『異界酒場 ルーナ』

みぎみみ

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第4巻

第29話 出発の前夜

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夏。

七月の夜明け前。

明日、最初の転移実験——ルーカスが東京へ向かう日。

一方向の転移として、試験的に実施される。成功すれば、数日後に戻りの転移を試す予定だった。

ルーカスは最後の営業を終えて、一人でカウンターに座った。

この世界での二年目の夏。

バーを開けて、二年。

来た客を全員思い出した。

ユーリ。アメリア。ドラニ。エルロ兄。カイン兄。セレナ妃。農民夫婦。坊主頭の旅人。怪我の職人。迷子の商人の娘。涙をこらえた老騎士。歌い手の若者。

全員の渇望が、今でも見えている。

「今夜も、よかった」

声に出した。

この世界の言葉で。

蜂蜜酒を一杯作って、飲んだ。

明日、東京へ行く。

高橋夫妻に会う。礼奈に会う。梶原に会う。篠田先生に会う。晴樹に会う。

会いたい人が、たくさんいる。

「待っていてください」

东京に向かって言った。

届かないかもしれない。でも言いたかった。

月草が今夜も咲いていた。

夜香花も咲いていた。

この世界の夜は、静かで深かった。

グラスを飲み干した。

さあ、行こう。

帰るために、まず行こう。

どちらも、帰ることだ——篠田先生が言った言葉を思い出した。

故郷に帰ることも、ここに帰ることも。どちらも帰ることで、矛盾しない。

「行ってきます」

一人で言った。

誰にも聞こえない。でも、言った。

店の灯りを落とした。

扉に手をかけた。

十三段の階段を上がった。

王都の空に、星が満ちていた。

明日、東京の空を見る。

両方の星を見た人間は、自分だけかもしれない——そう思って、少しだけ笑った。

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