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第4巻
第4話 エルロ兄との対話
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七月の中頃。
夜、店を閉めた後に、エルロが来た。
「営業時間外だが」
「兄なので、特別です」
「そうか」
エルロはカウンターに座った。弟の前でも背筋は真っ直ぐで、でも少し肩の力が抜けていた。
「ウィスキーに近いものはあるか」
「ありますよ」
この世界の麦から作った蒸留酒を出した。スモーキーで、深みがある。東京で飲んでいたシングルモルトとは違う。でも、系譜は似ている。
「向こうの世界で飲んでいたやつか」
「似ています。向こうのほうが種類が多かったですが」
エルロはグラスを持って、一口飲んだ。
「……悪くない」
「でしょう」
しばらく二人で黙って飲んだ。
「店は、どうだ」とエルロが聞いた。
「少しずつ客が来るようになりました」
「聞いている。ユーリが随分気に入っているようで」
「真面目で、良い騎士です」
「あいつは、親に捨てられて育った。寂しさを人に言えない癖がある」
「……そうですか」
「お前が話を聞いてやっているのは、あいつにとって必要なことだ。礼を言う」
「礼は要りません。来てくれているだけで十分です」
エルロは二口目を飲んだ。
「一つ、話しておきたいことがある」
「なんですか」
「お前が消えた夜のことだ」
ルーカスは少し手が止まった。
「……話してください」
「あの夜、俺とカインの争いの余波で魔法陣が暴走した。お前が巻き込まれた。俺は——止められたはずだった」
「兄は悪くない」
「悪い。俺が最初に争いを始めた。お前が消えたのは、俺のせいだ」
「……」
「三年間、毎日考えていた。お前が生きているのか。どこへ行ったのか。帰ってこられるのか」
エルロの声は変わらなかった。静かで、厳格な長兄の声のままだった。でも、その静けさの奥に、三年分の重さがあった。
「私は生きていました。悪くない時間でした」
「そう聞いた。でも——お前に謝りたい。三年、言えなかったから今夜言う」
「兄」
「すまなかった」
「……顔を上げてください」
「上げている。謝るのに頭を下げるとは思っていない。ただ、言いたかった」
ルーカスはグラスを磨く手を止めた。
「謝罪は受け取ります。でも——あちらの世界で過ごした三年は、私にとって必要な時間でした。もしあの夜起きなければ、私は渇望の力を使い道なく持て余したまま、ここにいたかもしれない」
「それは……」
「結果論です。でも、事実として、あちらの世界で私は自分の力の使い方を見つけた。それは、価値のある三年でした」
エルロはグラスを見た。
「お前は強くなったな」
「そうですか」
「前は、もっと自分を責めていた。俺に謝られたら、とっくに泣いていた」
「泣きそうになっていないわけではないですが」とルーカスは言った。
エルロが、珍しく笑った。
「そうか」
「泣くのは閉店後にします」
「一人でしっかり泣けよ」
「はい」
二人で蒸留酒を飲み続けた。
夜明け近くまで、話した。
父の最期のこと。カインとの和解のこと。王国のこれからのこと。
それから、東京のことも少し話した。
「そこで出会った人たちを、今でも覚えているか」とエルロが聞いた。
「全員、覚えています」
「それだけ大切だったんだな」
「そうです」
「ならば——その人たちに、いつか礼が言えるといいな」
「……そうですね」
東京への道は、まだない。
でも、思い続けることは、できる。
夜、店を閉めた後に、エルロが来た。
「営業時間外だが」
「兄なので、特別です」
「そうか」
エルロはカウンターに座った。弟の前でも背筋は真っ直ぐで、でも少し肩の力が抜けていた。
「ウィスキーに近いものはあるか」
「ありますよ」
この世界の麦から作った蒸留酒を出した。スモーキーで、深みがある。東京で飲んでいたシングルモルトとは違う。でも、系譜は似ている。
「向こうの世界で飲んでいたやつか」
「似ています。向こうのほうが種類が多かったですが」
エルロはグラスを持って、一口飲んだ。
「……悪くない」
「でしょう」
しばらく二人で黙って飲んだ。
「店は、どうだ」とエルロが聞いた。
「少しずつ客が来るようになりました」
「聞いている。ユーリが随分気に入っているようで」
「真面目で、良い騎士です」
「あいつは、親に捨てられて育った。寂しさを人に言えない癖がある」
「……そうですか」
「お前が話を聞いてやっているのは、あいつにとって必要なことだ。礼を言う」
「礼は要りません。来てくれているだけで十分です」
エルロは二口目を飲んだ。
「一つ、話しておきたいことがある」
「なんですか」
「お前が消えた夜のことだ」
ルーカスは少し手が止まった。
「……話してください」
「あの夜、俺とカインの争いの余波で魔法陣が暴走した。お前が巻き込まれた。俺は——止められたはずだった」
「兄は悪くない」
「悪い。俺が最初に争いを始めた。お前が消えたのは、俺のせいだ」
「……」
「三年間、毎日考えていた。お前が生きているのか。どこへ行ったのか。帰ってこられるのか」
エルロの声は変わらなかった。静かで、厳格な長兄の声のままだった。でも、その静けさの奥に、三年分の重さがあった。
「私は生きていました。悪くない時間でした」
「そう聞いた。でも——お前に謝りたい。三年、言えなかったから今夜言う」
「兄」
「すまなかった」
「……顔を上げてください」
「上げている。謝るのに頭を下げるとは思っていない。ただ、言いたかった」
ルーカスはグラスを磨く手を止めた。
「謝罪は受け取ります。でも——あちらの世界で過ごした三年は、私にとって必要な時間でした。もしあの夜起きなければ、私は渇望の力を使い道なく持て余したまま、ここにいたかもしれない」
「それは……」
「結果論です。でも、事実として、あちらの世界で私は自分の力の使い方を見つけた。それは、価値のある三年でした」
エルロはグラスを見た。
「お前は強くなったな」
「そうですか」
「前は、もっと自分を責めていた。俺に謝られたら、とっくに泣いていた」
「泣きそうになっていないわけではないですが」とルーカスは言った。
エルロが、珍しく笑った。
「そうか」
「泣くのは閉店後にします」
「一人でしっかり泣けよ」
「はい」
二人で蒸留酒を飲み続けた。
夜明け近くまで、話した。
父の最期のこと。カインとの和解のこと。王国のこれからのこと。
それから、東京のことも少し話した。
「そこで出会った人たちを、今でも覚えているか」とエルロが聞いた。
「全員、覚えています」
「それだけ大切だったんだな」
「そうです」
「ならば——その人たちに、いつか礼が言えるといいな」
「……そうですね」
東京への道は、まだない。
でも、思い続けることは、できる。
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