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第3巻
第10話 ファビアンの再訪
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一月の末。
ファビアンが来た。
前回と同じカバンを持って、同じ席に座った。
「考えましたか」
「考えました」
「どんなことを」
「帰った後のことが、分からないと思いました」
「どういう意味ですか」
「故郷に帰って、何があるか。兄たちの争いはどうなっているか。自分が受け入れられるかどうか。全部、分からない」
「確かに」
「それよりも——この世界で失うものが、何なのかが分かってきました」
ファビアンは静かに聞いていた。
「ここに来てくれる人たちのことです。この店のこと。ここで過ごした時間のこと」
「それを失いたくない、ということですか」
「失いたくない。でも——帰りたい気持ちが全くないとも言えない」
ウィスキーを作りながら、ルーカスは言った。
「一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「帰った場合、またこちらに来られる可能性はありますか」
ファビアンは少し驚いた顔をした。
「……考えていなかった質問です」
「無理ですか」
「理論的には——双方向の移動が可能な魔法陣を作れれば、行き来できる可能性はあります。しかしそれは、現時点では遥かに難しい」
「つまり、帰れば戻れない可能性が高い」
「高いです」
「それが、一番大きな問題です」
二人でしばらく、ウィスキーを飲んだ。
「あなたは、どう思いますか」とルーカスが聞いた。
「どう思うとは」
「あなたの立場から見て、私はどうすべきだと思いますか。研究者ではなく、一人の人間として」
ファビアンは長い間黙った。
「……私には言えません。それを決める立場ではない」
「でも、思うことはあるでしょう」
「思うことは——あなたがここで作ったものは、本物だと思います。二年で、これほどの場所を作れる人間は珍しい。それは、この世界でしかできなかったことです」
「では」
「でも、故郷を持つことの意味も、私には分かります。自分がどこから来たのかを知る場所があるということは、人間にとって根のようなものです」
「根、ですか」
「木は根があるから、高く伸びられる。根を切れば、倒れる」
ルーカスはグラスを持ったまま、考えた。
「もし——帰る決断をするとして。どのくらいの時間をもらえますか」
「急ぐ必要はありません。ただ、私が日本にいられるのは三月末までです。その後は、帰国します。魔法陣の構築は、現地で行う必要があるので」
「三月末まで」
「はい。決めるのは、あなたです」
ファビアンは立ち上がって、会計をした。
帰り際に振り返って、一つだけ言った。
「ルーカスさん。あなたが転移してきた夜、ヴァルド王国では、あなたを探す令が出たそうです」
「……研究の中で、そこまで分かったんですか」
「令が出た、ということだけです。誰が出したかまでは分からない」
「兄たちが、探していた」
「そういうことです」
ファビアンが帰った後、ルーカスは閉店後も長い間、カウンターの前に立っていた。
令が出た。探していた。
三年前の夜、兄たちは自分を探していた。
今も、探しているのかもしれない。
——帰りたい。
今夜初めて、その言葉が、はっきりした形で浮かんできた。
ファビアンが来た。
前回と同じカバンを持って、同じ席に座った。
「考えましたか」
「考えました」
「どんなことを」
「帰った後のことが、分からないと思いました」
「どういう意味ですか」
「故郷に帰って、何があるか。兄たちの争いはどうなっているか。自分が受け入れられるかどうか。全部、分からない」
「確かに」
「それよりも——この世界で失うものが、何なのかが分かってきました」
ファビアンは静かに聞いていた。
「ここに来てくれる人たちのことです。この店のこと。ここで過ごした時間のこと」
「それを失いたくない、ということですか」
「失いたくない。でも——帰りたい気持ちが全くないとも言えない」
ウィスキーを作りながら、ルーカスは言った。
「一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「帰った場合、またこちらに来られる可能性はありますか」
ファビアンは少し驚いた顔をした。
「……考えていなかった質問です」
「無理ですか」
「理論的には——双方向の移動が可能な魔法陣を作れれば、行き来できる可能性はあります。しかしそれは、現時点では遥かに難しい」
「つまり、帰れば戻れない可能性が高い」
「高いです」
「それが、一番大きな問題です」
二人でしばらく、ウィスキーを飲んだ。
「あなたは、どう思いますか」とルーカスが聞いた。
「どう思うとは」
「あなたの立場から見て、私はどうすべきだと思いますか。研究者ではなく、一人の人間として」
ファビアンは長い間黙った。
「……私には言えません。それを決める立場ではない」
「でも、思うことはあるでしょう」
「思うことは——あなたがここで作ったものは、本物だと思います。二年で、これほどの場所を作れる人間は珍しい。それは、この世界でしかできなかったことです」
「では」
「でも、故郷を持つことの意味も、私には分かります。自分がどこから来たのかを知る場所があるということは、人間にとって根のようなものです」
「根、ですか」
「木は根があるから、高く伸びられる。根を切れば、倒れる」
ルーカスはグラスを持ったまま、考えた。
「もし——帰る決断をするとして。どのくらいの時間をもらえますか」
「急ぐ必要はありません。ただ、私が日本にいられるのは三月末までです。その後は、帰国します。魔法陣の構築は、現地で行う必要があるので」
「三月末まで」
「はい。決めるのは、あなたです」
ファビアンは立ち上がって、会計をした。
帰り際に振り返って、一つだけ言った。
「ルーカスさん。あなたが転移してきた夜、ヴァルド王国では、あなたを探す令が出たそうです」
「……研究の中で、そこまで分かったんですか」
「令が出た、ということだけです。誰が出したかまでは分からない」
「兄たちが、探していた」
「そういうことです」
ファビアンが帰った後、ルーカスは閉店後も長い間、カウンターの前に立っていた。
令が出た。探していた。
三年前の夜、兄たちは自分を探していた。
今も、探しているのかもしれない。
——帰りたい。
今夜初めて、その言葉が、はっきりした形で浮かんできた。
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