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第一章 聖女の仕事
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妹の厚意に甘え、この国では最新式だという浴室で化粧と汗を落とした。
壁面に設置された魔力装置に力を注ぐと、天井に取り付けられたシャワーヘッドのような部品から温水が降り注ぐ。
アルゼノール王国は、近隣諸国の中でも魔術に長けた国らしい。国防の要として魔術師を重用しているだけでなく、生活を便利にするための魔法道具が豊富にあるのだ。
さっぱりした理恩がリビングに戻ると、テーブルの上には豪華な夕食が並んでいた。
煮込んだ肉料理に、サラダに、スープ。ふっくらとしたパンが三種類あり、瑞々しい果物の盛り合わせまでついている。
普段、理恩のために用意される食事とは比べ物にならないほど贅沢な品揃えだった。聖女待遇となると、服装や宿舎の部屋の造りだけではなく、何から何までが特別扱いとなるらしい。
「相変わらず、恨めしくなるくらい豪勢な食事だな」
理恩が思わずそう口にすると、世奈は「美味しいけど、毎日だと胃もたれしちゃうよ」と苦笑した。
大きなテーブルを挟んで向かい合い、二人でいただきますと手を合わせる。
「うま……っ。この肉、すんごい柔らかいし、味付けも最高すぎる……!」
「そう? お兄が気に入ったなら、あたしの分も食べてもいいよ」
今日のお礼ね、とばかりに皿を差し出してくる世奈の態度に、理恩のほうが驚いた。
「いや、これ、食べないと絶対損だって」
「あたしはいつでも食べられるもん。それに、こんな脂肪分の多そうな食事を毎日してたら太っちゃうし」
「世奈はその分働いてるだろ」
理恩が言うと、世奈はパンをちぎる手を止め、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。
「どんなに贅沢なご馳走を用意してもらっても、この部屋で一人で食べるのってつまらないのよ」
「世奈……」
「だからさ。豪華なご飯をわけてあげるから、これからはもっとお兄を食事に呼んでもいい?」
彼女はすぐさま声の調子を上げると、理恩を見つめ、いつもの笑顔で上書きした。
聖女として認められた世奈がこの部屋に移動してから、季節が二つほど過ぎただろうか。
そういえば、最近は兄妹で顔を合わせて食事することも減っていたような気がする。
理恩は大きく頷いた。
「遠慮せずいつでも誘ってよ。こんな美味い食事にありつけるならいつでも歓迎だし」
「本当に? なら毎日でもいい?」
「それはベネッタ様に怒られそうだな」
二人でくすくすと笑い合う。
こうしてゆっくり話していると、いつのまにか胸の内に巣食っていた妹に対する遠慮が溶けていくようだった。
アルゼノール王国に保護された後、彼女は魔術の腕をめきめきと上げて、あっというまに聖女として認められた。
ただの兄妹であった自分たちの間に見えない隔たりができてしまったような、そんな寂しさを理恩が感じていたのは事実だ。
理恩も少しは治癒魔術が使えるが、それだけで。
ただそれだけの特技しか持たない自分が、この国で何不自由なく暮らせているのは、世奈のおかげであることも重々承知している。
だからこそ、まだ十五歳の世奈が、聖女としての重圧に苦しんでいるというのなら、兄として手を差し伸べてやりたいとも思うわけで。
「世奈。今日はしっかり休んだんだから、明日からは頑張れよ。オレが聖女の仕事をやるのは無理があるって」
理恩が言うと、世奈はオレンジのような果実を頬張ったまま、あちゃー、というような顔をした。
「やっぱりバレちゃった?」
スープを飲む手を止め、理恩は今日一日の周囲の様子を思い返す。
「バレッタ様にはすぐにバレたみたいだけど、他の人の反応はよくわからなかったな」
「え。まさかうまくいっちゃった感じ? あたしたち、似てるもんね」
「だからって、もう二度とやらないからな。見かけは似てても、オレたちの力量差は明らかなんだから」
理恩が釘を刺すも、世奈は気にする様子はまったくなかった。
「それってつまり、魔力を必要としない仕事ならお兄でも問題ないってことだよね?」
「……何でそうなるんだ。オレはもう嫌だって」
「ねえ、お兄。あたしまだ十五歳なんだよ? 中学生なの。なのに毎日毎日休みもなく働かされて……これって児童労働だよね? 可哀そうだって思わない?」
「日本じゃないんだから仕方ないだろ。何不自由ない生活が送れるだけマシだと思わないと」
「中学生に休みなく働かせて、とんだブラック王国じゃない。あたしはいつ休めばいいの? このストレスをどこにぶつけたらいいの? あたしが中学生らしく年相応に過ごす時間は一体いつもらえるの?」
妹の勢いに押され、理恩は閉口した。
理恩とてまだ十六歳だ。だけど下級神官である理恩は週に一日は休みがあるし、兄としては情もある。
嫌な予感がひしひしとしたが、泣き言を言うな、とあしらうことはできなかった。
「……オレにどうしろっていうんだよ」
絞り出した低い声で問い返すと、世奈は待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべた。
「お兄は明日も休みだって言ってたよね? もう一度だけ、あたしの代わりに聖女を演じてくれない?」
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