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一
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遠い遠い昔のこと、満月が煌々と光輝く夜だった。地図にも載らぬような小さな村に、一人の赤子が誕生した。母親はその子に〝コカロ〟と名付け、大切に大切に育てた。
コカロが十五になった年のある日、村の長老が言った。
「強くなりたくば、旅をしてまたここに戻ってこい」
コカロは母親との別れを惜しみ、母親を始め村の皆がコカロとの別れを惜しんだ。それでもコカロは旅に出た。村を守れるくらい強くなるために。
▲▽
旅に出て数日後、[プルミエ]という村の宿屋に泊まった時のことだった。薄暗い空間に一人、ただ立っているだけの夢だ。すると、空間の一点に光が差した。光の中には瓜二つの人影がこちらの様子を伺いながら誘うように立っている。コカロは近づこうとしたが、一歩踏み出したところで光は消え、目が覚めてしまった。
「何だったんだろ…」
体を起こし頭を抱える。
「コカロ様、お目覚めになられていますか」
コンコンとノックの音がして、扉の向こうから女の声が聞こえてきた。
「はい、起きてます」
ベッドから降りて扉を開ける。質素なワンピースを着た少女が背筋を伸ばして立っていた。
「朝食のお時間です。一階の食堂へおいでください」
ぺこり、と軽く頭を下げて少女が廊下の向こうに消えていく。部屋に戻り、自分の服に着替える。食堂へ向かう廊下で、小さな少女とすれ違う。一瞬目が合った気がしたが、少女はふいと顔を背けて行ってしまった。
コカロが着くと食堂には宿泊客のほとんどが揃っていた。案内されたテーブルには四人の男女が座っていた。
「やぁ、待ってたよ」
人当たりが良さそうな若い男が片手を軽くあげて言った。
「貴方は早く朝食を食べたかっただけでしょう」
男の隣に座っていた少女が冷たく言い放つ。口調からして、男の同行者だろうか。
「あの、貴方はコカロさんですか」
コカロの向かいの少年がおずおずと口を開く。
「はい、そうですが」
きょとんとした顔で応える。
「やっぱり!《満月の術師》さんですよね、格好いいなぁ…」
少年が手を胸の前で組み、目を輝かせる。コカロは村を出て王都の職業申請所へ行った。様々な職業の中、コカロは術師を選んだ。幼い頃から魔力の扱いは飛び抜けて良かったからだ。
「《満月の術師》なんてとんでもない。まだまだ未熟者ですよ」
眠そうに目を擦る青年を横目に、四人で談笑をする。
「お待たせいたしました、朝食でございます」
初老の男が朝食をトレーに乗せて運んできた。まだ湯気を立てるロールパンに、ふわふわのオムレツ。薄く切った玉ねぎのコンソメスープは質素ながら美味しそうな匂いがする。
「美味しそうですね」
コカロが呟くと、にこっと微笑んで違うテーブルに朝食を運びに行った。
人が散り、静かになった食堂にコカロと眠そうな青年だけが残される。特に何か話すわけでもなくコカロは持ってきた小説を読み、青年は机に伏せて寝ていた。部屋に戻ろうと本を閉じると、青年がこちらをじっと見ていることに気がついた。
「どうかしましたか?」
別に何とも思わなかったが、用があるならと青年に声をかけた。
「別に…《満月の術師》ねぇ、普通の少年にしか見えないけど」
再び青年は机に伏せる。しばらくして寝息らしきものが聞こえてきたため、コカロは席を立つ。食堂から出るときに、青年が腕の隙間からこちらを覗いていることなど気づきもしなかっただろう。
荷物をまとめて宿屋の受け付けに行く。そこには先程の若い男と少女が宿代を払っていた。
「あ、えっと…《満月の術師》くん!」
「コカロ・クスィラです。気軽にコカロと呼んでください」
どや顔でハッキリと通り名を言われ、やや呆れ気味に本名を名乗り訂正する。
「すみませんコカロさん、うちの連れが…」
連れの少女がぺこっと頭を下げる。
「良いんですよ、気にしないでください」
コカロも宿代を払い[プルミエ]の宿屋を後にする。宿屋の前で若い男が立ち止まり、振り返った。
「コカロに旅に幸あらんことを。また会えると良いね」
二人は手を振りながら町の中へ消えていった。
コカロが十五になった年のある日、村の長老が言った。
「強くなりたくば、旅をしてまたここに戻ってこい」
コカロは母親との別れを惜しみ、母親を始め村の皆がコカロとの別れを惜しんだ。それでもコカロは旅に出た。村を守れるくらい強くなるために。
▲▽
旅に出て数日後、[プルミエ]という村の宿屋に泊まった時のことだった。薄暗い空間に一人、ただ立っているだけの夢だ。すると、空間の一点に光が差した。光の中には瓜二つの人影がこちらの様子を伺いながら誘うように立っている。コカロは近づこうとしたが、一歩踏み出したところで光は消え、目が覚めてしまった。
「何だったんだろ…」
体を起こし頭を抱える。
「コカロ様、お目覚めになられていますか」
コンコンとノックの音がして、扉の向こうから女の声が聞こえてきた。
「はい、起きてます」
ベッドから降りて扉を開ける。質素なワンピースを着た少女が背筋を伸ばして立っていた。
「朝食のお時間です。一階の食堂へおいでください」
ぺこり、と軽く頭を下げて少女が廊下の向こうに消えていく。部屋に戻り、自分の服に着替える。食堂へ向かう廊下で、小さな少女とすれ違う。一瞬目が合った気がしたが、少女はふいと顔を背けて行ってしまった。
コカロが着くと食堂には宿泊客のほとんどが揃っていた。案内されたテーブルには四人の男女が座っていた。
「やぁ、待ってたよ」
人当たりが良さそうな若い男が片手を軽くあげて言った。
「貴方は早く朝食を食べたかっただけでしょう」
男の隣に座っていた少女が冷たく言い放つ。口調からして、男の同行者だろうか。
「あの、貴方はコカロさんですか」
コカロの向かいの少年がおずおずと口を開く。
「はい、そうですが」
きょとんとした顔で応える。
「やっぱり!《満月の術師》さんですよね、格好いいなぁ…」
少年が手を胸の前で組み、目を輝かせる。コカロは村を出て王都の職業申請所へ行った。様々な職業の中、コカロは術師を選んだ。幼い頃から魔力の扱いは飛び抜けて良かったからだ。
「《満月の術師》なんてとんでもない。まだまだ未熟者ですよ」
眠そうに目を擦る青年を横目に、四人で談笑をする。
「お待たせいたしました、朝食でございます」
初老の男が朝食をトレーに乗せて運んできた。まだ湯気を立てるロールパンに、ふわふわのオムレツ。薄く切った玉ねぎのコンソメスープは質素ながら美味しそうな匂いがする。
「美味しそうですね」
コカロが呟くと、にこっと微笑んで違うテーブルに朝食を運びに行った。
人が散り、静かになった食堂にコカロと眠そうな青年だけが残される。特に何か話すわけでもなくコカロは持ってきた小説を読み、青年は机に伏せて寝ていた。部屋に戻ろうと本を閉じると、青年がこちらをじっと見ていることに気がついた。
「どうかしましたか?」
別に何とも思わなかったが、用があるならと青年に声をかけた。
「別に…《満月の術師》ねぇ、普通の少年にしか見えないけど」
再び青年は机に伏せる。しばらくして寝息らしきものが聞こえてきたため、コカロは席を立つ。食堂から出るときに、青年が腕の隙間からこちらを覗いていることなど気づきもしなかっただろう。
荷物をまとめて宿屋の受け付けに行く。そこには先程の若い男と少女が宿代を払っていた。
「あ、えっと…《満月の術師》くん!」
「コカロ・クスィラです。気軽にコカロと呼んでください」
どや顔でハッキリと通り名を言われ、やや呆れ気味に本名を名乗り訂正する。
「すみませんコカロさん、うちの連れが…」
連れの少女がぺこっと頭を下げる。
「良いんですよ、気にしないでください」
コカロも宿代を払い[プルミエ]の宿屋を後にする。宿屋の前で若い男が立ち止まり、振り返った。
「コカロに旅に幸あらんことを。また会えると良いね」
二人は手を振りながら町の中へ消えていった。
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