半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋(深嶋つづみ)

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第三章 「高校二年生」

第12話 それからのこと①

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 ひと騒動を経て入手したあの菓子たちは、翌日無事に光一の家まで届けることができた。

 佑月が玄関先で光一の母親に託した焦げ茶色の紙袋は、その後きちんと袋ごと友人の手に渡ったようで、二日後にお礼のメッセージがSNSアプリに届いた。

 メッセージの通知を目にした時は飛び上がるほど嬉しかった。
 まさか光一からの返信にこんなに一喜一憂させられる日がくるとは思わなかった。
 
 そこから始まった彼とのやり取りの中で、あの菓子はネットで買ったのかと訊かれたので、実際に店まで行ってきたと佑月は正直に返信した。

 怒られるだろうと予想はしていたけれども、それから数分のうちに光一から着信がきたときには目を疑った。

 恐る恐るスマホを耳にあてると、手の中の機器からすぐに光一の怒声が飛んできた。

『――バカ佑月! お前まさか本当に店に行ったの!?』

 ありがとうとか、久しぶりとかじゃなくて、開口一番に力いっぱい罵倒された。
 耳の奥がきーんとしたが、光一が元気そうなことに佑月はひとまず安堵した。

「えへへ、行ってきちゃった。……あのね、こーちゃん。僕、ずっとみんなに言えてなかった秘密があってね――」

 それから佑月は光一に長い長い話をした。

 この街で出会った友人の前で過去を紐解くのは初めてのことで、かなり緊張したけれど、光一は電波の向こう側で、佑月の話に耳を傾け続けてくれた。

 中学一年のバース検査の結果が出る前に、発情事故を起こしてしまったこと。
 そのせいで、相手のアルファ性の生徒とほとんど番のような関係になってしまったこと。

 発情事故を起こしてしまったから、そこから逃げるように引っ越してきたこと。

 月に一回、学校を半日休んで大学病院に通っているのは、番解消のための治療を続けているためであること。
 これまで何回恋人ができても、いつもうまくいかなかったのは、番相手以外を受け入れることのできない佑月の体質が関係していることも。

 …………今までは細心の注意を払って隠してきたそれらのことを、佑月はすべて打ち明けた。

 話を聞き終えた光一は、しばらく言葉を失くしていた。

 沈黙があまりに長いので……やはり引かれただろうか、と佑月が不安になってきたころ、狼狽したような声がスマホから漏れ聞こえた。

『ごめ、……ちょっと衝撃的過ぎて、なんて言ったら良いのかわかんないんだけど。…………佑月が良ければ、直接会って話さないか?』

 光一の提案を受け入れない理由なんてなかった。泣いてしまいたいような気持ちで、佑月は何度もうなずいた。

「うん、……うんっ。僕もこーちゃんと会って話をしたいよ」

 


 翌日、約束の時間に光一の家に向かうと、佑月を出迎えてくれたのは光一本人だった。

 光一は少し頬がこけていて、ここ一か月、彼が悩み苦しんできた時間がにじんでいた。

 友人の顔を見た瞬間に色んなものが胸にこみ上げてきて、いつも通りの自分をつくるのに苦労した。
 そんな佑月を見て、光一のほうもぎこちない、照れたような表情で微笑した。

「……久しぶり佑月。とりあえず、さ。上がってよ。この前もらった菓子もまだ残ってるから」

 戸建ての一軒家に招き入れられ、二階にある光一の部屋へと案内される。

 そこはブルーカラーで統一された、きちんと整理整頓のされた落ち着いた雰囲気のある部屋だった。
 部屋の中心にあるローテーブルの上には、数日前に佑月が彼の母親に手渡したチョコレート菓子が整然と並べられている。

 テーブルの近くに置かれていたグレーのクッションを一つ手に取り、佑月はその場所に腰を下ろした。

 鞄を降ろし、クッションを脇にずらして、今しがた光一の母親がわざわざ部屋まで持ってきてくれたホットココアに「いただきます」と手を伸ばす。
 白いマグカップを両手で包みながら、ゆっくり一口。甘い。あたたかくて、ほっとした。

「……何か変だな、とは感じてたんだ。佑月ってモテるのにさ、誰とも長続きしないし、フラれてばっかだし」

 光一がつぶやくように言った。

「すげー馬鹿だけど、性格がひん曲がってるわけでもないのに、何でなんだろうって実はずっと不思議だった」
「あのさ。すげー馬鹿って部分、今は余計じゃない?」
「いや大事だろ」
「ふふっ、事実だしいいけど。――あ、うなじ見てみる? もう四年も前に噛まれたのに、噛み痕がまだ残ってるんだよ。オメガの身体ってホント意味わかんないよね」

 佑月がチョーカーに手をかけると、光一は少しだけ戸惑うような素振りをみせたものの、すぐに意を決したように「佑月がいいなら、見てみたい」と表情を引き締めた。

 佑月のそばに寄ってきて膝をつき、首のうしろをそっと覗き込む。

「……本当だ。痛くない?」
「触っても全然痛くないよ。噛まれた当時は何日か痛かったけど、それだけ」

 うなじの痛みは本当にそれだけだった。
 けれどあれ以来、佑月の身体の内側は激変してしまったのだ。

「噛んだ相手は同級生だったっけ?」
「隣のクラスだったアルファ性の男子だよ。実はこの前、偶然会ったんだよね」
「……はあぁっ!?」
「そのチョコレートのお店に行ったらね、たまたま会ったんだ。今は東雲高校に通ってるみたいなんだよね。で、お店で東雲のアルファの奴等に絡まれそうになってた僕を助けてくれたんだ。……あいつ、悪い奴じゃないんだよ、悔しいけど」

 うなじを晒したまま、佑月は両膝を抱きしめる。

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