『異界酒場 ルーナ』

みぎみみ

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第5巻

第26話 篠田先生の本

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出発の日の午後。

篠田先生に電話した。

「今日、帰ります」

「分かっていた。来るか」

「会いに行きます」

篠田先生の家に行った。

たくさんの本棚。コーヒー。

「向こうへ帰るか」

「はい」

「また来るか」

「また来ます。今度は制限がないので」

「それは良かった」

篠田先生が一冊の本を手に取った。

「これを持っていけるか」

「向こうへ、ですか」

「転移で物を持っていけるかは分からないが——この本の内容を覚えておいてくれ」

「どんな本ですか」

「私が若い頃に書いた論文集だ。バーの本棚にも置いているが——向こうの誰かに、この内容を話してほしい」

「どんな内容ですか」

「時間と場所と人間の関係についての論文だ。同じ場所に人が集まり続けることで、その場所が変化していく。人の記憶が場所に染み込んでいく——そういう内容だ」

「香月さんが言っていたことと、同じですね」

「香月という方は賢い」

「向こうの人にも話します。研究者の友人がいますので」

「アメリアという方か」

「どこで聞きましたか」

「清子さんから」

「清子さんのネットワークは早い」

篠田先生が少し笑った。

「向こうの研究者に伝えてくれ。場所は人が使うほど深くなる。その深さが、次の人間を引き寄せる」

「深さが、次を引き寄せる」

「LUNAが両世界に続くのは——そういう理由かもしれない、と私は思っている」

ルーカスはその言葉を、心に刻んだ。

「……先生の言葉は、向こうにも届きます」

「届けてくれ。老人の言葉も、旅をすることがある」

「旅をします。必ず」
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