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真白い輝きの冬の章

語らいとお誘い

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「よく雪も降るもんだねぇ」
 雪降る中、両腕を広げてくるくると回っているのは白。
 彼か彼女かよくわからないが、白はメルにしか見えないし触れられない不思議な存在だ。
 降る雪は白にはかからずに、白の体をすり抜けて地面に落ちる。白は、自身が望まないものには触れずに済むのだという。
「それでも花咲く都はまだ気温そのものは暖かいらしいけどね。国の北部では逆に雪もあまり降らないぐらいだし」
 ざくざくと雪かきをしながらも、白の言葉に応えるメル。

 花咲く都は、今日も大粒の雪が降っていた。

「こんなものでいいかな」
「いいと思うよ」
 メルは冷えた指先を自分の吐息で温めながら、雪かきの成果を眺める。
 そもそもあまり来客数は多くないドールブティック茉莉花堂だが、だからこそ、来店してくれたお客様には快適に買い物を楽しんでもらいたい。
 メルがこまめに店の前の雪かきをするのも、そんな思いからだった。

「毎年のことだけれど、冬の間は大変だねぇ。雪かきのせいであまり作業の時間も取れないし」
「まぁ、確かにそうだね。まぁ冬は雪が降るものだから、仕方がないよ」
 そんなことを白と話しながら店内に戻る。


 茉莉花堂はやっぱりとても暖かい。
 メルはコートと手袋と帽子を外して、一息つく。
 と、そのとき、店の奥である居住スペースの方からプリムローズおかみさんがやってきた。
「メルちゃん、雪かきお疲れ様。温かいお茶を淹れたんだけどどう?」
「もちろんいただきます!」
「ふふ、それじゃあちょっと待ってて……あら、お客様よ。メルちゃん」

 振り返ると、そっくりなすがたをした少年と少女――メルの友人であるユイハとユウハが、茉莉花堂の扉を開けて入ってきたところであった。
「ユイハ、ユウハ、いらっしゃい!」
「こんにちは、メル。今日もすごい雪だね。プリムローズさんもこんにちは」
「こんにちは、メル、プリムローズさん」
「ふふっ、こんにちは、二人とも。ちょうどお茶を淹れたところだったのよ、持ってくるわね」

 二人は茉莉花堂の暖かさにほっとしながら、おそろいの緑色のマフラーを外して、雪で濡れたコートを脱ぐ。
「やっぱりここは暖かいなー、なぁユウハ」
「そうねユイハ兄さん。ベオルークさんの魔力窯のおかげなのよね、これって。夏の間はそりゃひどい目にあったけれど、冬はこの熱がありがたいわ」
 プリムローズが奥から戻ってきて、商談用に使われているテーブルに紅茶のカップとクッキーの入ったカゴを置く。
「どうぞどうぞ、紅茶はテンプールベルよ。それとこれはスパイス入りのクッキー、おばさんが焼いたものなの。よかったら食べてね」
「わ、ありがとうございますプリムローズさん!」
 甘いものが好きなユウハが、嬉しそうにお礼を言う。

「じゃあ、ゆっくりしていってね。お茶のおかわりが必要だったら言ってね」


「いやー、冬はこういうのがほっとするなぁ」
 シナモンがきいたクッキーをつまみながら、ユイハがのんびりと言う。
「そうねぇ、兄さん。あ、それでね、メル。今回お願いしたいお洋服はね……」
 ユウハが兄に相槌を打ちながら、メルにぬいぐるみの新しいお洋服について相談している。
 ぬいぐるみ――ユウハの大事にしているウサギのカップルのぬいぐるみだ。
 ユウハは、メルがまだ商品としてのドールドレスを作れなかったときからずっと、うさぎのぬいぐるみさんたちの服を依頼してくれているのだ。
「うん、うん、わかった。それならこういう感じにすれば、こっちは……」
 メルが紙に思いついたデザインを大まかに書きながら、ユウハに見せる。
「メル、それ可愛い! それで行きましょ。それにしてもメル、一年前より随分腕を上げたよね」
「あ、それ俺も思うよ。傍から見てても、メルは腕上げたよ」
 親友たちがまっすぐに技術の上達を褒めてくれるのが、メルにはなんだかこそばゆい。

「そうかな。まだまだ、一人前にはまだまだ遠いって先生には言われるけど……でもありがとうね、二人とも」


 デザインが一段落して、二杯目の紅茶を飲みながらとりとめもない話をする。
「二人は年末年始どうするの?」
 すると二人はそっくりの顔を見合わせて、それからメルに向き直って応える。
「多分そのあたりで一度実家の方に帰るかな」
「そうね、そろそろこのあたりで、家にも親戚にも顔を出しておかないといけないだろうし」
「それ以外は特に予定はないかな、メルこそどうするの?」
 するとメルは少し困った顔になってしまう。

「そうだねぇ……とりあえず、お店は年末年始はお客も来ないしおやすみするの。それで……こっちで年越し」

「……そっか」
「……そう」
 メルはクッキーを一枚かじった。
 今、メルは家族とあまりうまく行っていない。
 お互いに関わろうとしていない。
 あまりよくないことだとわかっている。
 けれど――

「え、えっとね、それで、それで、これ見てこれ!」
 重くなってしまった空気を振り払うためにも、メルは二人に見せたかったものをカウンターの引き出しから取り出す。
 それは、立派な封筒に入った手紙だ。

「わ、なにそれ、凄い手紙」
「どなたからのお手紙?」
「夏にお会いした、マギシェン侯爵家のウルリカ様を覚えている? そのウルリカ様がまた別荘に遊びに来ませんかってお手紙をくださったの! この冬をなるべく賑やかに過ごしたいから、お友達も呼んでくださいって」
 メルは手紙を取り出して広げて見せる。
 そこにはいかにも令嬢らしいきれいな文字で、また別荘に遊びに来てください。いらしてくださったら、スケートやそり遊びをしましょう。暖炉の前でお菓子を食べながら過ごすのもいいですね。お母様もお母様のドール・ヴィクトリアも会いたがっています。予定が空いていたらぜひいらしてください、という旨が書かれている。
 ……他にも、婚約者との惚気もたっぷり書かれていたが、それは適度に読み飛ばした。
「マギシェン家の別荘か……快適に過ごせそうだな」
「いいわね、年明けならこっちも予定が空いているわ」
「わ、じゃあ決まりだね、行こう行こう!」

 メルはさっそくウルリカへ送るための手紙を書き始めた。
 
 この冬は、どんな冬になるだろう。
 今からとても楽しみだった。



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