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第1巻
第20話 星を知らない男
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ある夜、変わった客が来た。
「ここ、雰囲気いいな。俺、こういうの初めてで」
三十代くらい。でも、何か雰囲気が違う。
落ち着きがない、というのではなく——好奇心が全方向に向いている感じ。
渇望を見た。
——答えが欲しい。一つでいいから。
「初めてバーに来ましたか」
「うん。でも初めてって感じがしない。なんか前から知ってたみたいな」
「それは嬉しい」
「ルーカスさんって、どこ出身?」
「遠い場所です」
「ヨーロッパ?」
「そんな感じのところです」
男——奥田という——は少し目を細めた。
「なんか、ちゃんと答えてくれないですよね」
「答えにくい質問なので」
「ふーん。……じゃあ一つだけ聞いていい?」
「どうぞ」
「俺、何がしたいんですかね。三十三歳で、なんか全部中途半端で」
ルーカスはグラスを磨く手を止めた。
「三十三歳のあなたが、今まで一番熱中したことは何ですか」
奥田は少し考えた。
「……子供の頃、星を見るのが好きだった。望遠鏡持って、夜中に外に出て」
「今は見ないんですか」
「見ない。いつの間にか」
「なぜ見なくなったんですか」
「わからない。なんか、大人になると恥ずかしい気がして」
「恥ずかしい?」
「役に立たないじゃないですか、星を見ても」
ルーカスはしばらく黙った。
「私の故郷では、星を読む人は一番重要な職業の一つでした」
「え?」
「航海に使う。農業の季節を知る。暦を作る。星が読める人がいなければ、文明が動かない」
奥田は目を見開いた。
「……知らなかった」
「役に立つかどうかは、時代と場所によって変わる。三十三歳の今の日本でも、星を見続けた人の先に、何かあるかもしれない」
奥田はしばらく黙った。
「……なんかそれ、急に、星見たくなってきた」
「いいじゃないですか」
今夜のグラスは、夜空の色に近い深い青のカクテルにした。バタフライピーとジン、トニックウォーター。グラスの底が青く、上に向かって透明になる。
「きれいだ、これ」
「夜の空の色です」
奥田はグラスを光に透かした。
「……久しぶりにこういう色見た気がする」
「空を見てないから」
「そうかもな」
奥田はゆっくりとグラスを傾けた。
帰り際に言った。
「今夜、帰ったら屋上行ってみます」
「星、見えるといいですね」
「見えたら報告に来ます」
「お待ちしています」
奥田が帰った後、ルーカスは窓のない地下で、星のことを思った。
この世界の星と、故郷の星。
同じものなのかどうか、実はまだ確認したことがない。
今夜、閉店したら屋上に行ってみようか——と、思った。
「ここ、雰囲気いいな。俺、こういうの初めてで」
三十代くらい。でも、何か雰囲気が違う。
落ち着きがない、というのではなく——好奇心が全方向に向いている感じ。
渇望を見た。
——答えが欲しい。一つでいいから。
「初めてバーに来ましたか」
「うん。でも初めてって感じがしない。なんか前から知ってたみたいな」
「それは嬉しい」
「ルーカスさんって、どこ出身?」
「遠い場所です」
「ヨーロッパ?」
「そんな感じのところです」
男——奥田という——は少し目を細めた。
「なんか、ちゃんと答えてくれないですよね」
「答えにくい質問なので」
「ふーん。……じゃあ一つだけ聞いていい?」
「どうぞ」
「俺、何がしたいんですかね。三十三歳で、なんか全部中途半端で」
ルーカスはグラスを磨く手を止めた。
「三十三歳のあなたが、今まで一番熱中したことは何ですか」
奥田は少し考えた。
「……子供の頃、星を見るのが好きだった。望遠鏡持って、夜中に外に出て」
「今は見ないんですか」
「見ない。いつの間にか」
「なぜ見なくなったんですか」
「わからない。なんか、大人になると恥ずかしい気がして」
「恥ずかしい?」
「役に立たないじゃないですか、星を見ても」
ルーカスはしばらく黙った。
「私の故郷では、星を読む人は一番重要な職業の一つでした」
「え?」
「航海に使う。農業の季節を知る。暦を作る。星が読める人がいなければ、文明が動かない」
奥田は目を見開いた。
「……知らなかった」
「役に立つかどうかは、時代と場所によって変わる。三十三歳の今の日本でも、星を見続けた人の先に、何かあるかもしれない」
奥田はしばらく黙った。
「……なんかそれ、急に、星見たくなってきた」
「いいじゃないですか」
今夜のグラスは、夜空の色に近い深い青のカクテルにした。バタフライピーとジン、トニックウォーター。グラスの底が青く、上に向かって透明になる。
「きれいだ、これ」
「夜の空の色です」
奥田はグラスを光に透かした。
「……久しぶりにこういう色見た気がする」
「空を見てないから」
「そうかもな」
奥田はゆっくりとグラスを傾けた。
帰り際に言った。
「今夜、帰ったら屋上行ってみます」
「星、見えるといいですね」
「見えたら報告に来ます」
「お待ちしています」
奥田が帰った後、ルーカスは窓のない地下で、星のことを思った。
この世界の星と、故郷の星。
同じものなのかどうか、実はまだ確認したことがない。
今夜、閉店したら屋上に行ってみようか——と、思った。
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