『異界酒場 ルーナ』

みぎみみ

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第1巻

第21話 眠れない教授

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「君は、存在することの意味をどう考える?」

深夜二時過ぎに入ってきた老人は、座りながらいきなりそう言った。

七十代。眼鏡の奥に、疲れた賢さがある。

「……哲学の先生ですか」

「定年した。今は何もない」

「そうですか」

「だから問う。暇なので」

老人——篠田教授——の渇望は、ひどく明確だった。

——話し相手が欲しい。対等に話せる相手が。

「存在することの意味は、私には答えられないですね」

「なぜ」

「私が確かめられていないので」

「何を?」

「自分が本当に存在しているかどうかを」

篠田は眼鏡の奥で目を細めた。

「……面白い答えだ。バーテンダーが言う言葉ではない」

「そうですか」

「自分の存在を疑っているのか」

「疑う、というより——私は普通ではない経緯でここにいるので、当たり前だと思えないんです」

「普通でない経緯とは」

「言えないです」

「言えないことがあるバーテンダーか。ますます面白い」

篠田はウィスキーを頼んだ。

「君は人の話を聞くのが仕事だと言ったが、君自身の話は誰に聞いてもらうんだ」

ルーカスは少し止まった。

「……あまりいないですね」

「孤独だな」

「そうかもしれません」

「私もだ。定年すると、話し相手がいなくなる。学生はいなくなる。同僚は散り散りだ」

「奥さんや家族は?」

「妻は十年前に亡くなった。子供は遠くにいる」

ルーカスはグラスを拭きながら、言った。

「篠田先生、毎週来ませんか」

「なぜ」

「先生が話し相手を求めているなら、ここはそのための場所として使えます」

篠田は少し黙った。

「……バーテンダーに同情されたくはないが」

「同情ではないです。私も話し相手が欲しい」

長い沈黙。

「……正直な男だな」

「日本語が不自由なので、遠回しな言い方ができないんです」

篠田は笑った。

「それは言い訳だろう」

「半分は」

「半分か。正直だ」

ウィスキーを飲んで、篠田は言った。

「来週、また来る」

「お待ちしています」
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