彼女は数年前まで騎士学院で最優等の学院生だったのだ。
 だが、それも昔のこと。現在は彼女は剣をお針に持ち替えて、ドールブティック茉莉花堂で店員兼ドールドレス職人をしている身だ。



「よし、これでいいかな」

 雪かきを終わらせて、寒風に急き立てられるように彼女は店内に入る。
 店内――茉莉花堂の中も、すっかり冬だ。
 並ぶドールたちの纏うドレスは冬の素材のものだし、飾り付けも年末年始のお祭りを意識したものとなっている。
 小さな暖炉にももちろん火が入っているが、この家では人形工房に魔力窯があるため、その熱が建物中に回る仕組みがあり、店内はとても暖かい。
「ふぅ……」
 暖かい店内に安堵のため息をつきながら、濃紺のコートを脱ぐ。
 今日のメルが着ているのはきれいなグレーとブルーを使ったドレスだ。袖がふんわりきれいに膨らんだパフスリーブというところが、メルのお気に入りポイントでもある。
 びしゃびしゃになった雪かき用のブーツから、まだ濡れていない仔山羊皮のブーツに履き替えて、真っ白いエプロンをふわりとかける。

 これで、いつお客が来ても大丈夫だ。



「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
 お昼の時間を少し過ぎた頃に来店したのは、数日前に予約を入れていたファイデア子爵夫人とその娘であるミウシア嬢。
「ごきげんよう、すっかり寒くなってしまいましたわね。というわけで私の可愛い可愛いドールに似合うコートと靴と、他にもいろいろ見に来ましたわよ」
「ママはね、今日茉莉花堂に来るのをすっごく楽しみにしてたのよ。もちろん、私もよ!」
「まぁ、ありがとうございます。さっそくこの冬おすすめの品をお見せしますね」


「当家は年末年始はいつも、領地のほうで過ごすことになってますの。もちろん夫には領主としての勤めがありますので領民たちとの時間は大事ですわ。けれど、ね……私の実家では年末年始は身内だけでひっそりと過ごす事になっていましたので、結婚した当初はそりゃ驚きましたのよ――」

 ファイデア子爵夫人はとてもおしゃべりが大好きだ。
 けれど決して悪い人ではないし、誰かの陰口などは言ったりしない。
 そういうところが、貴婦人として――というより人としてきちんとしている感があって好もしいとメルも思っている。

「今日はね、ママも私もパパからおこづかいいっぱい貰ってきたのよ。年末のお祝いの分だって、いっぱい使ってきなさいって」
 ミウシア嬢は背伸びをしたがっているお年頃のおしゃまなお嬢さんだ。
 自分のドールである三十センチほどのドール・プリシラを抱いたまま、とことこと店内を歩き回り、陳列棚をあちこち覗いてまわっている。

「わぁ、あのコート素敵!」
「こちらもご覧になりますか?」
「はい、お願いします」
 コートはミウシアには届かない高さにある品物だったので、メルが手にとって広げて見せる。
「こちらは銀雪貂の毛皮を用いたコートですよ。ちょうどミウシア様のプリシラ嬢にぴったりのサイズですね」
「わぁぁ……すごい、ふわっふわ……これならきっとプリシラも寒い思いをしなくてすむわ!」
 しかし銀雪貂のコートはかなり高額な品物なので、これを買うとしたらミウシア嬢の今日の買い物はほぼ終わりになってしまうようだった。
「うぅん……ドレスも靴もお帽子も欲しいし……でもでもっ……今度来たときはもうこのコートはないでしょうし……」

 とっても素敵で大変な悩みを抱えたミウシアは、お茶を飲みながらも難しい顔をしていた。
 今日のお茶はミスティエル紅茶をミルクティーで、お菓子は数日前子爵夫人から予約を受けたときに作っていた、干しぶどう入りのフルーツケーキにふわふわのクリームを添えたものだ。
「んー……どうしましょう……でもあのコートは……ううん……」
 メルはちらりとファイデア子爵夫人を見る。
 だが、子爵夫人はあえてミウシアの悩みに口を出さないつもりのようで、すまし顔で干しぶどうのフルーツケーキを食べている。
 ならば、メルも口を出さないほうがいいだろう。思う存分ミウシアを悩ませることにした。

「……決めた!」

 ファイデア子爵夫人がいくつか小さなドール靴とドールドレスを買い求め、会計をしているときにようやくミウシア嬢の決断も下った。

「このコート買います!」
 少女の小さな小さな決意に、メルは笑顔で応える。
「かしこまりました、お包みしますか? それとも」
「プリシラに着せて帰りますわ」
「お買上げ、ありがとうございます」
 
 ミウシアが満足そうにドール・プリシラに銀雪貂のコートを着せる。
 そのミウシアにそっと近づいて、ファイデア子爵夫人が笑顔を投げかけた。
「自分でちゃんと決めることが出来ましたね、ミウシア」
「もう、今日のママはいくらかご予算余ってるでしょうに、助けてくださらないんだから」

「ふふ、結果がどうあれ自分で決めることが、大事なのですよ」
「ママ、いいこと言っていればそれらしくなると思ってますでしょう!」

 きゃあきゃあと仲のいい親子の声が茉莉花堂に響いていた。





「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしてます」

 ファイデア子爵夫人親子の乗った馬車を見送って、しばらく空を見上げる。
 まるで花びらのような大粒の雪が降り続いていた。
 この様子なら、もう一度雪かきをしておいたほうがいいかもしれない。
 メルがスコップを取りに行こうとしたとき……一台の馬車が茉莉花堂の前に止まった。

 馬車から降りたのはどこかのお屋敷の上級使用人のような、きっちりとした制服を身に着けた男性だった。
 その男性はメルに、うやうやしくトレーに入った手紙を差し出してくる。
「……あの?」
「失礼――茉莉花堂のメルレーテ・ラプティ嬢でございますね? 私はマギシェン侯爵家より参りました。こちらはウルリカ様よりのお手紙でございます」



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