旅手記

雲母 矢舞

文字の大きさ
1 / 4

しおりを挟む
 遠い遠い昔のこと、満月が煌々と光輝く夜だった。地図にも載らぬような小さな村に、一人の赤子が誕生した。母親はその子に〝コカロ〟と名付け、大切に大切に育てた。
 コカロが十五になった年のある日、村の長老が言った。
「強くなりたくば、旅をしてまたここに戻ってこい」
 コカロは母親との別れを惜しみ、母親を始め村の皆がコカロとの別れを惜しんだ。それでもコカロは旅に出た。村を守れるくらい強くなるために。
 
      ▲▽
 
 旅に出て数日後、[プルミエ]という村の宿屋に泊まった時のことだった。薄暗い空間に一人、ただ立っているだけの夢だ。すると、空間の一点に光が差した。光の中には瓜二つの人影がこちらの様子を伺いながら誘うように立っている。コカロは近づこうとしたが、一歩踏み出したところで光は消え、目が覚めてしまった。
「何だったんだろ…」
体を起こし頭を抱える。
「コカロ様、お目覚めになられていますか」
コンコンとノックの音がして、扉の向こうから女の声が聞こえてきた。
「はい、起きてます」
ベッドから降りて扉を開ける。質素なワンピースを着た少女が背筋を伸ばして立っていた。
「朝食のお時間です。一階の食堂へおいでください」
ぺこり、と軽く頭を下げて少女が廊下の向こうに消えていく。部屋に戻り、自分の服に着替える。食堂へ向かう廊下で、小さな少女とすれ違う。一瞬目が合った気がしたが、少女はふいと顔を背けて行ってしまった。
 コカロが着くと食堂には宿泊客のほとんどが揃っていた。案内されたテーブルには四人の男女が座っていた。
「やぁ、待ってたよ」
人当たりが良さそうな若い男が片手を軽くあげて言った。
「貴方は早く朝食を食べたかっただけでしょう」
男の隣に座っていた少女が冷たく言い放つ。口調からして、男の同行者だろうか。
「あの、貴方はコカロさんですか」
コカロの向かいの少年がおずおずと口を開く。
「はい、そうですが」
きょとんとした顔で応える。
「やっぱり!《満月の術師》さんですよね、格好いいなぁ…」
少年が手を胸の前で組み、目を輝かせる。コカロは村を出て王都の職業申請所へ行った。様々な職業の中、コカロは術師を選んだ。幼い頃から魔力の扱いは飛び抜けて良かったからだ。
「《満月の術師》なんてとんでもない。まだまだ未熟者ですよ」
眠そうに目を擦る青年を横目に、四人で談笑をする。
「お待たせいたしました、朝食でございます」
初老の男が朝食をトレーに乗せて運んできた。まだ湯気を立てるロールパンに、ふわふわのオムレツ。薄く切った玉ねぎのコンソメスープは質素ながら美味しそうな匂いがする。
「美味しそうですね」
コカロが呟くと、にこっと微笑んで違うテーブルに朝食を運びに行った。
 人が散り、静かになった食堂にコカロと眠そうな青年だけが残される。特に何か話すわけでもなくコカロは持ってきた小説を読み、青年は机に伏せて寝ていた。部屋に戻ろうと本を閉じると、青年がこちらをじっと見ていることに気がついた。
「どうかしましたか?」
別に何とも思わなかったが、用があるならと青年に声をかけた。
「別に…《満月の術師》ねぇ、普通の少年にしか見えないけど」
再び青年は机に伏せる。しばらくして寝息らしきものが聞こえてきたため、コカロは席を立つ。食堂から出るときに、青年が腕の隙間からこちらを覗いていることなど気づきもしなかっただろう。
 荷物をまとめて宿屋の受け付けに行く。そこには先程の若い男と少女が宿代を払っていた。
「あ、えっと…《満月の術師》くん!」
「コカロ・クスィラです。気軽にコカロと呼んでください」
どや顔でハッキリと通り名を言われ、やや呆れ気味に本名を名乗り訂正する。
「すみませんコカロさん、うちの連れバカが…」
連れの少女がぺこっと頭を下げる。
「良いんですよ、気にしないでください」
コカロも宿代を払い[プルミエ]の宿屋を後にする。宿屋の前で若い男が立ち止まり、振り返った。
「コカロに旅に幸あらんことを。また会えると良いね」
二人は手を振りながら町の中へ消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

本当に、貴女は彼と王妃の座が欲しいのですか?

もにゃむ
ファンタジー
侯爵令嬢のオリビアは、生まれた瞬間から第一王子である王太子の婚約者だった。 政略ではあったが、二人の間には信頼と親愛があり、お互いを大切にしている、とオリビアは信じていた。 王子妃教育を終えたオリビアは、王城に移り住んで王妃教育を受け始めた。 王妃教育で用意された大量の教材の中のある一冊の教本を読んだオリビアは、婚約者である第一王子との関係に疑問を抱き始める。 オリビアの心が揺れ始めたとき、異世界から聖女が召喚された。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

義母と義妹に虐げられていましたが、陰からじっくり復讐させていただきます〜おしとやか令嬢の裏の顔〜

有賀冬馬
ファンタジー
貴族の令嬢リディアは、父の再婚によりやってきた継母と義妹から、日々いじめと侮蔑を受けていた。 「あら、またそのみすぼらしいドレス? まるで使用人ね」 本当の母は早くに亡くなり、父も病死。残されたのは、冷たい屋敷と陰湿な支配。 けれど、リディアは泣き寝入りする女じゃなかった――。 おしとやかで無力な令嬢を演じながら、彼女はじわじわと仕返しを始める。 貴族社会の裏の裏。人の噂。人間関係。 「ふふ、気づいた時には遅いのよ」 優しげな仮面の下に、冷たい微笑みを宿すリディアの復讐劇が今、始まる。 ざまぁ×恋愛×ファンタジーの三拍子で贈る、スカッと復讐劇! 勧善懲悪が好きな方、読後感すっきりしたい方にオススメです!

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

処理中です...