ブレイクソード

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五十四話  特訓開始

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「疲れたな」ドラゴンハートを食べながら餓狼を解除しようとする。ドラゴンハートは身体能力の永久的な向上と、寿命が延びるとされている。また、強い個体になればなるほど効能は増す。今回の心臓は相当良い筈だ。

「なかなかうまいじゃないか」味は鶏肉をもっと濃厚にしたような感じに近いくて、触感は,,,何とも言えないな。ゼリーの様に弾力はあるが、とろけていくから例えにくい。

ドラゴンハートを食べ終わった後に、俺は重大なことに気が付いた。餓狼が解除されていない。それどころかどんどん力が湧いて出てきている。これは餓狼特有の力の増し方だ。

「ぐ、あ,,,」耐え難い苦痛に俺は口から呻き声を漏らす。まともな思考が出来ない。上書きされていく感覚が、俺をオレジャナクさせる。

このままじゃ,,,そう感じとったときには遅かった。俺の「理性」は完全に喰われ、闘争と強さを求める人狼となってしまった。

こうなってからどのくらいが経った?今は時折蘇る理性を頼りに森の最奥へと向っている。被害をダサナイタメニモ。今の自分を人間が見たらドウだ?ダダでさえモンスターが逃げているというのニ。そういえば腹がヘッタナ。

「腕が,,,ナイ?」どうやらあまりの飢えに自身の腕を食べていたようだ。俺には関係ないが。しかし痛いな。腕が無くなってしまったのは少し不便カモナ。それよりも奥を目指さないと。

黒い体毛に包まれた「それ」は休むことをせず、森の中を徘徊していた。動いているものは殺し、止まっている存在は容赦なく踏みつけていった。それが理性を取り戻すのは一時的なことだった。

水を飲んでいるとき、死体を喰らっているとき、時間や場所は関係なかった。ただ憑りつかれたものを祓うように抗っていた。しかしその行為は無駄なものでしかなかった。

四肢が欠損しても能力により回復し、喰らえば喰らうほど力が強くなっていった。脳がそれを快感として認識していた。それを解消したのは運がいいのか悪いのか、かつての仲間だったブランだった。

彼女はアクセルを見ると、瞬時に魔法を展開し攻撃を始めた。オリジナル魔法独自の威力で、どの魔法にも分類することができないものだった。燃え盛る炎が包んだかと思えば万雷が体を貫く。氷で固められたと思ったら一瞬にして圧縮され爆発した。

彼女の魔法は純血魔法や極魔法にも引けを取らないほどのものになっていた。むしろ彼女の魔法のほうが強いのかもしれない。俺は何もできないまま魔法を受け続けた。原形が分からなくなるまで。

そのあとは「きみが悪いわね」と一瞥しその場を去った。そう冷静に振る舞う彼女を微かな意識で見たときに俺は安堵した。こんな状態の俺に同情でもされていたら死を選んでいただろう。

そんなことを考えながら俺は暗闇の中に落ち、体が回復するのを待っていた。隅では治らなければ,,,なんて考えたりもした。でも俺は約束を守らなきといけないから生き続けないと。

アクセルが回復をした時には餓狼の能力は完全に消えていた。いや、生命を維持するために力が空になっただけだった。また溜めっていけば今回の様になってしまう。それは使用者であるアクセルが一番理解していた。

「またこうなってしまったら俺は,,,俺は,,,」アクセルはいつ爆発するのかもわからない自身の力に怯えていた。今回はブランに殺されたからいいが、もしこのようなことが起こったときに殺してくれる人間がこの大陸に居るだろうか。

思いつくのはブランとブレイクの二人だけだ。それ以外の人間は俺にダメージを与える前に死ぬか、攻撃を与えられても回復するかのどっちかだ。そのくらい餓狼の状態は強い。そしてそんな状態を壊してくれるのが二人だ。

「しばらくの間はここで訓練をするか」気づけば名前も知らない高い山の山頂に居た。下にはどこまでも広がる森が見えていた。奥の方には王国のようなものが見えている。ここなら人が来る心配はなさそうだな。

「でも疲れたな。一回寝るか」俺は一本だけ生えていた木に体を預けた。この辺りには何もない。あるのはこの木と周りを軽く囲んでいる岩くらいだ。

明日はどうやってこの力を抑えて行こうか。少しづつ解放していくのが正解なのだろうか。それとも初めから全開で行くか。何も正解が分からないのが一番厄介だ。しかも失敗は出来ないから。

「明日の俺に任せるか」悩んでいても仕方がない。今日は体を休めるのが一番だろう。今日の星空は一段と輝いて見える。俺の空いたは真っ暗だっていうのに。

「こんなところに居たのか」気配に全く気付かなかった。何者なんだ。俺は声の聞こえた方向に素早く目をやった。

そこに立っていたのは、俺と同じくらいの体躯に黒のライトアーマーに、夜を紡いで作られたようなマフラーと、深淵を纏っているかのような色のフードを被っていた。顔はよく見えないが、黒髪がはみ出しているのが見える。

「お前は何者だ?」短剣を男に向けて警戒の態勢をとる。だが、本能が絶対に勝てないと警鐘を鳴らしている。そしてその警鐘を上書きするように宿命が俺のこと駆り立てている。

「俺は,,,今教えても面白くないな。お前がお前を制御できるようになったら教えてやるよ」男は俺の餓狼について何か知っているようだ。もしかして、ブレイク達が言っていた別の軸から現れた自分なのだろうか。

答えが釈然としない。イライラばかりが募っていく。こいつと戦いたい。敗走になると分かっていても。

「餓狼!!」俺はスキルを発動させて男に向かって突撃をする。あの時と同じで体毛は黒色に染まっていたが関係ない。この男に一泡吹かせてやりたい。そしてこいつの正体について迫りたい。

「そうやって使うものじゃない」~黒狼降臨~
男も同様にスキルを発動させた。しかし俺とは規模が違っていた。次元が違うとかそんなものじゃない。神と対峙している気分だ。

「しっかり耐えきれよ?」男はにやりと笑うと男と辺りは黒い霧で覆われた。どこから来るんだ?攻撃に備えるために辺りを警戒するが何も反応が無い。もしかして逃げたんじゃないかと思わせるくらいに。

「本来はこうするんだ。いや、こうやった方が強いと言った方が正しいな」男の声が辺りに響くと、黒い狼が無数に現れ、俺の肉や骨をかみ砕いていった。あまりの激痛に声を上げようとするが、霧のせいで声を上げることが出来ない。

「餓狼は肉体以外にも周囲に影響を及ぼせる。今みたいに空気に干渉させたりな」痛みにもがいている間に男は淡々と説明を始めた。

「攻撃以外にも応用できるぞ?」霧が晴れると黒い繭のようなものがそびえ立っていた。俺の体は傷一つ付いていなかった。幻覚でも見ていたのか?そんなことよりも目の前の繭をどうにか破壊しないと。

俺はがむしゃらに攻撃を始めた。しかし案の定傷の一つも付かなかった。金属を木の棒で叩いている感じだ。手ごたえなんて感じない。

「言っただろ?攻撃以外にも使えるって」また声が聞こえると繭は消え、男が後ろに立っていた。これはデコイだったのか。クソが、手のひらで踊らされている。

「お前は使い方がなっていない。だからそんなにダメージを負うんだよ」男に指摘されて体を見下ろす。

「あ?がああぁぁ!!!!!あぁぁ!!俺の体ぁぁ!!」目に飛び込んできたのは脳が処理を拒むようなものだった。内臓は腹部から零れ落ち、足は立っているのも奇跡なくらいボロボロになっていた。それ以外の部分は肉が完全に落ち、骨が露出していた。

「そのくらいで喚くな。餓狼を使え」呆れたような口調で男が喋る。それが出来たら苦労しないんだよ。俺はただ痛みに耐えることしかできない。

「情けないな。今回は俺が回復してやる」先程の黒い霧が俺のことを包み込む。確実に死んだ。と思っていたが本当に回復をしてくれているようだ。痛みは段々落ち着いて行き、体も動かせるようになってきた。

「一週間後にまたここに来る。その時は,,,俺のことを失望させるなよ?」男はマフラーを翻し、夜の中へと消えていった。

今の体験は全て夢や幻の類だったのか?頭の中ではそう考えることが出来ても体は、全力で否定している。今見たいのが現実で、それが一週間後にまた来るなんて冗談じゃない。今すぐにここから逃げ出さないと。

急いで荷物を整理して、山頂から降りようとする。宿命よってこの行動がに阻まれてしまう。こいつはどうしても俺のことを強くしたいらしい。はぁ、諦めて受け入れるか。

こうして俺は絶望の中、餓狼を自分のものにするために特訓を始めた。
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