半分だけ特別なあいつと僕の、遠まわりな十年間。

深嶋(深嶋つづみ)

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第三章 「高校二年生」

第13話 それからのこと②

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「なに、佑月は悔しいんだ?」
「うん、素直に恨ませてくれないから、悔しい。あいつがもっと性格の悪い奴だったら、僕も思う存分恨めたのにって。それに本当はさ、もう会っちゃいけないんだよね。そういう約束があって……もう会わないってことを条件に、治療費と、慰謝料っていうの? そういうのを受け取ってて。僕はそのお金で今の学園にも通えてるんだ」

 そのあたりの話し合いは母親の小苗がやってくれたので、詳しいことは今も佑月はわからない。

 だけど少なくない額を受け取ったのだろうことは容易に推測できた。
 この地に引っ越してきてから、母子ふたりの暮らしは明らかに楽になった。
 小苗は相変わらず深夜まで働いているけれど、家は広くなったし、家具も増えて、小遣いだってもらえるようになったのだ。

 当初は小苗の給料が上がったのだろうと単純に考えていた。
 しかしたったそれだけの理由で突然生活環境が改善されるなんて不自然だと、だんだんとわかってしまった。

 ――それに、佑月たちが通う清華学園は私立なのだ。
 オメガのためのクラスがあるからと、勧めてくれたのも小苗だった。お金がかかるからと躊躇する佑月に、「そんなものは気にしなくていい」といつになく気前よく言い放った母親の姿を思い出す。

 大きく開けた佑月のうなじまわりの襟を、光一が丁寧な手つきでそっと直してくれる。
 
「……なんで、突然話してくれたんだよ」

 光一が鼻声で訊ねてくる。

「どうしてって……それはさ、もう黙ってることに疲れちゃったから。隠すことにも、失恋にも疲れちゃって。今度、りくちゃんにもちゃんと話そうと思ってるんだ。りくちゃんは傷だらけの僕を癒してくれた恩人だしね。これからは……うなじの傷ごと、僕を愛してくれる恋人を探そうかなって思ってるとこ」

 光一が何度も鼻をすするせいで、佑月の視界も涙の膜でちょっと揺らいできた。

「オレはさ……オレは友達として、佑月を愛してるよ」

 光一の腕が佑月の身体にそっとまわされる。
 かつて、りくも佑月にそうしてくれたことを思い出す。

 満ち足りた恋はできなくても、すべてを愛してくれる恋人にはまだ巡り合えなくても、自分は友人には恵まれている。
 それでいいじゃないか。――それだって十分すぎる青春じゃないか。

 光一の腕に手のひらを重ね、佑月もそっと彼を抱き返した。

 あの発情事故のせいでこの地に来ることになって、でもだからこそ得られたものが、確かにあって。
 今この手にあるものを噛みしめ、佑月はくしゃりと泣き笑いを浮かべた。

「ありがとうこーちゃん。僕も友達として、こーちゃんのこと大好きだよ。いつでも、どこでも、会えなくても、愛してる」
 

 二人でひとしきり泣いてから、夏原が買ってきてくれたあの店のチョコレート菓子を一緒に食べた。

 あの日に店で起きた出来事を話して聞かせたり、夏原のことを話したり、一カ月前に光一の身に起きたことの真相に耳を傾けたりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。

 やはり噂通り、一か月前のあの日、光一は想定外の発情状態に陥り、アルファ性の男に襲われかけたそうだ。
 だけど幸い、駆けつけてきた駅員たちにすぐに助けられたんだとか。

「未遂だし、うなじはもちろん噛まれちゃいないんだけど……トラウマになっちまって。電車はおろか、家から出るのも正直怖くてさ。ぐずぐずしてるうちにどんどん登校しにくくなってくるし、学園内でも拡大解釈された噂が出回ってるって知って、ますます行きにくくなってさ」

 やり場のない気持ちを吐き出すように、光一は大きく息をついて苦笑した。

「オメガに生まれなけりゃ、こんな苦労もないのにな」
「……オメガってしんどいよ。思ってたのの数十倍しんどい」
「ほんとにな」

 そんなやりとりを何回繰り返したかわからない。
 並んで座って、何度も涙を拭いながら、口の中で甘くとろけるチョコレート菓子を二人で存分に味わった。
 
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