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第3巻
第15話 立花の報告
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三月の中旬。
「辞表、出しました」
立花が来た。明るい顔をしていた。
「そうですか。どうでしたか」
「あっさりしてました。上司が、なんとなく分かっていたみたいで」
「良かった」
「次の仕事はまだ決まっていないですが、少し休んでみようと思っています」
「どんなことをする予定ですか」
「旅行に行きたいです。七年、ほとんど休みがなかったので。一人で、どこか遠くに」
渓望を見た。
——解放。
「遠くとは、どのくらい遠いですか」
「海外でもいいかと思っています。一人で海外は初めてで」
「どこへ行きたいですか」
「決めていないです。どこへ行けばいいか、分からなくて」
ルーカスは今夜、立花に何を作ろうかと考えた。
ダイキリを作ることにした。ラムとライムとシュガー。シンプルで、夏の海を思わせる。
「これはキューバのカクテルです」
「キューバ」
「海が美しい場所です。人が明るくて、音楽が街中にある」
「行ってみたい感じがします」
「どこへ行っても、そこに行ってよかったと思えるのは、自分の心の状態による部分が大きいですよ」
「どういうことですか」
「疲れていると、どこへ行っても疲れる。少し休んでから行くと、どこへ行っても発見がある」
「まず休んでから行け、ということですか」
「そういうことです」
立花はダイキリを飲んだ。
「……これ、おいしい。夏の味がする」
「三月ですが」
「夏が来る前に夏の味を飲んでいる感じ、好きです」
「先取りですね」
「先取りか。そういうの好きです」
しばらく話しながら、立花が言った。
「ルーカスさん、この店ずっとやり続けるんですか」
「……今は分かりません」
「え?」
「少し、先が決まっていない状況で」
「辞めるんですか」
「辞めるかどうか、と言うより——いなくなる可能性があって」
「いなくなる?」
「帰れる可能性が出てきた故郷があって」
立花はグラスを持ったまま、黙った。
「……それは、良かったことですか」
「複雑です」
「帰りたいですか」
「帰りたい気持ちと、ここにいたい気持ちが、両方あります」
「それって、ここが好きってことじゃないですか」
「どういう意味ですか」
「帰りたい場所がある人が、もう一つ帰りたい場所を作ってしまった、ということだと思って」
ルーカスは少し止まった。
もう一つの帰りたい場所。
「……そう言ってくれる人が、何人かいます」
「みんながそう言うなら、本当のことだと思います」
立花はダイキリを飲み干した。
「どんな決断をしても、ここで飲んだカクテルは覚えています。辞表の夜のマンハッタンも、今夜のダイキリも」
「覚えていてくれて、ありがとうございます」
「旅行から帰ったら来ます」
「お待ちしています」
「辞表、出しました」
立花が来た。明るい顔をしていた。
「そうですか。どうでしたか」
「あっさりしてました。上司が、なんとなく分かっていたみたいで」
「良かった」
「次の仕事はまだ決まっていないですが、少し休んでみようと思っています」
「どんなことをする予定ですか」
「旅行に行きたいです。七年、ほとんど休みがなかったので。一人で、どこか遠くに」
渓望を見た。
——解放。
「遠くとは、どのくらい遠いですか」
「海外でもいいかと思っています。一人で海外は初めてで」
「どこへ行きたいですか」
「決めていないです。どこへ行けばいいか、分からなくて」
ルーカスは今夜、立花に何を作ろうかと考えた。
ダイキリを作ることにした。ラムとライムとシュガー。シンプルで、夏の海を思わせる。
「これはキューバのカクテルです」
「キューバ」
「海が美しい場所です。人が明るくて、音楽が街中にある」
「行ってみたい感じがします」
「どこへ行っても、そこに行ってよかったと思えるのは、自分の心の状態による部分が大きいですよ」
「どういうことですか」
「疲れていると、どこへ行っても疲れる。少し休んでから行くと、どこへ行っても発見がある」
「まず休んでから行け、ということですか」
「そういうことです」
立花はダイキリを飲んだ。
「……これ、おいしい。夏の味がする」
「三月ですが」
「夏が来る前に夏の味を飲んでいる感じ、好きです」
「先取りですね」
「先取りか。そういうの好きです」
しばらく話しながら、立花が言った。
「ルーカスさん、この店ずっとやり続けるんですか」
「……今は分かりません」
「え?」
「少し、先が決まっていない状況で」
「辞めるんですか」
「辞めるかどうか、と言うより——いなくなる可能性があって」
「いなくなる?」
「帰れる可能性が出てきた故郷があって」
立花はグラスを持ったまま、黙った。
「……それは、良かったことですか」
「複雑です」
「帰りたいですか」
「帰りたい気持ちと、ここにいたい気持ちが、両方あります」
「それって、ここが好きってことじゃないですか」
「どういう意味ですか」
「帰りたい場所がある人が、もう一つ帰りたい場所を作ってしまった、ということだと思って」
ルーカスは少し止まった。
もう一つの帰りたい場所。
「……そう言ってくれる人が、何人かいます」
「みんながそう言うなら、本当のことだと思います」
立花はダイキリを飲み干した。
「どんな決断をしても、ここで飲んだカクテルは覚えています。辞表の夜のマンハッタンも、今夜のダイキリも」
「覚えていてくれて、ありがとうございます」
「旅行から帰ったら来ます」
「お待ちしています」
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